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第39話 十二回目の鐘

 時計台からは、無情にも十二時を告げる鐘が鳴り始める。

 ローズマリー様から放たれた青白い光が消えると同時に、嘘のように体が軽く感じる。

 私にかかっていた呪いが、解けたのだ。


(何だか、体の中から魔力が湧き上がって来る感じがする)


 あの十二時の鐘が鳴り終われば、アーノルト殿下の命は消えてしまう。魔力が戻ったことを喜んでいる余裕はない。


 しかし殿下の先ほどの機転のおかげで、私たちには最後の望みが繋がった。


(アーノルト殿下が仰ったんだもの。私の魔力には、人々の諍いをおさめる力があるって)


 鐘を聴いても焦らず、一向にその場を動こうとしない殿下に、ローズマリー様は苛立ち始めた。すると、先ほど一旦消えた黒いモヤがもう一度ローズマリー様の周囲を渦巻き始める。



「……アーノルト殿下。十二時の鐘が鳴り始めましたわよ。早く私にキスをして下さらないと、鐘が鳴り終わった瞬間に命が尽きますわ」



 殿下は無言のまま私に目配せをする。

 私は殿下に向かって小さく頷くと、ローズマリー様から見えないように両手を背中のうしろに隠し、全身の魔力をそこに集中させた。


 恋占いの時とは比べ物にならない程に強くビリビリと痺れるような感触が全身を駆け巡り、魔力が両手に集まっていくのが分かった。


(――いける!)


 私はアーノルト殿下の背後から飛び出して、ローズマリー様の前に立った。



「ローズマリー様!」

「なあに、ディア……まあ、もしかして貴女、魔力を使おうとしてるの?」

「ローズマリー様のために祈ります。ローズマリー様がリアナ様や私に対する嫉妬心から解放されて、ご自分の道を正しく歩まれますように」



 私が手のひらを合わせて天に祈ると、青白い魔力の光が地面を伝わってローズマリー様の足元に伸びた。ローズマリー様が纏う黒いモヤと入り混じり、その場でふんわりと風が巻き起こる。



「――やめてよ、ディア!」

「やめません。私はずっとローズマリー様を信じていました。あの頃ローズマリー様が私に対して向けてくれた優しさには、嘘なんてなかったはずです。私はローズマリー様を信じたいんです」

「違う違う! 私はディアのこともリアナのこともずっと憎かったの。妬んで憎んでいたのよ! 早くその魔法をやめなさい!」



 黒いモヤと青白い光がお互いに反発し合うように渦を巻き、青い光が触れる度にローズマリー様が苦痛に顔を歪める。

 


「駄目だって言っているでしょ! 私はディアやリアナに負けたくない、悔しいっていう気持ちだけを支えに生きて来たの。この気持ちがなくなったら、私はどうしたらいいの? 早く魔法をおさめて!」

「嫌です! 悪事を積み重ねたって何も生まれません! ローズマリー様もアーノルト殿下もリアナ様も、誰一人救われないわ」



 ――ゴーン

 もう何回目かの鐘が鳴る。


 早くローズマリー様の黒いモヤを浄化して、一刻も早くアーノルト殿下の呪いを解いてもらいたい。私は一層両手に力を込めた。

 すると、黒いモヤが少しずつローズマリー様からはがれ始める。


 先ほどまでふんわりと吹いていた風が、ローズマリー様の魔力の抵抗で突風に変わった。煽られてよろめいた私の背中を、アーノルト殿下が受け止める。



「ディア! 大丈夫か」

「殿下、ありがとうございます! もう少し、時間がないから……急がないと」



 ローズマリー様は苦しそうに地面に座り込むと、爪を立ててギリギリと土を掴んでいる。


(もし本当に私に強い魔力があるのなら、十二時の鐘が鳴り終わる前にローズマリー様の心を鎮めて下さい。そして、殿下の呪いを解いて……!)



「……やめてよ、諦めたくないの! 卑怯な手を使ってでもアーノルト殿下を手に入れたかった。私だって報われたかった」

「ローズマリー様! いくら聖女と言えど、魔力で人の心を変えてはいけないのです。昔、ローズマリー様が私に優しくしてくださったように、人の心を変えるのは魔力ではなくてローズマリー様の誠実な心だけです!」

「心を操っているのはあなたの方じゃないの! 私の心を変えないで!」

「私はローズマリー様の心を魔力で変えているのではありません。ローズマリー様に巣食う邪な気持ちを取り除いて、本当のローズマリー様に戻ってもらおうとしているんです!」



 ――ゴーン

 残りの鐘は何回だろう。

 あとどれくらい時間が残されているのだろう。


 私が時計台の方を振り返るためにローズマリー様から目を離した瞬間。



「…………ごめんなさい」


 ローズマリー様の口から、ポツリと小さく謝罪の言葉がこぼれた。

 すると、その言葉をきっかけに黒いモヤは空中にはじけて消え、ローズマリー様はポロポロと涙をこぼしながら力なく地面に倒れこむ。



「ローズマリー様?」

「……十年前にも私はこうして自分の気持ちがコントロールできなくなった。本当はみんなに謝りたいと思っていたの。でも、あまりにもたくさんの人に申し訳ないことをして……」

「ローズマリー様、分かって頂けたのですね……! でも、今は時間がありません。今のあなたがやらないといけないことはただ一つ、早く殿下の呪いを解いて下さい!」



 ――ゴーン

 泣き崩れたローズマリー様の腕を引っ張って何とか体を起こそうとするが、ローズマリー様は力が抜け切っていて立ち上がれない。



「……早くっ! お願いです、ローズマリー様! 殿下の呪いを解いてくれないと、殿下が死んじゃう!」

「無理よ……殿下が運命の人にファーストキスを捧げるか、呪いをかけた張本人である私が消えるか。それしか方法はない。簡単に解呪できないように、とても複雑な呪いをかけたんだもの」


(――え?)


 それでは結局振り出しに戻っただけだ。

 ぐいぐいと腕を引っ張り、必死の思いでローズマリー様を立ち上がらせる。


 ローズマリー様だけではなく、私の顔も既に涙でぐちゃぐちゃだ。

 

(殿下に生きて欲しい――! どうしたらいいの?)


 私はアーノルト殿下の方を振り返る。

 アーノルト殿下は驚くほど穏やかな顔で、私の方に向かって微笑んだ。


 そして呪詛文字が刻まれた胸に手を当て、そっと目を閉じた。



「……殿下?」



 十二回目の鐘の音が鳴る。

 そしてその鐘の音は、満月の夜空に溶けて消えて行った。


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