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17 壊れた僕と羨望

陛下side

 父上が嫌いだった。


 国王としての父上も、父親としての父上も。


 その人格が激しく破綻しているわけではなかったし、国王としての人望も人気もあった。国民や臣下からは尊敬される存在であり、強い国王だったと思う。



 強い者は生き残る。弱いものは淘汰される。

 それが自然の(ことわり)であると、私が幼少の頃から父上はそう繰り返した。


 女よりも男が強い。けれど女は子を産む。だから守る。

 周辺国よりもヴァルバレーは強い。だから攻め入る。

 父上の理論は単純明快だった。強い者と、それを支えるために必要な者だけが生き残る。


 そしてあたかもそれしか道はないように、即位してからの父上は軍事に力を入れ、戦うことでヴァルバレーの力を誇示していた。

 父上が即位したのは齢34歳、私は9歳の時だった。記憶の中ではその頃はいつもどこかに不穏な空気があり、恨みを買って父上だけでなく私の命が狙われることも少なくなかった。国内からも、国外からも。


 ただ、父上には熱狂的な人々からの人望もあった。強くあろうとする者に皆が憧れること、そういう対象には自分達の全てを託しても良いと思う人々が多いのだということに私は圧倒されながら、そしてどこか期待も持ちながら育った。

 今考えればそれ以外は()()()()()()()、それ以上力を伸ばせる環境すら与えられなかったのだから、父上の周りに父上を称える人しか残らないのは当たり前だったのだけれど。



 私も父上のようになれれば良かったのだと思う。

 だが、そうはなれなかった。



 父上は貴族の中でも美人だと言われた母上を娶った。父上は母上の美貌を愛し、母上自身のことも大切にはしていたけれど、母上と心を通わせる時間は取らなかった。その時間や、母上の存在すらも自らの存在を誇示するために使っていたのかもしれない。


 美人だからという理由で娶られた母上は、父上のそばでは笑っていなければいけなかった。強くない母上は、そうする他には生き残る術がなかった。何不自由ない環境の中でも悲しそうに笑う母上のことを、何も知らない幼い私は不思議に思っていたことを覚えている。



 そんな父上と母上の間に第一王子として生まれた私は、幸か不幸か母上似だった。

 幼少の頃はそんなことは気にもならず、父上に純粋な憧れを抱いてひたすらに鍛錬を積み重ねた。父上は強い。父上はすごい。父上の力になりたいとただ真っ直ぐに思っていた。


 しかし、身体がある程度出来上がるはずの10代半ばになっても、私は父上のような強さを手に入れられていなかった。


 ――鍛錬が足りないのかもしれない。もう少し時間が経てば父上と同じようになれるはずだ。

 数年そんな思いを抱いて必死に過ごしたが、時間は無情だった。



 私は気が付いてしまったのだ。

 私は、父上のようには強くなれないということに。



 そして父上に認められない者たちがどうなってきたのか。弱い者として切り捨てられるところを、私は何度も見てきていた。

 そのことは、いつか自分も父上に切り捨てられるのだと私に思わせた。絶望のようなものと父上への怒りのようなものがないまぜになった気持ちを、私は今でも忘れられずにいる。



 父上のようにはなれない。

 そう理解してからの私の中にはそれまで見えなかった、――いや、見ないようにしていた違和感が多く湧き上がるようになっていた。

 切られた()()者たちや悲しむ母上の姿を見て湧き上がるのは父上のやり方への疑問で、私は内心、()()父上に反発するようになっていた。


 自分の弱さからの負け惜しみもあったのかもしれない。けれど、力の強さだけがこの世界の全てではないと信じたかったのだと思う。


 そしてそれは、いつしか父上への嫌悪に変わっていた。私は父上のようにはなりたくないと思うようになっていた。

 父上と自分は違うのだと示すように敢えてふるまい始めたのは、父上への怒りをもった10代後半の頃からだったと思う。


 それから徐々に、もし自分が切り捨てられる時が来たら私も父上のことを切り捨てて、それがうまくいった暁には私が国王になろうと思うようになっていた。

 それが途方もない浅はかな思いつきだということは自分が1番よく分かっていたけれど、そう思わないと自らの行く先を見つけられないくらいに、私は父上への気持ちを持て余し続けていた。



 そう覚悟を決めてからは、父上が見向きもしなかった()()臣下達とも関りを持ち、私はそこで味方を手に入れていった。何年もかけて少しずつ私の人脈や人望もできてきて、私なりの理想の未来を思い描けるようになって来てもいた。


 そういう意味では、母上似の整った顔立ちは役立った。中性的で柔和な顔をしている私の姿は武力に振り切る父上のそれとはかけ離れていて、力が弱いとされた者たちも、私を信頼してくれていた。


 力の強さだけではない。それだけが生きる中で評価されるべき部分ではないと、私は今も心から思っている。



 私には幼い頃から決められた婚約者がいた。

 ロズリーヌという名前の、力のある公爵家の4つ年下の令嬢だった。ロズリーヌとは定期的に交流があり、特段仲が良かったわけではないが悪かったわけでもなく、時期が来たら婚姻関係を結ぶのだろうと漠然と考えていた。母上の二の舞にはしたくないと思っていたけれど、政略的な婚姻自体は必要なことだと互いに受け入れていると思っていた。


 私が20歳・ロズリーヌが16歳になる頃にはそろそろ結婚の頃合いだろうと私も周りも思っていた。けれど、その際にロズリーヌから「あと2年待ってほしい」と言われた。

 異例の申し出ではあったものの公爵家との関係性もあり、同時に父上も私も特段その2年を焦る必要性を感じていなかったため、ロズリーヌの嘆願通りにそれを了承した。


 しかし私が22歳・ロズリーヌが18歳の約束の時に、彼女は私との婚約破棄を申し出た。彼女が口にした理由は「他に愛する()()がいるから」だった。青天の霹靂だった。


 父上は怒った。強く激しい怒りだった。

 そんな理由が認められるわけがない、と。

 女性という()()()()()が共にいても何にもならぬことが分からないのか、と。


 しかし、私はロズリーヌの肩を持った。

 父上には届かないと知りながらも、男が女を守る、それだけが形ではないのではないかと父上に問いたかった。様々な人の関わりの形がある。愛の形がある。それで良いのではないかと私は思った。

 私とロズリーヌの間にはその愛すらなかったのだから、ロズリーヌの決断は私にとってはただただ眩しく、羨ましささえあるものだった。


 結局、ロズリーヌの父親である公爵家当主が私を味方に引き入れてロズリーヌのためにと立ち回り、最終的には腹の底では納得しないままの父上が折れた形になった。


 私の婚約は破棄。ロズリーヌはその彼女とともに暮らし始め、公爵の元で男に混じって働き始めた。そのロズリーヌは今や王城内の直属部には欠かせない存在となっていて、何かと言えば私を助けてくれている。婚約者という立場だったあの頃よりも、間違いなく互いを信頼している。


 その際にロズリーヌの家と私との繋がりも強くなり、婚姻を結ばずとも公爵家の力添えを得られるようになったことは私にとって大きな収穫だったと今でも思っている。


 そしてその悶着が収まり、早急に私の新しい婚約者を探す必要があるという段になった時に、西との戦争が始まった。


 私は22歳だった。今から、14年前のことだ。

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