第3話 恋愛にはお勉強も必要です!
「ガイゼル様、これも、この本も。こっちもお願いします!」
「おい、調子に乗って買いすぎだ」
アーノルト殿下の恋愛成就に協力することになってから数日。私は今、故郷の田舎街を出て王都に滞在している。
表向き、私はアーノルト殿下の家庭教師だということになっているらしい。王城に部屋も準備してもらい、これから一月はそこで過ごす予定になっている。いわゆる住み込みの家庭教師というやつだ。
そして今日は恋占いの報酬として、王都の書店に『仕事の資料』という名目の『恋愛本』を買いに来ている。
お買い物の付き添いは、殿下の従者であるガイゼル・グノー様。
殿下の乳母を務めたグノー男爵夫人の次男だそうで、殿下とは幼い頃から近くで育った親友でもある。きっと幼馴染のリアナ様のこともよくご存知だろう。
そんなガイゼル様は、親友のアーノルト殿下が突然平民の娘を連れ帰ったことに驚いたのか呆れ果てたのか、私に対してやけに刺々しい態度で接してくる。
「お前、仕事の資料を買いに来たんじゃないのか」
「クローディアって呼んでください! 長くて面倒でしたら、ディアとでも。それに、れっきとした仕事の資料なんですよ、恋愛小説は」
「嘘だろ……。こんなタイトルの本、持ってるだけで恥ずかしいんだが」
文句ばかり言うガイゼル様の腕には、彼の頭の高さくらいまで本が積み重なっている。
(どれどれ、私ったらそんなに恥ずかしいタイトルの本を選んだっけ)
ガイゼル様の持っている本の背表紙を、まじまじと眺めてみた。
『初恋を成就させる百の方法』
『彼を一瞬で惚れさせる! 珠玉の愛の言葉集』
『ファーストキスは勢いが九割』
『婚約破棄から始める恋の逆転レッスン』
『スリーステップで簡単! 恋敵への完全ざまぁマニュアル』
……確かに。自分が選んだとは言え、ガイゼル様のような屈強な騎士様が手にするような本ではなさそうだ。
申し訳ない気持ちになり、私は恐る恐るガイゼル様の顔を見上げた。
「これでも、私のお仕事には必要な資料なんです。それに、アーノルト殿下はいくらでも資料は買っていいと仰って……」
「仕事の資料だろ?! こんな訳の分からない本を買ってどうする?」
「ガイゼル様も、恋くらいするでしょう? 誰か意中のお相手とかはいらっしゃらないんですか? この本を使って勉強すれば、きっと上手くいきますよ!」
「話をすり替えるな!」
しんとしている書店の中で大声を出してしまったガイゼル様は、周りからの冷たい視線に気付いて身を竦めた。
「……とにかく、殿下におかしなことを教えるんじゃないぞ」
「兜被ってる時点で、既に少々おかしいですけどね」
「お前っ……!」
「クローディア、です」
「クロ……長い。ディアと呼ぶことにする」
プンプン怒った顔で、ガイゼル様は本を精算カウンターに持って行った。
なんだかんだ文句を言いながらも、ちゃんと私の買いたい本を持って付いて来てくれるガイゼル様は、本当は優しい方なのかもしれない。
(殿下の解呪が終わったら、お礼にガイゼル様の恋占いもしてあげよう)
帰りの馬車に乗り込む時も律儀にエスコートしてくれるガイゼル様を見ながら、私はにんまりと微笑んだ。
馬車は王城に向けて出発する。午後はいよいよアーノルト殿下との恋愛レッスンのスタートだ。私は先ほど買った本を早速パラパラとめくり、今日のレッスンの準備を始める。
(殿下はリアナ様と幼馴染だと仰ったよね。幼馴染同士の恋だなんて、ピュアでキュンで最高じゃないの)
「おい、ディア。口元がだらしなくニヤついてるぞ」
「そっ、そんなことないですよ」
「今にもヨダレが出そうだ。そんな顔で殿下に近付いてみろ。ぶっ飛ばすぞ」
仮にも年下の女の子に向かって、その言葉遣いは酷いんじゃないだろうか。ガイゼル様はよほどアーノルト殿下のことを大切に思っているらしい。
「ガイゼル様。そう言えば、殿下はどうして兜を被ってるんですか? 何となく聞きづらくて」
「……お前、呪いの話聞いただろ?」
「え? あ、ああ。そういうことですか。うっかり誰かと顔がぶつかってファーストキスを奪われないように、ガードしてるということですね」
確かに、出会い頭に人とぶつかって唇が触れてしまう……なんて可能性もゼロではない。どこからどう見ても真面目で慎重な性格の殿下のことだ。自分の見た目など二の次で、真剣に考えた結果のリスクヘッジ策なのだろう。
(せっかくのイケメンが勿体ないなぁ。リアナ様とお話する時は、せめて兜じゃなくて布で口元を覆う程度にしたいわよね)
幼馴染同士が恋に落ちる瞬間と言えば、大体パターンは決まっている。
『もう、子どもじゃないのね』作戦である。
「ガイゼル様も、そう思いませんか?」
「は? 何を?」
「幼い頃から知っている女の子が、いつの間にか大人になっていたのね……って気付く瞬間ってあるじゃないですか」
「何の話だ?」
「ほら、久しぶりに会った幼馴染とダンスをしたら、ものすごく腰が細くてくびれていてドキッとしたとか」
「……」
「いつの間にか自分の方が背が高くなっていて、彼女を見下ろしたら見ちゃいけないものが目に入ったとか」
「……お前、今すぐ殿下の家庭教師を辞任しろ」
穴が開くんじゃないかというくらいガイゼル様に鋭く睨まれた私は、持っていた本でそっと顔を隠した。