提供された留学先
今度、うちに来ると言う約束を少し強引に取り付けた。真那さんは結婚していて、小学校に上がる子供もいるらしい。彼女も琴乃と同じ薬を投与されたらしいが、失敗して子供ができる体らしい。男と違って摘出するわけではないから、女性の場合失敗の例が結構あるらしい。僕らの情報は既に知っているので、子育てについてアドバイスが欲しいところだ。子供の年齢はだいぶうちの方が上だが、積み上げてきた年月はもちろん向こうのほうが上。いわば先輩だ。先人の助言は聞くに限る。それに、同級生とか幼い頃に一緒にいたということが少ない、もしくは全くない僕らだから、この出会いを琴乃に大事にして欲しいと思ったから。
彼女はパートがあるからと、割と早めにコーヒーを飲み干してコーヒー代を置いて店から出て行った。普段ブラックでは飲まないみたいで、苦い顔をするのと、両手で大事そうにグラスを持つのが印象的だった。僕はそのあと、資料には目を通さずに氷が溶けて少し薄くなったコーヒーと共に店の雰囲気を楽しんだ。こういった古風な感じの喫茶店が最近減ってきてしまって、寂しい。落ち着くとは違う不思議な世界に入ってしてしまったが、なぜか心休まる感じが堪らなく好きだ。
家に帰りすぐに、彼女からもらった資料を取り出した。表紙は白紙。2枚目にも白紙。3枚目から彼の情報が書かれていた。確かに留学先の情報が載っている。それに、本来情報として出しては行けないものまで出ている。情報の提供先は向こうのお友達だろう。なら、違法な行為であっても問題はない。それを取り締まる組織の息がかかっていればね。
留学先はカリフォルニア州のアナハイムで治安の悪い地域ではなかったが、途中でおかしな部分があった。留学費の振込先が変わっていた。日本国内からではなく、同じカリフォルニア州のオークランドからだった。最近は治安が改善されて、とても良い街になったというが、街の影には入ればというもの。若者も多くいて、ストリートの最先端をいく街だからこそ、というのもある。
振込先の相手は、神父さんみたいだ。教会と孤児院、それに身寄りのない若者をよくうちの中に入れてもてなしているという、近隣住民の方々からはとても、信頼の熱い方らしい。だが、向こうのお友達はかなり怪しんでいるみたいだ。それは資金源が特定できてないことと、そこに出入りした若者の生活水準が著しく向上すること。明らかに、お金の持ってない姿をしていないらしい。これだけ、怪しい素材があるにもかかわらず、向こうのお友達は踏み込めていないみたいだ。尻尾を全く出さないらしい。町中で彼のことを隠しているみたいで、さらにお友達の中でも内通者がいるらしい。
資料に目を通し終えると、あらためてかなりデカいヤマだということがわかった。なるほど。日本とアメリカの合同作戦の先陣ということみたいだ。
「もっと早めに情報よこせよ・・・」
「かなり大きいみたいですね。ココア入れました。」
帰りの挨拶もせずに、僕は自室に篭ったので、それを心配した琴乃が気を遣ってくれた。
「ありがと。そうみたいなんだよね・・・」
「まぁ、でも大丈夫です。玲だから。」
椅子を挟んで、僕の首に腕を回す。琴乃は、不安な時に僕のことを呼び捨てにする。いつもそうでいいと言ってはいるのだが、それじゃあ気づいてもらえないかららしい。僕はそれを察して、琴乃の手を握る。
「大丈夫さ。何も問題はないよ。それより、今度琴乃に合わせたい人がいるんだ。きっと喜ぶと思うんだけど。」
「なんですか?楽しみです。」
僕は机の上に置いておいた資料を閉じて、悠里の待つリビングへと向かった。悠里は窓からさす夕日に当てられていたが、それも気にせずにソファーの上で眠っていた。ソファーの前にある机には漢字をびっしり書いたノートと、3分の1になった鉛筆4本と既に角がなくなって丸くなった消しゴム、色鉛筆用の鉛筆削りが置かれていた。
「そんなにやらなくても、悠里なら大丈夫なのに。」
「楽しいみたいですよ。こうして、普通に学べることが。」
「それなら良いんだけど。」
もうすぐご飯の時間なので、眠り姫様を起こさなければいけない。
「ほら、悠里起きて。ご飯作るから手伝ってくれる?」
まだ眠い悠里は半開きの目で僕の存在を確認する。
「お帰りなさい。」
「はい。ただいま。」