第6話 王太子妃候補とのお茶会
恋人つなぎレッスンの数日後。
アーノルト殿下とリアナ様の恋人手つなぎデートのチャンスが早速訪れた。王城の庭園で、王妃様主催のティーパーティーが催され、そこにリアナ・ヘイズ侯爵令嬢も招待されていたのだ。
美しく整えられた並木道を歩いて、私とアーノルト殿下、そしてガイゼル様の三人はティーパーティーの会場に向かう。
彫刻の施された噴水、色とりどりの花が咲き誇る花壇。私にとってはどちらを向いても初めて目にする珍しいものばかりで、リアナ様を探すのも忘れてはしゃいでしまった。
「クローディア。向こうにいる赤いドレスの女性が、私の婚約者候補のリアナ・ヘイズ侯爵令嬢だ」
アーノルト殿下が私に耳打ちをする。
殿下が真っすぐに視線を向ける先には、赤いドレスに身を包んだ女性が立っていた。艶のある銀髪にサファイア色の瞳。扇子の端から時折のぞく唇は、まるで果実のような瑞々しさだ。
「おおっ、あの方ですか! とても可愛らしいです」
あまりじろじろと眺めるのも失礼だが、リアナ様の顔をどこかで見たことがあるような気がしてならない。リアナ様の顔から目が離せずにいると、殿下が私の様子に気付いたのか、私の肩にポンと手を置いた。
「ディア、どうかしたのか?」
「いえ、リアナ様をどこかでお見かけしたことがあるような気がして……でも人違いです。私の知り合いは銀髪ではなく、黒髪ですから」
「ああ、なるほど。昨日、リアナ嬢には姉がいると言わなかっただろうか。ディアの知り合いというのはきっと、リアナ嬢の双子の姉のローズマリーでは?」
「えっ、リアナ様のお姉様って聖女ローズマリー様だったんですか?!」
そう言われてみれば、リアナ様のお姉様は強い魔力の持ち主だと聞いた。聖女になるために神殿に入る時には家の名前を捨てるから、ローズマリー様もヘイズ家から籍を抜いたのだろう。
(聖女ローズマリー様の妹だったんだ、リアナ様は)
思わぬ繋がりに驚く私の頭をアーノルト殿下がポンポンと叩き、兜の奥で微笑む。
「ディア。君に教えてもらった内容は無駄にはしない。今から、リアナ嬢を庭園散策に誘おうと思う」
「至近距離で見つめ合うなんてキュンキュンしますね。頑張ってください!」
「そしてあわよくば散策の途中で彼女にキスを……」
「いやそれはダメでしょ! 今日の目標は恋人つなぎです!」
恋愛にはスローステップな殿下も、リアナ様を目の前にするとガルガルと貪欲な猛獣になるらしい。しかし、今日この場でリアナ様にキスをしてもらっては困るのだ。
残念ながらリアナ様は、アーノルト殿下の運命の相手ではない。あくまで現時点では。
「殿下、落ち着いてください。恋愛と言うのは少しずつ少しずつ、じれじれモダモダと近付いて行くのが醍醐味です。いきなりキスだなんて、リアナ様もドン引きです」
「そういうものだろうか」
「そういうものです。しかも、まだリアナ様は婚約者候補ですから。過度な身体的接触は不可です!」
「分かった。クローディアがそう言うのなら仕方がない。その通りにしよう」
アーノルト殿下はそう言って頷くと、ティーパーティーの会場にいるリアナ様の方に向かって歩き始めた。突然現れた兜の男に一瞬会場が凍り付いたが、何とか皆アーノルト殿下だと気付いてくれたようだ。
何とかリアナ様の元に送り出すことができて、ふうっと全身の力が抜ける。
「はあぁ。恋人つなぎをする前に、何だかもう疲れちゃいました」
「いや、そもそもこんな茶番は必要なのか? キスくらい……少し唇が触れるくらいでも良いなら、リアナ嬢に直接頼めば早いのでは? 殿下の誕生日の夜までヒヤヒヤして待つのは、俺も耐えられない」
「まあ、それは色々と不都合があると言いますか……」
私が運命の相手です、なんて言えるわけがないのだから仕方がない。リアナ様と心を通じ合わせて頂き、二人が運命の恋人同士になって下されば、それが一番良いのだ。
身分が低くて落ちこぼれ聖女の私なんかにキスされるのは、殿下だってできれば避けたいはず。
「あっ、殿下がリアナ様と一緒に散歩に出かけるみたいですよ! 後を尾行しましょう!」
「尾行じゃなくて護衛な」
私はガイゼル様の袖を引っ張りながら、急いで殿下たちの後を追った。