2 気合いと攻撃
やっかいだったのは、顔見世の二週間後に設定された国内の主要貴族や同盟関係国等を招待してのお披露目だった。
こちらは縮小したいと陛下が言ったとしても、そう簡単にできるものではない。ヴァルバレーには力があるということを周辺国にアピールする場でもあり、それを今の段階で縮小すれば金や力がないと疑われかねないからだ。
王城内はその準備で二週間ずっとバタバタとしていた。きらびやかに整えられていく城内のその区画に、気になって予算を聞けば驚くような金額だった。陛下もそれには気乗りしていない様子だったけれど、「国としては仕方ない所ではあるかな、ゆくゆくは変えていきたいけどね」と折り合いをつけているらしかった。
一方のわたしは辺境伯令嬢だったけれど、あまり身分にこだわらない環境で育ち、べリス家へ嫁いでからはさらにお金をかけずに生活してきていた。そのため、陛下の隣に立つのにふさわしいようにと誂えられた高価そうなドレスを前に、とにかく落ち着かない気持ちになった。
そして余裕のある服でないとお腹が目立ち始めていて、ウェディングドレスもそうだったけれど一般的なドレスはもう着ることができなかった。もちろん陛下はそれも考慮済みで、わたしに合うようにと職人にドレスを頼んでくださっていた。
もう妊娠は公になっているのだから隠す必要はないのだけれど、その姿を大勢にさらすのは少し抵抗があった。そのため、腰回りに華やかな装飾を付けてもらって分かりにくくすることになっていた。
当日、わたしは顔見世や成婚の儀とは比べ物にならないくらいの重圧を感じていた。そしてその日の陛下は完全に国王陛下としての顔をしていて、柔和だけれどどこか有無を言わせない、気迫のある雰囲気をまとっていた。わたしには今まで見せてこなかったのであろう、陛下の国王陛下たるその迫力にも、わたしは緊張していた。
王妃としての初めての仕事で、わたしは静かに気合いを入れた。陛下のお役に立てるようにがんばろうと、とりあえずは王妃として最低限の振る舞いを心がけることにした。それ以上のことは、今のわたしにはできない。陛下には前々から「そんなに気を張らなくて良いから」と言われてはいたけれど、そういうわけにもいかない。
昼頃から会が始まれば、まずは他国の国賓へこちらから挨拶へ伺い、その後に国内の貴族が挨拶へと来た。
わたしは始め陛下の一歩後ろに立っていたけれど、途中でそれに気づいた陛下から「君は私の真横にいて」と言われたため、すぐに立ち位置を修正した。
他国の人々はわたしの背景も詳しくは知らないし、婚姻についても、もう少ししたら世継ぎが誕生することについても表面上は祝うような口上が述べられることが多かった。ヴァルバレーに接している国は五つあり、今回はその内、南のタタレドを除いた国が列席していた。これ以上関係を壊せないためタタレドも招待自体はしていたものの、今回は不参加という返事が返って来ていた。
そして何やら、周辺国ではわたしが陛下の寵姫であるという噂が広まっていたらしかった。一体どういうことなのだろうと不思議に思いながらも、わたしは国賓たちからの興味深そうな視線を受け止めていた。けれど、陛下が長らく友好関係を築こうと努力してきただけあり、そこに悪意は感じられなかった。微笑みを絶やさず、適度に会話に入りつつ、わたしは当たり障りなくその場を乗り切ったのだった。
そしてついに、国内の貴族を相手にする時間になった。陛下とわたしが座る上座に、参加者が順番に挨拶にくるという方式だった。ある程度重要な立ち位置の貴族だけを呼んだと言っても、その数はそれなりのものだ。
ずっと笑顔を絶やさずにいることだけでも疲れたけれど、こちらからは周辺国とは違い色々なことを探られていることも感じて、全く気を抜けなかった。陛下にふさわしく見えるようにと、わたしは更に気を張った。
緊張からか、時々気持ち悪さが出てくるのではないかという感覚と不安が頭をかすめたけれど、目の前のことでいっぱいいっぱいでそれをしっかり考える余裕すらもなかった。わたしはとにかく、ヘマをしないようにと自分に言い聞かせていた。
そしてやはり、わたしが再婚であることを気にしている人たちが一定数いることは分かった。トラッドソン家伝令役として王城内で面識のあった方々はそこまでの反応は示さなかったけれど、そうでない人達はわたしのことを遠慮なく見定めようとしているのが分かった。
そしてわたしの初婚がべリス家当主とだったことから、先の事件や戦争危機について、わたしとタタレドがつながっていたのではと疑うような人もいた。べリス家当主が王城へと来ることになったという情報も広まっていて、それを揶揄されるようなことも言われた。
もちろん陛下の御前で無礼にあたる直接的な発言はなかったけれど、遠回しにいやらしく言うのがとにかくうまい人が多かった。父上はそういう人々をとにかく嫌っていたけれど、わたしも今ならその気持ちが分かるような気がした。
遠回しに何かを揶揄するような物言いに対して、陛下は柔和な表情のまま、けれど淡々とそれをなぎ倒すようにバサバサと否定していた。それなのになぜか嫌味のないその応答に、貴族たちもそれ以上は言えずに引き下がる。それを隣で見ながら、すごいなと思った。
反面、わたしはとにかく反論せずに、笑顔を作って応じた。少しのことでは動じない精神力はベリス家で一応鍛えてきたつもりだったし、それがある程度役に立ったとも感じた。けれど同時に、これではいけないのだと言うこともまざまざと感じていた。
中にはグランデ将軍や、マーガー副室長のお父様などわたしに好意的な人もいて、そういう時には少しだけ気が緩んだのが救いだった。
そしてほとんど最後の方になってから、『オグウェルト・ウームウェル公爵』としてウームウェル補佐官とその奥様が挨拶に来られた。
奥様はかなり若く見えたけれど「レア・ボワソン侯爵家当主でございます」と言って頭を下げて、わたしはその肩書に少し驚いた。
「レア、こちらが王妃シエナ様」
ウームウェル補佐官がわたしのことをボワソン侯爵にそう紹介してくれて、わたしは「シエナです、よろしくお願いいたします」と軽く笑みを作れば、彼女も少し笑みを浮かべて「この度は誠におめでとうございます、王妃様」と頭を下げた。
「久しいね、ボワソン侯爵」
ややフランクに陛下が彼女にそう話しかけると、「はい、ご無沙汰しております」と彼女はまた頭を下げる。
「だいぶ当主も板についてきたと聞いている。今後も楽しみだね。……それで、オグウェルトは家でちゃんと君に優しくしてくれるのかい」
陛下は、普段はわたしに見せないような少し面白がるような声でそう言うと、ボワソン侯爵が口を開く前にウームウェル補佐官が「やめてください、陛下」と言いながら彼女を背後へと隠した。それからそっとお互いを窺うように視線を絡ませた二人に、ああ、素敵な夫婦だなと微笑ましくなった。
夕方、なんとかお披露目が終わり、わたしは国賓を宿泊の部屋にご案内してから着替えに私室へと戻った。陛下はこの後、また周辺国の方々との会談をもつ予定になっていた。
そして部屋に戻ればニカが控えていて、わたしの様子を見るとすぐに駆け寄ってくる。ニカは今はトラッドソン家の侍女ではなく、王家の侍女という身分になってわたしのそばにいてくれる。
「シエナ様、顔色が……」
気を張りすぎたのか、陛下と別れたその瞬間から気持ち悪さと軽いめまいが出てきていた。部屋まではなんとか耐えなくてはと、国賓の前では必死に振る舞った。つわりのような久々なそれに、耐えきれなくなったわたしは思わずその場でうずくまった。