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第13話 責任感の向かう先

「あの、それでは今ここでキスしたらいいのではないでしょうか? それとも何かできない理由があるのでしょうか……?」



 私の実も蓋もない質問に、アーノルト殿下は首を小さく横に振った。兜がシャランシャランと小さな金属音を立てる。



「ローズマリー嬢はこのイングリス王国の貴重な人材。将来筆頭聖女となる可能性だってある。私のせいでローズマリー嬢に道を変えさせるわけにはいかない」

「道を変えるってどういうことでしょうか? 一回チュッとするくらいなら、別に何の問題もないのでは?」



 私の方だって、好き好んで他人同士のキスを目の前で拝む趣味はない。しかし、今この場ですぐに呪いが解ける方法があるのなら、さっさと終わらせてしまえばよいではないか。

 なぜ殿下は解呪方法を知りながら、わざわざ私の占い屋まで足を運んでまで運命の相手を探しに来たのだろう。


 首を傾げる私に、アーノルト殿下は深刻そうな眼差しを向ける。



「私がローズマリー嬢とキスをした方がよいと?」

「ええ……。だって、そうすれば即解決ですよね?」

「ディア。一度キスをした女性をそのまま何もなかったかのように放っておくことができると思うか? 私はファーストキスを捧げた女性を、私の命尽きるまで傍において大切にする使命があると思っている」

「……真面目か!」



 ついついツッコミを入れてしまったが、兜男は至極大真面目である。



「アーノルト殿下。それはさすがに責任感の方向がずれています。確かに殿下にとってもローズマリー様にとっても記念すべきファーストキスになるかもしれませんが、命には代えられないでしょう? 殿下はこの国を背負って立つお方ですよ?」

「……それは分かっている。しかし、私の呪いのせいでローズマリー嬢に迷惑をかけるわけにはいかない」

「でも、私は殿下に死んでほしくありません。ローズマリー様だって同じお気持ちだと思います」



 私の横で、ローズマリー様は目に涙を溜めて頷いている。

 幼い頃からずっと、神殿で厳しい教育に耐えて来たローズマリー様のことだ。男性とのキスどころか恋愛の経験もないだろう。そんなローズマリー様が、殿下の命を助けるためにキスをしても良いと仰っているのだ。


 しかし私たちがいくら説得しても、結局殿下は最後まで折れようとはしなかった。


 

「……殿下がそこまで仰るなら分かりました」

「理解してくれてありがとう、ローズマリー嬢」

「でも、これだけは約束してください。もし誕生日の夜までに運命の相手とのキスができない時は、必ず私とキスをして呪いを解かせてくださいね。誕生日の晩に夜会がありますよね? 私をそこに招待してください」

「分かった。ローズマリー嬢を私の誕生日を祝う夜会に必ず招待すると約束するよ」



 殿下はローズマリー様にそう言うと立ち上がった。挨拶をして聖堂を出ようとした私たちを、ローズマリー様が引き留める。



「殿下、もう一つお願いがございます。クローディアのことで」

「お願い? ディアのこと?」

「はい。クローディアは私の妹のような存在です。ここで再会できたのも何かの縁。もし良ければ殿下の誕生日までの間、ディアを私に預からせて頂けませんでしょうか」



 ローズマリー様は殿下の袖を両手でつかみ、縋るような目で殿下を見上げる。



「……しかし、ディアは私に協力してもらっている家庭教師と言う立場だ。私が呼んだからには王都で問題なく過ごしてもらえるようにする責任がある」

「修道院から王城に通えばよいのでは? そのための馬車もこちらで手配します」



 突然の申し出の意図が理解できず、アーノルト殿下と私は顔を見合わせた。確かに私の方も、ローズマリー様のことを姉のように慕ってはいることに違いないのだが。



「……ディアに再会できて嬉しいのです。ディアは聖女としての祝福の儀であんなことになって……半ば追われるように神殿を出ました。司祭様のご判断だったとは言え、私もずっとディアに対して負い目を感じていたのです」

「ローズマリー様! 気になさらないで下さい。私の力不足だっただけなんですから」

「いいえ、ディア。あなたへの罪滅ぼしのためにも、少しの間でもお世話をさせてくれないかしら」



 今にもこぼれそうなほど、ローズマリー様は瞳に涙を溜めている。殿下はそれを見てふうっとため息をついた。



「アーノルト殿下。せっかくローズマリー様がこう仰っていただいているので、神殿にお世話になろうと思います。積もる昔話もありますし」

「まあ、ディアがそういうのなら構わないが……毎日王城に出向くのは大変じゃないか?」

「いいえ、大丈夫です。今日は一旦王城に戻らせて頂いて、荷物をまとめて明日からこちらに参ります」



 神殿を出て故郷に戻ったのは、私の聖女としてのスキルが足りなかっただけのこと。それをローズマリー様が負い目に感じる必要などない。

 しかし私が王城に滞在して殿下の近くにいることで、リアナ様が嫌な思いをする可能性もある。


 殿下とリアナ様が結ばれるためには、私は神殿にお世話になった方が得策だ。



「ローズマリー様、明日からこちらでお世話になります。短い間ですがよろしくお願いします」

「ディア、私の願いを聞いてくれてありがとう。私から司祭様にもお話を通しておくわ」



 数年前に戻ったような無邪気な笑顔を浮かべ、ローズマリー様は思い切り私を抱き締めた。

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