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プロローグ①

「寄生虫のような親子だったよ」

それが、義母から貰った最後の言葉だった。「悲しい」「悔しい」「つらい」なんて気持ちが一切湧かず、「明日からどうしようか」などとぼんやりと考えている自分に気付いた時、自分の心がどうしようもなく壊れていることを自覚した。


ーーーーーーーーー


3歳の頃、父さんと2人暮らしをしていた僕の目の前に、真っ白なハリヤーに乗った女の人が表れて、

「お母さんと呼びなさい」

と言った。2年ほど前に居なくなったお母さんのことを覚えていた僕は困惑し、父さんに助けを求めたのを覚えている。

父さんのいたたまれない顔と、少しだけ期待した顔を見て、

「お、お、お母さん」

と、吃りながら知らない女性を母と呼んだことも。

それから、人生が変わった。

今思えば、義母にとっては初めての子育て。それも自分と血の繋がらない子。たくさんの葛藤があり、悩みがあり、試練があったろう。

僕は、厳しく厳しく育てられた。

新しく母ができてすぐ、弟が生まれた。誰かに頼ることでしか生きられない命を見た時、自分と似ている気がして、すごく可愛がった。

そしてその2年後、もう1人生まれた。僕はその子も可愛がった。

「自分は兄だ。兄は、常に弟に安心を与える立場でなくてはならない」

そう、強く心に決めた。

小学校に入ると、義母によるいじめは加速した。

まず、話しかけられない。声をかけられる時は常に罵倒だった。父は仕事の関係で帰りが遅く、義母は家族の中で最も長く時間を共にする。そのため、常に顔色を伺い、褒めてもらうことに躍起になった。

幸い、スポーツも勉強も人並み以上には出来るタイプで、褒められる材料には事欠かなかった。

義母も周りの友達に自慢できるのは嬉しいようで、僕が何かを達成すると、褒められた。

それが、自分に向けられる愛情の全てだった。

父と義母は喧嘩が多く、父はよく義母を殴っていた。父が義母を殴ると、僕はあとで義母に殴られる。

「お前のせいだ」

と、何度言われたか分からない。その度、無邪気に笑う弟たちに傷を隠し、こちらも笑いかけた。

そんな日々を送っていた僕も大きくなり、高校生になる。そこで、事件は起こった。

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