失敗作
彼の死体が発見されたのは、早朝のことだった。僕達が仕掛けた通りにマネージャーが第一発見者になった。そのことは、連日ニュースで取り上げられ、映画の撮影と放映の中止が発表された。それと同時期に、有名人の薬の報道を頻繁に見ることになった。大企業の社長から大御所俳優、大人数アイドルなど。中には、バンドグループ全員が逮捕されたという報道もあった。麻取が頑張って働いてくれているみたいだ。連日にわたって報道されることもあって、ネットでは、リストが見つかったのではないかと一部で話題になっていた。世の中感のいい人は存在するんだな。ただ、悠太郎くんが薬に関係しているとは誰も感づくことはなかった。リストの存在も、悠太郎くんの関与も全て闇の中。警察上層部と僕しか知らない。
悠太郎くんの死因は、虚血性心疾患とされた。血液の供給が減少して酸素や栄養が行き渡らなくなることで亡くなる病気だ。だが、これは僕の作った毒の作用。ある食物の中にある成分濃度を高めて、彼の体に投与したもの。食物由来のものなので、不審に思われることもない。検死の時も、特に引っかかることがない。この毒の製法は僕しか知らない。こんなものが世に出回ってしまったら大変なことになる。誰にも気づかれず、バレずに、簡単に人を殺すことができてしまうからだ。
一仕事を終えて、報酬をもらいにいつも通りのルートで警視総監室に入る。
「お疲れさん。」
「いいえ。」
「今回の報酬だが、このくらいでどうだ?」
総監が出してきた小切手には、0が7つ並んでいた。
「1000万ですか。かなり太っ腹なんですね。」
「今回はFBIとの合同作戦だった。この中には、彼らからの報酬金も入っている。」
「ありがたく受け取らせていただきます。悠里のことでお金はいくらあっても損はしないと理解したので。」
「これからだぞ。お金がかかってくるのは。彼女は優秀みたいだからな。」
「お褒めの言葉ありがとうございます。」
「ああ。都合のいい日でいい。今度、合わせてくれないか?お前が惚れ込んだ子だ。見てみたい。」
「これから、悠里は忙しくなってくるのでいつになるかはわかりませんがよろしいですか?」
「かまわないさ。」
「了解です。あと、今回の作戦で、村田さんと真那さんに大変お世話になったので、彼らの報酬の方もよろしくお願いしますね。それと・・・」
「まだ何かあるのか?」
この作戦を遂行した上で、僕には気になっていることがあった。
「施設にいた子どもたちはどうなりましたか?」
「向こうと私たちで、引き取ることになったよ。」
「まさか、僕らみたいな教育をされるつもりですか?」
「ああ。将来的には、この国を影で支える人間になってもらうつもりだ。」
「彼らには何も罪はないのにですか?」
「お前が心配することではないだろ?それに少なからずあの神父から教育を受けた子どもだ。殺さないだけマシだろ?」
「人の心はないんですね。」
「お前たちにだけは言われたくないな。お互い様だ。私は使命のためなら、犠牲は問わない。」
「僕達はその犠牲の一部だということをお忘れなく。それに、僕は人の心は持ち合わせてます。失敗作なのでね。」
「失敗作のくせに、人殺しの依頼を受けている時点でその言葉に信憑性はないさ。まともな心を持ち合わせていながら、殺しをしているお前の方がよっぽど頭がおかしい人間だよ。」
手に力がこもる。目に血が溜まっていく感覚もする。
「そうですか。では、僕はこの辺で失礼します。」
「ああ。また、仕事が来た場合は村田に直接連絡させるから、ここにわざわざくることはない。」
「了解です。」
この部屋の空気にいることが耐えきれなくなり、逃げるように警視総監室を後にした。扉の前には村田さんがいた。
「盗み聞きなんて、趣味が悪いですよ。」
「申し訳ありません。聞こえてしまったもので。」
「では、連絡よろしくお願いします。」
「はい。悠里ちゃんのこともいつでもいいので、連絡してきてください。」
この言葉は村田さんなりの配慮だと思う。怒りの感情を僕から感じて、それを鎮めるために口にした言葉だと感じた。