第14話 帰りの馬車で
神殿からの帰りの馬車に乗る直前、アーノルト殿下にだけ話したいことがあると言って、ローズマリー様が殿下を引き留めた。
おかげで私は二人の話が終わるまで、馬車の中で待ちぼうけだ。
(それにしても、解呪の方法が他にもあったなんて――)
私がアーノルト殿下なら、迷わずすぐにローズマリー様とのキスを選択する。わざわざ運命の相手を探して遠くの街まで出かけたり、いつ結ばれるのかも分からない女性を追いかけたりもしない。
ファーストキスを捧げた相手を、一生そばに置いて大切にしたいだなんて。アーノルト殿下は、一体どれだけ真面目で堅物なんだろう。
最悪の場合は私がこっそり殿下の寝室に忍び込んで唇を奪ってやろうと思っていたが、この調子ではそれもかなり難しそうだ。
ローズマリー様という確実に解呪できる存在が現れたのだし、私がわざわざ殿下にキスするために殿下の部屋に忍び込むなんて危険すぎる。万が一、殿下に気付かれてしまったら……
(キスの責任を取って、ディアと結婚する! なんて言いかねないもんね。真面目な殿下のことだから)
「ディア、待たせて済まなかった。出発しよう」
扉が開き、ローズマリー様との話を終えた殿下が馬車に乗り込む。
王城に戻るために走り始めた馬車の中で、殿下は「そう言えば」と言って嫌な話題を切り出してきた。
「ディアは神殿を追い出されたのか?」
「へっ?! あ、ああ……ローズマリー様が仰ってましたもんね。黙っていて申し訳ありませんでした。私は聖女候補生の中でも落ちこぼれだったんです。神殿への就職活動に失敗して、恋占い屋を始めたんですよ」
ペロッと舌を出しおどけた感じで返事をしたが、殿下には自虐的な冗談は通じなかったようだ。憐みの目で私を見ている。
「もし嫌な思い出があるなら、今からでもローズマリー嬢に断ってくることもできる。明日からも王城で過ごしてもらって構わない」
「殿下! いいんです、気になさらないで下さい。確かに私も聖女になれたら良かったのにと、落ち込んだこともありました。でも今のお仕事も大好きなんですよ。お客様の幸せそうな顔もたくさん見られるし、多少ですけれど私を育ててくれたシスターにも仕送りもできています」
「育ててくれたシスター?」
殿下の声色がほんの少し低くなった。
そう言えば、私に両親がいないことも伝えていなかったのだった。
「十年前の洪水の時に、両親が行方不明になりました。その時に私を拾って育ててくれたのが、隣の街のエアーズ修道院のシスターでした。私も当時は多少なりとも魔力がありまして、王都に聖女候補生として推薦して下さったのもその方なんです。だから立派な聖女になって、シスターに恩返しをしたいなって思っていて」
「そうか、あの洪水でご両親を……知らなかったとは言え、辛いことを思い出させてしまって申し訳なかった」
どうしてこの方は、こうしてすぐに私のような平民にも頭を下げるのだろう。もっと偉そうにしてくれたっていいのに。
殿下に重大な嘘を付いているという後ろめたい気持ちが、私の心の中でざわざわと騒ぐ。
「殿下、とにかく頭をお上げ下さい。誕生日の夜にもし殿下に何かあったら国中の人が悲しみます。目の前で大切な人を亡くすのは本当に辛いことです。だから、最後どうにもならなくなったら……必ずローズマリー様とキスを」
「分かっている。最後まで努力してみて、どうしてもという時はローズマリー嬢に頭を下げるよ」
(――ごめんなさい、殿下。殿下に嘘をついている私がこんなことを言える立場でないことは分かっています。殿下のリアナ様への恋心を叶えるために、私は誕生日の夜ギリギリまで一緒に頑張りますから)
残り二週間と少し。
その間にできるだけ殿下とリアナ様の距離が縮まりますように。
私は思い切り両手の拳を握りしめながら、気合を入れるためにわざとフンっと鼻息を吐いた。




