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6 組織と空気

 その日以来、陛下に直接お会いする機会はなくなっていた。


 陛下からの呼び出しもなく、わたしは本来直接の謁見を申し出る資格すら持たない身分である。最初がおかしかったのだということは分かっていたし、あのような機会がまた欲しいとも思わなかった。

 けれど、日々の中でどうしてなのか不意に、子どものように謝った陛下の声が思い出されることはあった。



 中央へ来てから2週間ほどが経ち、わたしは王城内の雰囲気にいくらかは慣れてきていた。何か困ったことがあれば情報収集室の方々やウームウェル補佐官に尋ねることもできたので、それは本当にありがたかった。


 情報収集室のメンバーは、それぞれどこかしらの重要な家や人とのパイプが強い人が集められるという性質から、地方から中央へ来た人も割合としては多い。そのこともあって、同じ境遇であるわたしに対しては想像以上に良くしてくれていた。

 部屋の外に一歩出ればとげとげしい視線を向けてくる人はいたけれど、わたしが下手を打たなければ実害があるわけでもなかったため、なんとかやり過ごせていた。



 わたしに用意されていた仕事は少なかった。

 最初の1週間はわりと頻繁に呼び出しを受け、その際にウームウェル補佐官や官僚方から聴取を受けて情報の提供を行った。そしてそれ以外の時間でやる必要があることといえば、最新のトラッドソン領の情報を得るために父上やトラッドソンの臣下に手紙を書くことだった。


 はっきりと定められた仕事はその二つだけだった。確かにわたしの実績を考えれば、どの程度仕事ができて、どこまでを任せられるのかという判断はできなかったと思うので、それ自体は妥当な判断だろうと思われた。


 けれど、呼び出しが落ち着いてきてからはどうにも時間を持て余した。とりあえずどんなものかを確認しようと丸一日情報収集室に詰めてみた日もあったけれど、次の日からも同じように過ごそうとは思わなかった。ここでただ呼び出しを待つだけでは仕方がないという結論に至り、わたしは自分にできることを探そうと決めたのだった。



 手始めに、王城内での情報収集をしようと思いつく。わたしに対しての風当たりはつまり、トラッドソン家へのそれとほとんど同義であるだろうと思われた。若輩者であるわたしへの反発がいくらあったとしても、トラッドソン家を代表しての登城であるという意識は王城内の人間なら誰もが持っているはずだった。とげとげしい視線の針のむしろではあるけれど、恐らく実害はないだろうと踏んだ。わたしへ向けられる視線から、トラッドソン家や南でのゴタゴタについて誰がどう考えているか把握できたらと、わたしはそれをさっそく実行に移した。



 しかし、結論としてそれはうまく行かなかった。


 初めの数時間は問題なく王城内を歩き回って人々の反応を窺えた。遠巻きな悪意は途中まで顔を覚えつつカウントしていたけれど、すぐにキリがないと判断してやめた。他にはすれ違いざまにやや強めの敵意をもって睨みつけられることもあったし、反対にわたしを見かけて友好的に話しかけて来る人もいた。


 しかし夕方になり、わたしはとある侯爵家当主に呼び止められ、「仕事もせずにこんなところで何をしている!」と激しく叱責を受けることとなった。自分より身分の高い相手に反発してはいけないとただただひれ伏したけれどその攻撃は収まらず、結局タイミングよく通りかかったウームウェル補佐官に助けていただいてようやく収集がついた。


 後々父上に手紙で尋ねたところによると、その侯爵は父上との折り合いが悪く父上に対しても怒鳴り散らす人だったと分かった。その手紙を読みながら父上がとことんやり返す姿が目に浮かんで苦笑いした。わたしの立ち振る舞い自体に対してとやかく言われたわけではないと分かり一安心したけれど、不要な揉め事を起こしてウームウェル補佐官に迷惑をかけたのは事実だった。


 その一件があり、わたしはそれ以降は必要な時以外はひとりで王城内を出歩かないことに決めたのだった。



 そこからは情報収集室の中でできることを考えはじめた。考えつくことは多くはなかったけれど、今の自分にできることとしてトラッドソン家の使用人たちにも手紙を書いた。要職についている父上やその臣下には見えないことが、庶民である使用人たちには見えるかもしれないと思ったからだった。その予想が当たるかどうかは分からなかったけれど、少しでも情報が多いに越したことはないだろうとその作業に多く時間を割いた。




 そしてつい三日前、「対タタレド情報戦略室」という新たな組織が出来上がったことを知らされた。


 わたしが先日陛下に申し上げた情報や官僚から聴取された際に話した情報の影響もあってか、「タタレドからヴァルバレーへの侵略の可能性が高まっている」として、この先のことを検討する段階に移るようだった。

 これまでは「緊張状態」と表現していたものは、戦争一歩手前の「危機的状態」に格上げとなった。

 戦略室の立ち上げが王城内で公にされてからは、王城内の空気はその話題一色となっていた。


 国をあげての戦争になるかもしれない。

 現実味を帯びてきたそのことに、不安が募った。こういう展開になり得ると予測はしていたし、そのためにわたしは王城へ招聘をされたのに今更だなと自分にため息が出た。



 そして想定通り、対タタレド情報戦略室にはわたしも召集されていた。


 今日がその初めての戦略会議の日だ。この日が決まってから、わたしはより詳細な情報を集めることに努めた。それからわたしの手の内にある情報をすべて並べて、誰が見ても理解しやすいように心がけて資料にまとめた。それが案外難しく、わたしは資料提出期限のギリギリまで検討を重ねることになったのだった。



*****



 14時からの会議は王城の中でも奥まった場所にある会議室で行われることになっていた。事前にウームウェル補佐官が「一人で行動するより良いでしょう」と会議室までの案内役を買って出てくださっていて、わたしは申し訳ないながらもその好意に甘えた。


 会議室までの途中、ウームウェル補佐官から「戦略室の参加者は覚えていますか」と尋ねられた。事前に配布されていた資料に書かれた名前は一応覚えていたので「役職と名前は一応覚えております」と答える。

 ウームウェル補佐官は正式には国王陛下第一補佐官という名前の役職で、直属部の責任者として参加するのだということをわたしはその資料で知った。

 ウームウェル補佐官は頷いてから口を開く。



「今回の戦略室に入るのは、あなた以外はほとんど各部署の役職を得ている者です。名目的に責任者として置かれている者も数人いますが、それ以外は国を実質的に動かしている者と言えるでしょう。無闇にあなたのことを目の敵にしたりすることはない連中だと思いますが、必要ないと思えばあなたを切ることにも容赦はないでしょう。最初は周りの様子を見た方が安全かと」


 わたしは、そのアドバイスに素直に頷いた。


 王城に来てから一番の緊張感があった。わたしもだけれど、ウームウェル補佐官もいつもよりも張り詰めている気がした。わたしは緊張を表に出さないようにと何食わぬ顔をしながら気を引き締める。


 部屋の中に入ると、もうわたしとウームウェル補佐官以外の室員は席についていた。顔ぶれを見るとさらに緊張感が高まる。けれど、なんてことはないと自分に言い聞かせた。そうだ、元旦那様が強く怒鳴る時のあの緊張に比べれば、なんともない。



 今回の戦略室には軍部、法務部、外務部、財務部、政策部、直属部の人間が参加していた。それぞれ2名ずつの参加で責任者とその副官という構成のようだ。そこにわたしが加わるというなんとも恐ろしい状況だった。



「その娘がトラッドソンのか?」


 決められた席へと移動して座ると、大柄な強面(こわもて)の軍服を着た男性がウームウェル補佐官に話しかける。会議室にいる人間のほとんどがその声に反応した雰囲気が感じられて、わたしは更に意識して平然とした表情を作った。


「ああ、将軍はトラッドソン当主と仲が良かったですか」


 ウームウェル補佐官は大柄な男性に気安い声音で返事をした。男性は「久しく会えてないけどな」と言ってから、わたしに視線を移した。

 わたしは何か言われる前に「トラッドソン伝令役にございます、以後お見知りおきを」と立ち上がってから恭しく頭を下げる。


「私は軍部将軍のジルベルク・グランデだ。ユーノルドは息災か?」


 将軍は愛想良く笑ってそう答える。なんだか熊みたいな人だなと思った。


「はい、お陰様で変わりなく過ごしております」


 わたしが返事をすると、グランデ将軍は「そりゃよかった、ユーノルドのせいでお前さんも大変な目に合ってるよなあ」と肩をすくめてみせた。ユーノルドとは、父上の名前である。名前で呼ぶくらいに親しい仲なのだろう。たしかに武力に秀でていて砕けた父上と少し雰囲気が似ていて、気も合いそうだと思った。


 そしてグランデ将軍がまた何か口を開きかけたとき、外から「陛下、御入室」と声がかかった。皆が一斉に扉へと視線を向ける中、ゆっくりと扉が開かれた。

 そして扉が開き切ってから、陛下は落ち着いた動作で部屋へと入ってきたのだった。

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