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第7話 嫉妬の火花

 アーノルト殿下とリアナ様から少しだけ距離を置き、私とガイゼル様はゆっくりと二人について歩く。リアナ様が殿下の方を向いた時に時々見える横顔は、聖女ローズマリー様と瓜二つだ。唯一、髪の色を除いては。


 銀の髪をしたリアナ様、黒髪のローズマリー様。

 顔は同じでも、髪色で随分と人の印象は変わるものだ。素朴で親しみやすいローズマリー様と違い、リアナ様は少し冷たい印象を受ける。



「ローズマリー嬢とは、神殿で知り合ったのか?」



 私の横を歩くガイゼル様が、暇を持て余して話しかけて来た。



「はい。ローズマリー様は、私がまだ聖女候補生だった頃にとてもお世話になった方なんです。身寄りのない私にとって、本当の姉のような存在でした」

「へえ。あの双子、どっちも気が強くて扱いづらい奴らだと思ってたが」

「そんなことありませんよ! ローズマリー様は確かに言うべきことはハッキリ仰る方です。でも、私が聖女の祝福の儀で不安だった時には優しく支えてくれました。それに、恋占い屋を始める時に親身に相談に乗って下さったのもローズマリー様です」



 この国の筆頭聖女に選ばれるのではないかと噂されるほど魔力の強いローズマリー様は、私だけでなく全ての聖女候補生から慕われていた。その中でも、平民あがりで身寄りのない私のことを特に気にかけてくれていたのだ。

 そんなローズマリー様の妹なら、きっとリアナ様も内面は素敵な方に違いない。


 早くアーノルト殿下とリアナ様の距離を縮めて、運命の相手同士になりますように。私は歩きながら手を合わせて神に祈った。



「おい、殿下が呼んでるぞ」

「は?」



 ガイゼル様に言われて前方を見ると、殿下とリアナ様が振り返ってこちらを見ている。手を繋ぐどころかエスコートすらしておらず、二人の間には微妙な距離がある。



(さては殿下、手を繋ぐきっかけが分からなくて私たちに助けを求めているのね?)



 これは前途多難だ。意気込みだけは一丁前のくせに、いざリアナ様を目の前にするとやけにスローペースになるらしい。このまま殿下に任せておいては、なかなかリアナ様との距離は縮まらない。


 ガイゼル様も私と同じことを考えていたのか、お互いに顔を見合わせ、同時に大きくため息をついた。



「こっちだ! ガイゼル、クローディア!」



 私たちの心配も知らず無邪気に呼ぶ殿下の横で、リアナ様がこちらをじっと見ている。長くて美しい銀髪が、リアナ様の肩の上で風になびいた。


 間近で見るリアナ様は、まるで人形のように可愛らしい。ぱっちりと開いた大きな瞳、色白な肌。両頬はほのかなピンク色に染めている。

 例えるならば、雪の女王と言ったところだろうか。こんなに温かく穏やかな陽気なのに、なぜかリアナ様の周りだけ小雪が散らついているような気がする。



「リアナ嬢、紹介するよ。こちらが私の家庭教師のクローディア嬢だ」

「クローディア様、初めまして。私はリアナ・ヘイズと申します」



 一礼をして顔を上げたリアナ様の顔は、やっぱり人形のようにかわ……いくない! 私のことをものすごい形相で睨みつけている!



(うわぁっ! 殿下とガイゼル様がお話していて見ていない間に、まさかのこんな鬼のようなお顔を!)



 リアナ様は瞬き一つせずに私を睨みつけ、下唇を噛んでわなわなと口元を震わせている。できればその唇は噛まずに大切にしておいて欲しかった。


 自分がこれから婚約するかもしれない相手の側に、見知らぬ女性がいるのだ。リアナ様が良い気がしないのは当然。しかし彼女の視線は、私の体を貫くのではないかと思われるほどにチクチクと私の全身を刺した。



(これって、殿下の近くにいる私に対しての嫉妬だよね? もしそうだとしたら、殿下にとっては良いことなんだけど……とりあえず怖い!)



 何はともあれ、リアナ様の方も相当アーノルト殿下のことがお好きと見える。二人がお互いに想い合って運命の相手になるためには、悪いことではなさそうだ。私がこの冷たい視線に耐えられれば、の話だが。


 私は凍り付いた空気を溶かそうと、何とか共通の話題をひねり出した。



「クローディアと申します。リアナ様は、聖女ローズマリー様と双子だとお聞きしました。私は以前聖女候補生をやってまして、その時にローズマリー様にとてもお世話になっていたんです」

「……あら失礼。姉とは今、ほとんど関わりがないんですの。あちらは既にヘイズ家を出ておりますし」



 実の姉のことを「あちら」と呼んだリアナ様の言葉には、明らかに棘がある。再び氷のような冷たい視線でキッと睨まれた私は、緊張してゴクリと息を飲んだ。せっかく空気を和ませようと思ったのに、墓穴を掘ってしまったようだ。


 私たちの間に流れる緊張感を途切れさせてくれたのは、ポツリポツリと降り始めた雨だった。「あら、雨だわ」と空を見上げたリアナ様の頭上に、ガイゼル様が急いで自分の上着を脱ぎ、傘代わりにかざす。


 そこはリアナ様よりもアーノルト殿下が濡れないようにした方が良いのでは? とも思ったが、よく考えたら殿下は兜を被っているから大丈夫なんだった。



「小雨だしすぐにやみそうだな。向こうにガセボがあるから少し座って休んで行こう。さあ、リアナ嬢」

「はい、殿下」



 殿下が指さした方向には、ツタの這った趣のあるガセボ。

 ガイゼル様の上着を頭にかぶったリアナ様とガイゼル様が前を歩く。私は二人に見つからないようにこっそりと殿下の袖を引いた。



「アーノルト殿下。恋人つなぎはまだですか?」

「すまない。せっかく教えてもらったのに、どうもタイミングがつかめなかった。リアナ嬢の死角から近付いて、一気に決める」

「いや、死角から近付かれたら普通に怖いです。でも今日中に必ず成功させてくださいね。残り一月しかないんですから、サクサク進めないと」

「……分かっている」


 兜越しにこっそり殿下に耳打ちする私の方を、リアナ様がチラッと振り向いた気がした。私は慌てて殿下から離れ、小走りでガセボに向かった。

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