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第32話 幸せと不安

 王城の庭園には、夜の(とばり)がおりていた。


 しかし今日は満月。私が身に(まと)ったドレスの薄紫が見える程度には、月が私を照らしてくれている。

 私は池や噴水など、水の溜まっている場所はないかと探しながら、庭園を彷徨(さまよ)っていた。もう、恋占いなどする必要はないのに。


 遠くから聴こえて来る、楽団の演奏。

 そろそろ夜会も始まる頃合いだろうか。


(アーノルト殿下と再会したのが、まだ一月前の話だなんて信じられないわ)


 十年前の洪水の時に、子猫を助けるために勇気を出して川を泳いだ少年。危険を顧みず、ただただ民の無事を祈って一人で村に降りたその子は、幼い日のアーノルト殿下だった。


 そしてつい一月前までは、そのアーノルト殿下の運命の相手は私だった。



「恋占いをした時は私が殿下の運命の相手だなんて信じられなかった。でも……もしあの時に、殿下が十年前のあの男の子だって分かっていたら、何か違う道があったのかな」



 私の不毛な考えを打ち消すかのように、時計台の鐘が鳴る。もうすぐ夜会が始まる時間だ。

 ふと見ると、すぐ近くに噴水があった。私はもう一度アーノルト殿下の運命の相手を占ってみようかと水面に手をかざし、そしてすぐに手を引っ込めた。 


(何を期待しているの、クローディア。殿下はもう正式にリアナ様と婚約するのだから)


 心を落ち着かせるために、しばらく目を閉じてみる。静まり返った夜の庭園に、誰かが歩いて近付いて来る靴音が聞こえた。目を開けて立ち上がった私の足元を、誰かの影が遮る。



「あ……」

「こんなところにいたのか、ディア」

「アーノルト殿下」



 現れたのは、二週間ぶりに顔を合わせるアーノルト殿下だった。その腕には、新しい兜が抱えられている。



「ディア。良かった、回復したね」

「はい。助けて下さって本当にありがとうございました。ちなみに殿下、その兜は……」

「新しく作ってもらったんだ。以前のものは土砂に埋もれてしまったからね」

「いや、そうじゃなくて! もう殿下には兜は要りませんよね?」



 殿下はまるでいたずらっ子のように肩をすくめた。



「……殿下、今日の夜会でちゃんとリアナ様にキスをするおつもりでいますよね? 万が一リアナ様に断られた時のために、ローズマリー様にも殿下とキスして頂けるようにお約束して頂いています。今日の夜、時計台の鐘が十二時を告げる前に、必ずファーストキスを済ませてください」

「……ディア、少し話そうか」



 私の懸命な願いをわざと聞き流したのか、殿下は私の言ったことに対しては何一つ答えない。嫌な予感が私の心をざわつかせる。

 もしかして殿下は、リアナ様にもローズマリー様にもキスしないつもりではないだろうか。


 殿下の腕に抱えられた新しい兜が、私の不安を一層掻き立てた。



「殿下、約束してください。今日は必ずリアナ様とキスを」

「ディア。私はリアナ嬢と正式に婚約することになった。聞いているね?」

「……はい、ガイゼル様から聞いています」

「そこでディアに聞きたいんだ。運命の相手と一緒にいる時、人は一体どういう気持ちになるのかな」



 殿下の寂し気な瞳は、真っすぐに私を見つめている。その瞳を見ていると理由もなく涙が込み上げてきて、私は殿下から視線をそらした。


(運命の相手と一緒にいる時の気持ち……何となく分かる気がする。恋愛本を読まなくても、私にも分かる)



「運命の相手と一緒にいる時……きっと、二つの想いに駆られるのではないでしょうか」

「二つ? どんな?」

「今ここで時が止まって欲しいと思うほどの幸福感と、胸が締め付けられるような切なさ。その二つが同時に押し寄せるんだと思います。大好きで大好きで、その人とずっと一緒にいたい気持ち。そして、その人をいつ失ってしまうのか不安な気持ち」

「……そうか」



 恋の経験がなかった私にも、今なら分かる。恋がどういうものなのか。

 ――そうか、私はアーノルト殿下に恋をしていたんだ。


 今更気付いた自分の気持ちに押しつぶされそうになりながら、私は殿下の前に立って顔を見上げる。



「殿下、必ず約束を守って下さい。必ずリアナ様とキスをして、十二時にこの場所に来てください」

「そうだね。運命の相手にファーストキスを捧げれば、十二時を告げる鐘が鳴り終わった瞬間に私の呪いは解けるだろう」

「その意気ですよ、殿下。私はここでローズマリー様と一緒にお待ちしています」



 精一杯の笑顔を作り、私は殿下と握手をするために右手を差し出した。心臓から指の先まで、ドクドクと鼓動が早い。


(私の恋心が殿下に伝わりませんように――)


 殿下は私の手を握ったまま引き寄せて、二度目のハグをする。運命の相手とのハグとは違う、友情のハグを。



「殿下……頑張ってくださいね」

「ありがとう」



 殿下は私の頭を優しく撫でる。私は殿下の肩に顔を埋めて、気付かれないように静かに泣いた。

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