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16 本質と柔らかさ

 ぼんやりと目を開けると、薄明かりが見えた。


 はっきりしない頭で今日は何日だっけと考えながら、でもこの明かりは太陽の明かりではないなと途中で気づく。まだ夜なのかな。そう思いながら上体を起こすと、そこは見慣れた自分の部屋ではなかった。ただ、全く見知らぬ部屋でもなかった。



「シエナ、目が覚めたかい」



 優しげな声が聞こえてそちらに顔を向けると、やはりというか、この部屋の主である陛下がそこにいらっしゃった。寛いだ格好でソファに座りながら、けれどどこか凛々しさもまとって何か資料を見ていた様子だった。


「……はい、……わたし、もしかして寝てしまって……」


 起き抜けの頭はまだ回らなかった。陛下の部屋で眠った記憶は全くないのになと不思議に思う。


「廊下で寝ていたから、運んでしまった」


 陛下はちょっと楽しそうな表情を浮かべていて、ただそれはなんとなく本心から滲み出るような雰囲気で優しげだった。


 陛下が、わたしを運んだ。

 言葉を繰り返し頭の中に浮かべてから、思い返してみる。わたしは陛下に呼ばれて、そして部屋の中にいない陛下の帰りを廊下の椅子で待っていて……。つまり、思いがけず廊下で眠ってしまったわたしを、陛下が自らの手でこの寝台まで運んだということ……?


 思い当たると一気に頭が覚醒した。それは非常にまずいと、少し血の気が引く。


「申し訳ございません」


 わたしは急いで寝台から降りて頭を下げた。陛下になんてことをさせているのだという謝罪と、眠ってしまった失態に対する謝罪だった。


 眠っている間でも少し触れられれば、普段のわたしなら目が覚めるはずなのにと心の中では焦っていた。ましてやここ最近は深い眠りにつきたくてもつけていなかったのに、どうして眠りにくいはずの椅子でなど熟睡できようか。時々出てくる自分の図太さには、毎度呆れてしまう。


 そういえば初めて登城した日の夜も、陛下に抱きしめられていたのにきちんと眠れてしまったのだ、わたしは。自分にため息がでそうになったけれど、陛下の御前だったためそれは控えた。


「いや、私がそうしたかっただけだから。むしろごめんね」


 そろりとわたしが頭をあげると、陛下は笑顔のままちょっとだけ眉を下げてわたしに謝った。その後に小さな声で「君を眺めているのも悪くないかと思って」とつぶやかれたのが聞こえたけれど、その言葉はなんだか聞いてはいけないものに思えて、わたしは小さく固まった。


 わたしのその様子に気づかなかったのか、気づいても関係ないと思って続けようとしたのか、陛下はさらにわたしに話しかける。


「今日は君の時間が欲しかったんだ、……私の話を聞いて欲しくて」


 そう言って、陛下はソファから立ち上がった。ただ、こちらに来るわけでもなくその場で立ったままわたしを窺う。


「そちらに行っても?」


 陛下のただ優しげな雰囲気に、固まったままのわたしは「ご随意に」と頷くことが精一杯だった。陛下は律儀にわたしのその返答を聞いてから近づいてきて、わたしより先にベッドに腰掛けた。その隣をぽんぽんと手で示して、「座って」とわたしに促す。


 わたしはなんとなく、できる限り気配を消したままでいたいような気持ちになって、陛下が示したところよりも距離をとった所に静かに座った。それでも陛下との距離は30センチ程度で、本来であれば有り得ないほど近い。

 恐れ多くも身体に触れることも最近はわりと頻繁にあるため、この辺りの感覚はだいぶ麻痺してきていたなとわたしは姿勢を正した。


 陛下もわたしもお互いに壁側を向いて寝台の淵に腰掛けたため、珍しく横並びの位置だった。この位置だと視線は合わないため少し緊張感は薄まるけれど、なぜか陛下の存在感はものすごく伝わってきて、やや圧倒されそうになる。今までこんなこと思わなかったのになと不思議に思った。


 陛下はなんだか優しげな雰囲気だったけれど、どこか緊張感を持っているようにも感じられたからかもしれない。ただ、その緊張感は単純なそれで、わたしが見誤ってなければ裏に()()()がある訳ではなさそうに思えた。


「……前にお願いした時は首をかしげられてしまったけど、今日は聞いてくれるのかい」


 陛下は笑いながらそう言って、わたしをちらりと見た。わたしもつられてその顔を見てしまって、視線が絡む。笑っていたけど、やはり陛下は真剣な様子だった。

 聞いて欲しいと先日も言われたことを思い出す。それを今、わたしに話したいということなのだろう。


「それは……。わたくしなどが聞いても良いものなのかと思っているのですが……」


 前回言われた時にも思ったことをそのまま歯切れ悪く伝えると、陛下は「そうだね」と少し考えるそぶりを見せた。

 そして、壁へと視線を戻してから口を開いた。



「君以外には多分、生涯言わないかな」



 言われた言葉は、むしろ衝撃的なものだった。


 何の話をされるのだろうとか、どうしてとか、国王陛下が一介のわたしのような者に対してそんなことをおっしゃってはいけないのではないかとか、色々な考えが浮かんだ。そして同時に、わたしは試されているような気持ちになった。何をなのかははっきりとしないけれど、陛下に応えられるかを、試されている。


 多分、わたしは表情を取り繕えていなかったと思う。正直に言えばとても困惑していた。出来ることならこの間のように、曖昧に濁して話を聞かずに部屋を立ち去りたかった。

 けれど、陛下の真剣さはわたしが首を横に振れるような重さではなかった。


「……わたくしなどでよろしければ」


 そう返事をする他なく、わたしはそう口にした。少し怖いような気がして陛下の方を向くことができず、わたしも壁に向かっての返事になってしまった。この位置なら視線を逸らさずとも、ただ前を見ていれば陛下は視界には入ってこない。ただ、変わらず隣から圧倒的な存在感は感じるけれど。


 そしてそこまで考えて、陛下に寝台に来させるのではなくてむしろわたしがあちらのソファへと移動するべきだったのではないかと現実的なことを思ったけれど、もう後の祭りだった。おそらく陛下は全く気にも留めていないようなことだろう。


 陛下はわたしの戸惑った雰囲気をおそらく感じ取っていて、「まあ、そうだよね」と独りごちていた。少し沈黙が部屋に落ちて、ここからは陛下にお任せしようとちょっとは腹を括る。わたしは陛下の次の言葉を待った。


 そして、陛下は「ちょっと長くなるかもしれない」と言いながら近くにあったブランケットを手に取って、それをそっとわたしの膝にかける。


「あまり楽しい話にはならないけど、ごめんね」


 そう言って、陛下は壁に向かって滔々(とうとう)と、独白のように話し始めた。

 わたしはそっと陛下の横顔を窺いながら、それを聞くことにした。

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