浅ましさと不信
番外編①クロード視点のお話。2話完結。
彼女との出会いは、運命だったのかもしれない。
言葉にすればなんて陳腐なのかとため息が出そうになるし、そんな柄でもない。けれど、そう呼ぶより他に適当な呼び方が見当たらない。
いや、そんな風に呼んでしまっては彼女には酷すぎるかもしれない。運命だと思って、それを追いかけているのは私の方だけだということは分かっている。
けれど、それでも良い。
私のそばに今、彼女がいてくれる。それだけで良いと思えるのだ。
出会った当初は好きだとか大切にしたいとか、そう言う感情よりも先に、自分のものにしたいと思った。それはおそらく自分の中の暴力的で利己的な部分が言っていたことで、戦争直後の混乱していたあの時期だったから尚更強く出ていた感情だったと思う。
今の自分はそう思っていた自分を恥じている。そして自分の中に湧き出てくる彼女を求めるその気持ちが、今でも時々、どうしても利己的に思えてしまって仕方がないこともある。
けれど、彼女はそれさえも――それを含めた私さえも受け止めてしまうのだ。
なんて幸せなのか、と思う。
立場上のしがらみや、これから成したいことに付随してくる大変なこともあるだろうけれど、そんな時でも私には彼女がいる。そう思うだけで、やっていけると思えてしまう力が、彼女にはある。
*****
彼女を『トラッドソン家伝令役』として召し上げることを決めてから、実際に彼女が王城へと来る前に、オグウェルトやドゥノワなど信頼できる者達数人にだけは私が今後彼女を妻にと考えていることを伝えていた。
今まで婚姻に関しては、誰から何を聞かれても「考えていない」と突っぱねるだけだった私のそんな話に、聞いた者達は皆度肝を抜かれたような顔をしていた。彼女との最初の出会いは彼女以外の誰にも話していないから、「いきなり何があったのか」と臣下達は思ったに違いない。ただ、あの日あったことは誰にも話すつもりはない。
あの記憶の中の美しい彼女は、いつまでも私だけのものだ。
それに、23歳の良い大人が、まだ子供であった14歳の少女を13年間も想い続けて、同時に欲望まで抱いていたなんてこと、本来ならあってはならないことだ。それは、自分でも気にしている部分だった。彼女はそんな素振りを見せないけれど、気持ち悪いと思われていたらと時々不安になる。
ただ、そんなことを言われてももう手放すつもりはないのだけれど。
彼女が王城へと来た日、私はあの日の面影が強く残る彼女を見て、今までに感じたことのない高揚感を抱いていた。彼女が私に対してどんな態度をとるのかと、あわよくば国王陛下である私をすぐに受け入れてくれるのではないかと、そんな風に思って何度か寝室へと呼びつけた。
けれど、彼女はそんな軽薄な人間ではなかった。なし崩し的に彼女を手に入れることはできないのだと分かって、私は途方に暮れた。私がもっているものと言えば、国王陛下であること、その立場しか思いつかなかった。
それに巻かれない彼女は、どうやったって手に入れられないではないか。そんな風に思っていた。
王城の中で彼女は想定以上によく働いたし、話してみれば思っていたよりも賢い人だった。それもとても好ましかった。
募るばかりの思いに、そして徐々に悪化していく発作に、私はとても焦っていた。
彼女がいくら賢い人でも、慣れない王城内では手助けが必要だろうと思ってその役回りはオグウェルトに頼んでいた。オグウェルトはやはり有能で、私と彼女の間をうまくつないでくれていたと思う。直接の手助けをできない私に代わって、彼はよく立ち回ってくれていた。
会議の時の振る舞いや、王城での立場のことなど、私が心配している点を伝えておけば、オグウェルトは先回りして彼女にそれを伝えてくれていた。可愛い弟のような存在だが、彼女が来る半年ほど前に結婚したオグウェルトのことを頼もしく思った。表情にはあまり出さないけれど、奥さんのことを溺愛しているのは知っていたし、その点でもシエナがオグウェルトと、という危険性は低いと思っての采配でもあった。なんて心が狭いのかと、自分でも嫌になるけれど。
そしてどうしてなのか、今でもそれはよく分からないけれど。彼女には絶対に見せたくないと思っていた私の昏い部分を見た彼女は、私のことを受け止めたいと言ったのだ。
彼女を抱いた夜。私は必死だったことを覚えている。
とにかく近くに来られてしまったら、理性が一瞬で吹き飛ぶことは自分で分かっていた。会議の後時間が経ってから部屋へと来てくれたその前の時とは違い、あの日の彼女は会議直後に部屋の前へとやってきた。時間経過で徐々に弱まっていく自分の中の激しいものが、その時点ではとてもではないがまだ自分で制御できない状態だった。
必死に、本当に必死に、私は彼女を拒もうとした。けれど、13年間も彼女に触れることを痛いくらいに切望してきたのだ。あの感情に飲み込まれた私は、彼女が「壊して」と言った言葉で、ただの欲の塊へとなり下がったのだった。
彼女に触れると何かがじんわりと沁みて、癒される気がした。けれど同時に私の中の熱い何かは留まるところを知らずに膨らみ続けていた。征服感や優越感、焦がれや切なさ、そして罪悪感や不安。とにかく整理のつかないまま、色々な気持ちが溢れていた。
彼女はそんな私をも受け入れてくれている、と。そう心から信じることができたのはおそらく、やっと自分の中の暴力的な激しいものが治まり始めて、彼女の目をまっすぐに見ることができた時だったと思う。
その時まで、私は自分が彼女の顔を見ないようにしていた事に気づいた。自分の後暗さに罪悪感があったからかもしれない。それは意識的にしていたことではなく、気づけばそうなっていた。
けれど私が彼女を見つめてみれば、彼女はずっとひたすらに私を見ていて、その目には私が映っていた。
愛おしい、大切にしたい。その時にそう強く思った。
一方で私はどうしても、彼女に私の痕跡を残したくなった。きっと彼女をこうして何度も抱いたであろう彼女の元夫への嫉妬もあって、私は彼女の判断を鈍らせてから、彼女の奥深くに私の残渣を残すことに成功したのだった。
愛おしい。
大切にしたい。
強くそう思ったら、今度は彼女に触れることが怖くなった。
なんてことをしたのだろうか、と。あんな風に勝手をされて嫌じゃなかったはずがないと思った。けれど近づけば、また彼女に触れたくなってしまうかもしれないと思うと、自分がそれを強要出来てしまう立場なのだと分かっているからこそ怖かった。
彼女を妻にしたいという思いは変わらなかったけれど、しばらくの間は自分の気持ちを整理して治めるためにも距離を取ろうと思った。それはおそらく、整理という側面ではうまく行ったのだろう。私の中には明確に、今までの「彼女を私のものにしたい」という思いとは別の「彼女を幸せにしたい」という思いが育っていった。
そして考えれば考える程、私の妻になることと彼女の幸せとが全く結びつかないように思えた。苦しかった。けれど、彼女に強要はしたくないと思った。
その二つの思いの狭間で、私は葛藤していた。




