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21 破壊と劣情

 翌日は第10回会議の日だった。

 会議の前にウームウェル補佐官に時間を作ってもらい、ニカからの情報は最初にウームウェル補佐官に伝えることにした。

 会議の場で言うには突拍子がなさすぎる話だったし、実際にこれが使える情報なのかどうかも含めて不安になってきて、その判断も含めるとウームウェル補佐官が適役だろうと思ったからだった。


 ニカからの情報をまとめながら説明すると、ウームウェル補佐官も一瞬呆気にとられた表情になってから、「それは……」とわたしと同じように疑うような反応を見せた。


 わたしは内心慌てながら、けれど表面上は冷静さを保って「あくまでわたしの使用人が見た話です。情報収集のプロではありませんので」と控えめに伝えた。

 それを聞いたウームウェル補佐官はやや思案してから、「しかし、全く可能性がないとは言えないと思います。……とりあえずはより緻密な情報が必要でしょう。その部分は私から陛下に相談してみます」と言って、その件はウームウェル補佐官が預かってくれることになった。

 わたしは少しホッとしながら、ウームウェル補佐官と共に会議室へと向かったのだった。



 第10回会議ではかなり具体的な戦略に関することが軍部から提示された。戦いとなった場合には兵力は国内のほとんど全てを投入、必要な場合にはトラッドソン領は放棄して中央を守ることに専念するという内容だった。

 条約締結の提案をも一蹴する強気なタタレドの姿勢に、今まではやや余裕を見せていた軍部ですら恐れを抱き始めているのが分かった。


 今日の会議でも、陛下は一見すると普段と変わらない振る舞いをしていたけれど、これだけの具体的な話をすれば陛下の中では異変が起きているはずだった。

 そう思って観察するとやはり陛下の視線は鋭くなっていて、陛下が自分で最も嫌う、破壊的なものに飲み込まれかけているのだろうということが見て取れた。おそらく、その場にいた誰も気づかないような、気にしてみないと分からない程の些細な違いだとは思うけれど。


 そんな状態になっているであろう陛下には早めにこの場から退出してもらいたかったけれど、間の悪いことに今日の会議は長引き、結局終わったのは夜になってからだった。


 わたしは先ほど頭を下げながら、いつもと変わらない振る舞いで退出した陛下を見送った。陛下にはまた拒否されるだろうけれど、今日は呼ばれなくても陛下のところへ行ってみようと頭の中で算段をつけはじめる。



 陛下はこの後まだ仕事があるのだろうか。そうしたらもう少し遅くなってからの訪問の方が良いかもしれない。

 そう考えてから、ふと気がついた。


 あの状態で仕事などできるのだろうか。

 ……いや、おそらくできない。


 先日わたしが拒否された日。会議は夕方には終わっていたけれど、それ以降は夜まで仕事をしているだろうと考えて、訪問したのは夜遅い時間になってからだった。そして行ってみれば重い発作が起きているのであろう陛下がお部屋にいらしたのだ。


 しかし、とわたしは何かに引っかかって、それから悪い予感が浮かんだ。

 もしかして今までずっと、発作が起きると仕事も手につかず、陛下はひとりでただただそれをやり過ごしていたのではないだろうか。


 わたしはハッとして、急いで会議室を出てすぐに陛下の部屋へと向かった。


 ウームウェル補佐官を見つけられず、直接門番のところへと向かったけれど、入口にいる門番には形式的に名前を確認されるのみで中に入れてしまった。そんなことあり得るのだろうかと疑問に思ったけれど、陛下の部屋へと向かうための事前の許可は必要なくなっていたのかもしれない。わたしがどういう風に認識されているのかはわからなかったけれど、今はそれが有り難かった。

 入口から陛下の部屋までは遠く、わたしはやや焦る気持ちを抑えられずに廊下を早足で進んだ。



 陛下の部屋の前はしんと静まり返っていた。物音ひとつしない。わたしの足音が響いていただけだ。

 わたしはその勢いのまま、陛下の寝室の扉をノックした。


「陛下、トラッドソン家伝令役です」


 しかし、予想通りと言って良いのか、陛下は返事をしなかった。今日は入れてもらう際に、陛下がお部屋にお戻りになっているということを門番に確認済みだったので、不在ではないはずだ。


 少ししてからわたしはもう一度ノックをする。


「……陛下、扉を開けてもよろしいですか」


 陛下が動けないのであれば、わたしが動くまでだ。そう思って、中に入ってしまえればとそう声をかけた。


 すると中でゴトリと小さく音がして、しばらく待つと次はガチャリと鍵に触れる音がした。扉を開けてくれるのかと思い少し待ったけれど、扉は一向に開かなかった。

 少し考えて、もしかしてわたしは今鍵をかけられたのだろうかという結論に達した。そして、鍵が開いていたなら勝手に入れば良かったと、とんでもなく恐れ多い後悔をした。


「陛下」


 わたしがやや憤りを含んだ声で呼びかけると、それにはすぐに「来るなと言っている」と陛下の低いうめき声で返答があった。


 わたしはまた、拒否されたのだ。



「……発作の際には来ると言いましたので」


「今日は呼んでいない」


 にべもないその答えに、それはそうだと納得しかける。けれど、ここで諦めたらこの間と同じだ。陛下はまたそこにひとりでいることになる。わたしは諦められなかった。



「……先日、陛下がわたくしにお話しくださったのは、もしかしたらと思ったからではないのですか」


 陛下はあの自分の弱さをさらけ出すだけの話を、どうしてわたしにしたのだろうと思った。不思議だった。解任するだけならあんな話をしなくても、命令としての一言だけで済むはずだったのに。

 だから、陛下はわたしに助けを求めていたのではないのかと思った。


「……駄目だ。ひとりにしてくれ」


 陛下はゆっくりと言葉を口にする。


「……君も、痛い思いをしたくないだろう」


 酷く無感情な声と共に、ゴンと扉が音を立てて揺れた。目の前での大きな音に驚いたけれどそれに勢いはなく、故意に殴ったような音ではなかった。陛下が倒れこんで身体をぶつけたのかもしれない。


「……その痛みを、共有してくださるためにわたしにお話ししてくださったのでしょう」


 わたしの中にあるのは、悲しみのような感情だった。

 触れられたと思ったら、陛下は遠くなる。国王陛下であらせられるのだ。遠くて当たり前なのに、わたしはいつの間にか陛下の近くにいたいと思っていたのかもしれないと、今になって気づく。



「………言ったはずだ、私は狂っている。……そんなおかしくなった私は、君をどうにかしてしまいたくなるんだ、壊してしまいたくなるんだ」


 陛下の声が低く無感情なうめき声から、苦しげな声へと変わっていく。息も絶え絶えの様子なのに、陛下は息もつかずにわたしに言葉を投げつける。


「私が今何を考えているか分かるか。頭の中で君がどんな酷い仕打ちを受けているか、わかるか。君を壊してそのすべてを僕の物にしたいと思っているんだ、だから近寄るなと言っている、僕は君を壊したくない、傷つけたくない」


 苦しげな声から、最後はほとんど怒鳴り声のようなものに変わっていた。けれど、声は張り上げられているはずなのに怖くなかった。ただただ、わたしは苦しくて悲しくなる。


「……その葛藤はわたしのことを思ってくださっているからなのでしょう?」


 いっそその苦しさに飲み込まれてしまえば楽になれるのにと、酷いことを思った。身を委ねて、そちらに染まってしまってもおかしくない。

 けれど陛下はどんなに苦しくても、そうはしないのだ。自分は傷つき続けながら、頑なに他の誰も巻きこみたくないと人を遠ざけた。


 ならば。わたしは巻き込まれようではないか。



「怖くありません、陛下」


 わたしは扉をじっと見つめた。陛下がすぐそこに居るように感じられた。荒く肩で息を吸う音が聞こえる。


「どんな仕打ちでも受けましょう、わたしは壊れません。むしろ望むところです。陛下のその痛みを、わたしにください」


 こんなにも(まま)ならない感情があるのだろうか、と思った。傷つきたいなんて正気の沙汰ではない。


 けれど、わたしは一緒に傷つきたいのだ。



「そんな陛下を、わたしは受け止めます」



 陛下は何も言わなかった。

 ドンとまた扉が揺れて、ずるずるという音が足元から上がって来る。座り込んでいた陛下が立ち上がったように思えた。

 もしかしたら、陛下はもう何も言わずに部屋の奥へと戻ってしまうかもしれないと不安が過る。それならばと、わたしはもう、陛下を焚きつけることでしか部屋へ入れてもらう方法を思いつけなかった。



「……わたしを、壊してください」



 静かなわたしの声とは対極の大きな音を立てて、ガン!と扉が震えた。たぶん、故意に陛下がそこを殴った音だったと思う。


 その音が合図だったように、静かだった部屋の中が早急に音を立てはじめた。ガチャリと鍵が開く音がして乱暴に扉が開かれたと思えば、鋭い目をした陛下が目の前に現れた。わたしが息を飲むと同時に加減のない力で腕を引っ張られて連れ込まれ、背後でバタンと大きな音を立てて扉が閉まった。そしてまた、ガチャリと鍵がかけられる。

 鍵が閉まる音が、部屋にやけに大きく響いた気がした。


 わたしと全く視線を合わせない陛下は、わたしをボスンとソファへと突き飛ばした。目には劣情だけが映っていて、陛下の頭の中で行われている()()()()がどんなことか、なんとなく想像がついた。


 元旦那様にも、似たようなことをされたなと冷静に思い出す。けれど元旦那様と違うのは、陛下が何故かわたしを望んでくれているということだ。そして本当は()()したくないのだということも分かる。

 それに、わたし自身が今、それを望んでいるのだ。


 わたしは、ソファに自重で沈みながら、改めて強く覚悟を決めたのだった。


*****



 それから陛下はわたしを壊そうと、あるいは手に入れようと必死にもがいた。


 手荒で余裕のない、けれどわたしの存在を執拗に確かめるような、そんな時間だった。

 陛下の中では一度、理性と破壊衝動との葛藤が起きていたけれど、わたしはそこで破壊的な陛下を呼び戻した。十分に、その底が知れるまで、わたしはその陛下を受け止めたかったから。


 けれどしばらく攻防を続けると、陛下の破壊的な衝動は顔を出さなくなった。欲望は浮かんでいてわがままなのに、それは痛みを伴わなかった。どちらにしてもわたしを求めることには変わりはなかったけれど、途中からは感情的にではなく、陛下が自身がわたしを望んでいるのだと伝わってきた。


 最終的にはおそらく、わたしは利己的で破壊的な陛下とその痛みや苦しみのすべてを、恐れ多くも受け止められたのだと思う。


 それはわたしにとって、長い、長い時間だった。


 その攻防の果てに、わたしが陛下を受け止めた証として、陛下の欲望とこれまで陛下がひとりで抱えていた絶望がわたしに流し込まれたのだった。


 それを理解してわたしはどこか安堵した気持ちになりながら、いつの間にか意識を失っていた。

この夜の詳細のお話は、ムーンライトに『昏い欲望に沈む陛下の寵愛に溺れたら』というタイトルの短編として上げました。よねはらいと名義です。

(https://novel18.syosetu.com/n6959hg/)


大人で抵抗のない方はよろしければぜひ。

ただちょっと歪んだ話ですので、苦手な方はご注意ください。

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