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第38話 交換条件

 私の背中を見て焦ったのか、アーノルト殿下はしゃがみこんだ私を強く抱き締めた。先ほどまでは落ち着いた様子だったのに、こうして触れていると殿下が小さく震えているのがよく分かる。


 生きるか死ぬか――私たちの運命は、あと十分で決まってしまうのだから当然だ。



「ディア! 早くこの背中の呪いを解かなければ。君の運命の相手は誰? あそこに噴水の水がある。満月も見えているから早く占いを……!」

「殿下!」



 慌てる私たちを見て、ローズマリー様は声を上げて高笑いを始める。



「あははっ! 慌てなくても大丈夫ですわ。クローディアにかけた呪いは殿下のものとは別の呪いですから、解呪方法も違います。それは、ディアの魔力を抑える呪い。アーノルト殿下が私にキスをして下さったらすぐに解けますわ」

「ローズマリー……! 君は……」



 怒りにわなわなと震える殿下の手を押しのけ、私は力を振り絞って立ち上がる。



「ローズマリー様。リアナ様から話は聞いています。ローズマリー様はアーノルト殿下のことを想ってらっしゃるのですよね? 愛する相手に呪いをかけるなんて、絶対におかしいです。殿下が死んでしまっても良いと言うのですか?」

「私が殿下に掛けた呪いは、そんな簡単なものではないわよ」

「……どういうことでしょうか」



 ふふっと笑ったローズマリー様は、支え合う私たちの姿を舐め回すように見ている。

 魔女の檻に閉じ込められたような感覚に捉われて怖くなった私は、殿下の手を探してぎゅっと握った。

 


「私はずっとアーノルト殿下をお慕いしていました。高望みとか、釣り合わないとか、そんなことは気にする必要もなかった。だって私は名門ヘイズ侯爵家の長女だもの。私が殿下の婚約者になって当然だった」



 バタバタと足音が聞こえ、ガイゼル様とリアナ様がこちらに走って来るのが見えた。こっちに来ては危険だという気持ちを込めて、私は二人に視線を送る。

 ローズマリー様は二人に気付かないまま言葉を続けた。



「神殿に預けられたけれど、私ほど魔力の強い聖女候補生はいなかったわ。このまま私が筆頭聖女になれば、アーノルト殿下の婚約者になれると思っていた。それを邪魔したのはあなたよね? クローディア」

「私が……? 何のことですか?」

「あなたのせいよ! 私が一番だったはずなのに、突然あなたが現れた。それまで私の魔力の強さに媚びへつらっていた人たちも、一気に態度を変えたわ。筆頭聖女候補は、私ではなくクローディア・エアーズだと言って!」



 突然大声を上げて叫ぶローズマリー様の顔は、まるで何かに憑りつかれたように紅潮している。

 ローズマリー様は、感情をコントロールできなくなると魔力が暴走すると言ったリアナ様の言葉が、私の不安を掻き立てた。



「ローズマリー様……まさか、それで私に呪いを?」

「そうよ! あなたに呪いをかけて魔力を抑えてやったの! 恋占いスキルとか、馬鹿みたいなことしかできない無能の聖女に成り下がったあなたを神殿から追い出すのは簡単だった。それでやっと私が殿下の婚約者になると思ったのに……今度はリアナが婚約者候補ですって? そんなの許せなかった! だから殿下にも呪いをかけたの!」



 ローズマリー様の黒髪が、風もないのにゆらゆらと揺れる。

 そして彼女の体の周囲を、黒いモヤのようなものが囲い始めた。


(あれは、魔力の暴走の前兆……? ローズマリー様をこれ以上刺激してはいけないわ。落ち着かせなければ)



「……ローズマリー様。私はローズマリー様にたくさん助けて頂いたし、あなたのことを心から信じていました。ローズマリー様は、本当はお優しい方だったはずです」

「本当に馬鹿な子ね。私があなたに優しくしたのは、あなたに近付いて呪いをかけるため。あなたの背中の呪いは今に始まったことじゃないわ。あなたが聖女候補生になった頃からずっとかけ続けていたの。何年も気付かなかったなんておかしいわね」



(聖女候補生になった時から、呪いをかけ続けていたですって?)


 故郷を離れ、一人で王都の神殿に聖女候補生としてやって来た。

 辛いことがあっても、ローズマリー様が慰めてくれて元気になれた。

 私がローズマリー様に癒されていた間に、ローズマリー様はせっせと私に呪いをかけ続けていたと?


(だから私の魔力は弱くなったんだ。ローズマリー様の呪いのせいで……)



「お人好しにも限度というものがあるわよね! イングリス山に行った時も、私の魔力が込められたランプを持って行ってくれたから楽だったわ。あなたの居場所も分かったし、恋占いに嘘の結果を出すことだって簡単だった。あなただけを洞窟に閉じ込めることだってできたでしょ? 人を信じすぎると痛い目に遭うわよ。さあ、アーノルト殿下。どうなさいますか?」

「……どう、とは?」

「まさか、私にキスをしたら十二時に呪いが解けておしまい! なんて思ってらっしゃらないでしょう?」

「……」

「殿下の呪いを解くためには、呪いをかけた本人である私とのキスが必要です。でも、私はこの呪いにもう一つ仕掛けを設けました。私にキスした瞬間に、殿下は私に恋をすることになるんですよ!」

「なんだと……?」

「だってせっかく私を選んで下さっても、その後で運命のお相手のところに逃げられたらかないませんもの。私にキスをした瞬間に魅了の魔法が殿下に伝わって、私に恋をするんです。素敵でしょう?」



 ローズマリー様は、どこまで悪事を積むのだろう。

 神殿に預けられた時から、私たち聖女候補生は徹底的に鍛えられる。人の心を操る魔法や呪いの類は絶対禁忌であることも学んだはずだ。魅了魔法なんてとんでもない。

 それなのに、殿下の心を操って自分に無理矢理恋をさせるだなんて!


(残された時間は少ないわ)


 ローズマリー様は「恋占いに嘘の結果を出した」と言ったから、リアナ様が運命の相手かどうかも今となっては分からない。殿下の命を救うにはローズマリー様にファーストキスを捧げるしかない。

 しかし、そうすれば殿下の心は操られ、ローズマリー様に恋をしてしまう。


(ローズマリー様と結婚するか、命を落とすか。そんな二択に追い込むなんて許せない)


 私がローズマリー様に向かってそう言おうとした時、殿下が私の前に腕を差し出して制止した。



「殿下」

「ディア。私が話そう」



 殿下は私に微笑み、そしてゆっくりと兜を脱いで地面に置いた。



「ローズマリー。私には自分の命を捨てるか、君の言うことを聞くか。どちらかの選択肢しかないようだ」

「私は、殿下とこれからも幸せに暮らしていきたいんです。私の言うことを聞いて、私にキスをして欲しいと思っていますわ」

「分かった。それではまず先にディアの呪いを解いてくれ。それが条件だ」



 ローズマリー様の体の周りから、黒いモヤが消えていく。

 しばらくポカンとしたあと、花が咲いたようにパッと笑ったローズマリー様は、嬉しそうに両手を頬に当てて殿下を見つめる。



「殿下! やっと私にキスをしてくれる気になったのですね! でも、ディアの呪いは殿下の呪いが解ければ同時に解けます。先に解呪する必要はありませんのよ」

「いや、関係のないディアを巻き込むわけにはいかない。一秒でも早く彼女を苦しみから解かなければ。ディアの呪いを先に解かないのならば、私は君にキスはしない」

「殿下……分かりましたわ。どうせ私にキスをしなければ殿下のお命はないのですから。ディアの呪いをいつ解くかなど、大した問題ではありませんものね」



 ローズマリー様の右手からぽうっと現れた青白い光が、じわじわと私を包んだ。怖くて思わず殿下に抱きついたが、背中の痛みが嘘のように引いていくのが分かった。



「どうです? ディアの呪いは解きましたわ。次は殿下が約束を守る番ですわね」



 ローズマリー様がそう言い終わらないうちに、時計台からは十二時を告げる鐘が鳴り始める。

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