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実行

 ここ最近、スマホの通知が鳴り止まない。不在通知という文字が束になって、僕のスマホの画面を埋める。初期設定の壁紙が見えないじゃないか。決して初期の壁紙が気に入っているわけではないが、不在通知の文字よりはよっぽどマシだ。さっさとこの仕事を終えて、この通知を切りたいところだが、そう簡単に動くわけにもいかない。お友達のお仕事が終わるまでは厳しい。


 村田さんから『GOサイン』が出たのは、2日後の早朝だった。都合を調整して、最速で実行できる明日に実行すると村田さんに返信した。


その日も撮影だったが、彼の様子がおかしかった。彼も何か異変には気づき始めているのだろう。分かりやすいというか、純粋というか、あきらかに動揺を隠しきれないでいた。周りの人も、特にマネージャーさんは頻繁に彼に話しかけていた。その日は、主役の体調不良の影響で早めに撮影の仕事が終わった。


 深夜3時。すでに僕はホテルの中にいた。撮影の仕事後すぐに、別人名義で取っておいたホテルの部屋の中で準備をしていた。いつもならフロアの監視カメラのハッキングを警視庁に頼む必要があるのだが、彼のフロアの監視カメラは切ってあり、代わりに唯一の出入り口であるエレベーター前に警備員が配置されていた。映像などの流出が怖いかららしい。秘密主義だからこそ、僕には逆に都合が良かった。


警備員はすでに身分を隠した公安の人間が担当してくれていた。公安の人間は、基本どこにでもいると思っていい。身分を隠して色々な会社や施設、民間団体に属して様々な情報や僕などの実行する人間のサポートをしている。真那さんもこの類の人間だ。おそらく、その中でもかなり高い階級の人間。作戦の監視に僕への接触をするくらいだ。総監からかなり信用されていると言っていい。


 エレベーターから彼のいる6階に向かった。監視カメラには少し細工をしてもらって僕の姿は映らないようになっている。6階のランプがつき、エレベーターを降りると、


「お疲れ様です。」


「お疲れ様。後のことはよろしくね。騒ぎになるのは朝になってからだと思うけど。」


「了解しました。」


警備員は僕に深々と頭を下げて、僕を見送った。


 僕がこの日を選んだのは、あらかじめ入手しておいたここに泊まっている人間のスケジュールを把握していたからだ。彼と彼のマネージャー以外は他の仕事があるため、このホテルにはいない。このフロアは彼と彼のマネージャーしかいない。マネージャーを残したのは彼の死体を見つけてもらうため。あらかじめ前日に、徹夜してもらう仕事を彼の所属事務所から入れてもらったので、おそらくぐっすりだろう。念の為、彼女の部屋には催眠作用のある薬を散布しておいた。数時間で影も形もなくなる即効性のあるものを。多少暴れても、気づかれないように。


 彼の部屋にはまだ電気がついていた。彼の部屋からは微かに声が聞こえてる。あらかじめもらっておいたマスターキーを差し込み、気づかれずに彼の部屋にはいった。


「お仲間とは連絡がつきませんか?」


「誰だ?」


「誰だとは、あんまりですね。自己紹介しても意味は感じられませんが、一応、顔見知りとしてご挨拶をば。」


僕は被っていたパーカーのフードを脱いだ。


「あなたは・・・」


「どうも、数時間ぶりですね。剣城玲と申します。」


「なんで玲さんがここに?」


「分かりませんか?今のあなたの現状とお仲間との連絡が取れないことを考えればわかると思いますが?」


彼は、スマホを強く握り、地面に叩きつける。


「まさか、あんた。」


「お分かりになりましたか?助かりました。リストには、売買の記録だけでなく、顧客の連絡先にお仲間の連絡先や麻薬の保管場所まであったのですから。向こうさんも動きやすかったでしょう。」


「じゃあ、あいつらは・・・」


「はい。もちろん、あなたよりもお先に逝ってますよ。証拠を押さえた彼らは、容赦なしですから。」


「いつ?いつとった?」


「簡単でしたよ。あなたのスマホに連絡先を入れた時に。」


「でも、データは・・・」


「はい。あなたの左手の中にあるチップの中ですよね。だから、スマホにはウイルスを仕込んでおきました。左利きのあなたがスマホを持ったときに少しずつデータを抜き取り、僕に送るような感じのやつをね。多少時間はかかりますが、あなたの手を不審に触るよりも自然でしょ?」


悠太郎くんには戦意を感じなかった。自分の不甲斐なさに責任を感じているみたいだった。


「少し時間もあるので話しましょうか?あなたのこと、調べましたよ。」


 山田悠太郎。海外留学中に日本に住む両親が事故死。学費が払えなくなった時に、神父に出会う。学費は神父が払ってくれることになり、最初の頃は神父の経営する孤児院で働くことでお金をもらっていた。だが、孤児院の経営が薬の売買で成り立っていることを知る。


「子供たちのためなんですよね?あなたが薬を日本で売る理由は。」


留学期間が終わり、FBIに目をつけられていて、安易にアメリカで売る薬を売ることができなくなった。孤児院の経営も寄付だけではどうしようもなくなり、彼を通して日本での事業の拡大を開始した。運がいいか悪いかはわからないが、彼は帰国後すぐにスカウトを受け、大きな人脈を手に入れた。


「もともと、素直で優しい性格だったあなたは、すぐに人に信用される人間になった。最初に受けて、そのまま継続しているあなたの印象は素だったんですね。演技でもなんでもなかった。騙す気なんてさらさらなければ、あなたはありのままを僕達に見せてくれていた。」


危険な裏ルートからしか手に入らなかった薬を、安全に安価で手に入るように調整した彼は大きく裏の事業を拡大していった。そうなると、もともと売っていた裏の人間が黙っていないと思ったが、彼は裏の人間にも薬を回すことで裏の人間からも信頼される人間になっていた。


「でも、素直が故でしたね。あなたは神父のことを信用しすぎです。あなたが信じていた神父は、子供を売るようなクソ野郎ですよ?」


FBIからの情報では、神父は孤児院の子供たちをさまざまな犯罪組織に売り渡していた。長い年月をかけて、英才教育を行い、殺し屋や人柱として使うための人材育成施設としてあの教会は使われていた。それを問題視したFBIが今回行動に移し、1番遠く怪しまれないルートである悠太郎くんからデータを奪う作戦をたて、総監に協力要請をしたらしい。


「嘘だ。そんなはず・・・」


「あなたに近づいたのも、日本へのルートができると思ったため。子供を引き取っていたのも私腹を肥やすため。これが真実ですよ。」


「嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だぁ!!」


彼は隠し持っていた、ナイフで僕に突進してきた。


「嘘じゃないです、って!」


僕は彼の手首に手刀を当てて、ナイフを叩き落とし、遠くに蹴る。彼は、手首を押さえながら膝から崩れ落ちた。


「外傷は作りたくないので、もうお話はおしまいですね。僕の役目は、あなたからデータを得ることと、あなたを殺すことです。」


僕は、隠し持っていたサイレンサーのついた拳銃を取り、銃口を彼に向ける。


「悲しいですね。あなたがやったことは許されることではないですが、同情はします。正直殺したくはないですが、おそらく、あなたは罪を背負って生きていかなきゃいけない。それで真実を知った時に、あなたは今みたいに絶望するでしょう。僕にできるのはあなたを殺すことで罪を隠すことだけ。では。」


僕は躊躇なく引き金を引いた。銃口からは細い針のようなものが出てくる。それを彼の額に刺し、針に付着させておいた、特殊な毒を体に注入した。彼はすぐにその場に倒れ込み、意識が朦朧とするなか、目線を僕に向けた。


「あなたの脳に食物由来の特殊な毒を入れました。司法解剖でも出てこない特殊な毒です。苦しむことはないので、安心してください。僕の声がもう聞こえているかわかりませんがね。さようなら。あなたのことは人として好きでしたよ。」


少しの時間僕が話している間に、彼は息を引き取った。時刻は朝の4時を迎え、締め切られていたカーテンの隙間から太陽光がさしていた。


「話しすぎましたかね。では。先に地獄で待っていてくださいね。」


僕はナイフと彼に刺さった針を回収し、何事もなかったかのように部屋とホテルを後にした。


『完了しました。あとは、よろしくお願いします。』


と村田さんに送り、車に乗り込む。道中、嫌になるくらい太陽が僕のことを照らしてくる。影で生きる僕に、ここにいると示すように。

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― 新着の感想 ―
[一言]  影で生きるぼくに、ここにいると示すように。  お仕事後の暗殺者にめちゃ似合う言葉ですね。  カッコいいです❗
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