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保冷バックシリーズ

千里より一里が遠き春の闇

作者: 第六感

カナタは暗い部屋で学友の悪口を言っていた。時刻は12時過ぎ、翌日のためにはもう眠るべき時間である。それでも止まらないおしゃべりにふけっていた。

そうやって顔も知らないどこかの誰かと、眠れない春の夜を満たしていた。

カナタが使っているのは、匿名通話アプリである。利用者は少ないが、眠れない夜を一緒に過ごしてくれる宇宙のどこかとつなげてくれるのだった。ずいぶんと狭い宇宙だが。

「相変わらず飲み物を買い占めるヤツがいるの」

「もう信じらんない」

「それから、」

「それで、全然話変わるんだけど」

「来週のスポーツ大会どうしよ」

「あのね、ポッポさんにはもう言ったよね。来週スポーツ大会があるの」

えー、きいてなーい。

そうなん

「言ったわ。忘れてるだけでしょ」

「まったくポッポさんは鳥頭なんだから」

興味なくて忘れてただけだったわ。

「またそんなこと言って~」

「そう、それでね。」

「来週スポーツ大会があるんです。何に出るか迷ってて」

「普通にバドにしようかと思ってるんだけど、スマブラもありかなって思ってるの」

そうか今はeスポーツもスポーツ大会の競技なんですか!

時代やんけ

「そうだよーeスポーツの時代だよ」

スマブラといえばさ、

あの子どうなったの? テリーでめっちゃ強い子

「あーーその話はいまちょっとーー」

おお、スマブラ君ね。

あ、ごめんなさい。本当に悪気はなかったんです。

許してください。

「だからそこで、あやまらないでよ、私がかわいそうみたいじゃん」

「そうじゃなくて、」カナタはテリーを操作する彼の姿を思い浮かべた。

「知らない人もいるよね。去年のeスポーツ部門で優勝したクラスメイトなんだけど」

「なんかさ、顔はかっこよくないんだけど」

「なんていうの? ギャップがあって、」

「地味なやつは地味なやつ同士で恋愛したいと思うんだよね。」同時にいつも教室で物静かな彼のことも思い描いていた。いつもクラスの隅にいる彼が、にぎやかなクラスメイトや、オラついた先輩をひねり上げた。爽快なものである。

「あたしね、ネット恋愛はできないと思うのよ」

「やっぱり自分が好きになっても、相手が好きになってくれてるかわからないじゃん。実際に見てみないと好きかどうかってわかんないと思うんだ」

現実に見てもわかんねえだろ、彼氏いたことないんだから。

わかるっていうのは幻想かも

「あ、ひどいよ!」

「ねえ、ポッポさんは、何でそんなこと言うの! めっ」


「どこまで話したっけ」

「あ、音花さんだ。えっとね」

「そう実はスマブラを特訓してるの」

「テリー使い君となかよくなりたくて」

こんばんは~。

言ってたね。

いつも言ってるけどな。

カナタは手持無沙汰にスイッチのグリップを握った。カッとレバーを弾く。脳裏にはテリーの地上横スマッシュの範囲が描かれていた。弱1弱2の範囲も確認しようと、起動するか迷って通話中であったことを思い出す。一応右手左手を定位置にもって左右移動の反応速度も確認した。

「ゲームってさ、やりこむとやってないときもなんか見えてこない?」

「それで習熟具合が分かる気がする」

「まだ、練習したりないなっておもうもん」

最終的に目標に据えるのは、ずばり対テリー、ミラーマッチだ。昨年あれだけ強かった彼は、当然今年も優勝争いに残るだろう。カナタが十分に強ければ、対戦する中で最も強いのは彼になる。静かに闘志を燃やしていた。

カナタは開戦と同時に突っ込む。初撃を横強で始める。

初心者という印象をはじめから覆すような愚は犯さない。最初のコンボが最大の勝負になる。彼はおそらく40%入る高火力の方を選択するだろう。そして高火力の方にも2択ある。火力の高い座標ずらしによって抜け出やすい反面強攻撃を選択する。

なぜならカナタは初心者だから。

そしてこれを刈り取る。座標をずらして抜け出して、後隙に同じ横強からクラックシュートをいれる。ダメージは上回れるはずだ。こちらは一連のコンボを決めてて、弱1、弱2を入れられただけ。

次の交錯も重要だ。先輩もクラスメイトも空中攻撃を仕掛けすぎだった。たしかに空中の攻撃には隙も小さくあたりも大きい。着地後に攻撃がつながりやすい。

――相手がテリーでなければ。

テリーには回避攻撃という選択肢がある。全身に無敵判定が入ったうえで一撃入れられるという破格の性能だ。これを知らないと単に技の発生が悪かったとも見えたかもしれない。研究した成果であった。だからガードを織り交ぜてつかみを狙う。

回避攻撃はガードに対しては無力。技後硬直が1.5倍になる。その無防備な体にこちらから高火力を打ち込む。硬直中には抜けられない。これでダメージは吹き飛ばし圏内に到達した。つかんで外方向に投げ飛ばす。テリーの弱点は着地と復帰である。復帰を阻止すれば。

勝てるかもしれない。

「ググっただけだけどね」

「あ、なんでもないよ」

「試合のこと考えてた」

やる気満々じゃん

勝てちゃう?

それは難しい。初心者を優しく倒すつもりの彼に奇襲によって一撃入れることができるだけ。むしろカナタの目標はそこにあった。

「無理だよー。強いもん」

「でもね」

「本気で、倒してもらいたいなって」もし倒せたら、それは甘美な想像だった。あんなに強い子に勝ったら、きっと彼の中に、ずっと残れるのではないだろうか。勝利以上に、好きな人の心を独占するのは最高のトロフィーである。

「せめて、こいつやるなって思われたい」

「思ったよりも強かったなって」だからこそ最初は初心者丸出しで行く。

「ギャップだよ、ギャップ。わかる?」

あー、うん、ギャップね

知ってる知ってる

「こっちは真面目なんですけど」

もしかしたら練習したいって言ったら

一緒にできるかもしれないしね

「あは! それやば」

カナタは一通り運指を確認してコントローラーを置いた。ベッドの近くにあるのは危ないので一度立ち上がって机の上に置いた。卓上は綺麗に片付いているが、物足りなく思った。

翌日ウサギの小物を買うことになる。


それから、復帰刈りは失敗する。熟練者の復帰方法は単調なものではありえない。上Bが弱いテリーだからこそ、油断なく何通りかの復帰方法を抑えている。横BとBのどちらを先に使うかだけで計算が狂ってしまう。

彼は難なく復帰する。むしろ復帰を刈ろうとして浮いているカナタは格好の標的である。着地する前に上A、上A、攻撃を合わせても回避攻撃。俗に言うお手玉だ。ダメージはすぐに上回り、吹っ飛び性能が付いているのでそのまま画面外に飛ばされてしまった。

それでも、全力で戦った結果が出ることには違いなかった。


「話全然違うんだけど、」

「弁当自分でやってるのが、続いてて」

「えらいでしょ」

やば

えらすぎ

テリー使い君に作ってあげたいね。

「あはは。一人分作るのも二人分作るのも同じだよって?」

「そんなセリフ言う子いないって」

食費考えるとマジでそんなことないよね。

く~女子高生にお弁当を作ってもらう

ような高校生活を送ってみたい人生だった。

「だから。まあ、楽しみ」

「うん」

がんばえー。

応援しとくわ

頑張ってください。カナタさんならきっと勝てますよ。

「うんちょっと勇気出た。ありがとね。」

「もう夜だから人が来ないね」

カナタちゃんはいつも、人気者だもんね。

コメント動かないしポッポさんももう寝たみたいだね。

「あいつ日曜も仕事か。早く寝て早く起きやがって、健康的だよね。」

不健全な人間性のくせにね。

「それ面白い」カナタはふああとあくびをついた。夜更かしが過ぎる。

「私ももう寝ることにするね」最後にlineを確認した。

何も通知は来ていない。名残惜し気にその画面を撫でた。目を細めて、テリーのアイコンを眺めた。

「おやすみなさい」

寝室から48億キロメートルの友達と、2キロメートルのテリー使いの彼にいい夢がありますように、短く祈った。


FIN


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