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13 鋭さと異変

「タタレドでは、子どもに対しての戦闘訓練が教育として行われているようです。そこで基礎を学ぶため国民全体の戦闘力は一定の水準にあり、女性でも大人になってから武術を続けている人も多いとの報告が上がっております」


 ウームウェル補佐官が間諜からの情報を報告しているのは、本日開かれている第4回会議の場のことである。


 今日の会議では、実際に戦争になった際にどのような作戦が考えられるかということが軍部から提示されていた。武器や武術に詳しくないわたしは全く意見を出すことができなかったけれど、なんとか理解だけでもしなくてはと食らいついている。


 後々の責任問題になるという点から、どの作戦にしろこちらから仕掛けるわけにはいかない。あくまでタタレドがこちらに攻め入ったということにする必要がある。しかし同時に、戦いの主導権は握りたい、という話がされていた。


 今はその途中で、間諜からの情報を直属部からの報告としてウームウェル補佐官が読み上げているところだった。


「タタレドは攻撃的であるという印象から野蛮だとか後進国だと思われている面が強いですが、実際には独自色が強いだけで文化もある程度発展しているようです。中でも武器や訓練については、我が国では見受けないようなものもあると」


 第1回会議でのわたしの指摘が間違いではなかったという、裏付けになるような話だった。タタレドの国民は想定していたよりも武力に長けているようだし、戦いとなれば文字通り国民総力戦という可能性も出てきた。


 それを聞いたグランデ将軍は、低く唸った。


「本当に、意外とやっかいな相手かもしれませんな」


 その言葉を受けて、会議室の空気が一段と締まったように思えた。


 火器をどの程度用意できるか、歩兵は、騎馬隊は、とせわしない議論が続いた。じわりじわりと戦争へ向かっているような雰囲気がまとわりつく。

 必死に理解しようとしたけれど、わたしにはそもそも戦いの想像ができなかった。もちろんわたしは戦場に立った経験がない。


 兄上は戦場で死んだけれど、まだ子どもだったわたしには詳しいことは知らされなかった。痛かっただろうか、なんて、なんだかその場にそぐわないような感傷的なことをふと思った。

 けれどすぐに、追いていかれてはいけないと頭を切り替える。



 間諜からの情報も踏まえた上で持ち込まれた戦略の検討が一通りされた後、結論としてはまとまらなかったものの「火器を今からでもできる限り手配しておく必要がある」ということは全会一致したようだった。財務部が予算を検討し、外務部が協力を仰げる同盟国があるかを確認することになって、今日の会議はこのあたりで終了だろうと分かる。


 その雰囲気通り、今日もじっと会議の内容を聞いていた陛下は最後に口を開く。

 ただ、わたしは何か違和感を覚えて陛下の顔をそっと見つめた。その視線が、いつもより鋭いような気がした。


「各部早急に検討に上がったことの確認を。次回の会議は3日後。その前にそれぞれ進捗を報告するように」


 陛下はそのままの目で、どことも言えない場所に視点を固定したまま続ける。


「今日は終了、解散」


 その言葉で、ザッと出席者は一斉に立ち上がって陛下に礼をする。すると陛下がまた音もなく退室する。いつもの流れだった。


 いつもの流れだったけれど、わたしはやはり違和感を感じていた。陛下が扉を出て、他の出席者も早々と退出し始める中、わたしはその場に立ったままその違和感の元を探っていた。



 なんだ、わたしは何を感じたんだ。



 目に見える違いは視線の鋭さぐらいだったように思う。それが何故こんなに気になるのかと思った。

 視線。固定されたその、目。


 そして思いつく。そうだ、いつもの会議の時の人間味のない陛下ではなかったからだ。今日は感情が見え隠れする目をしていたのだ。


 ふと、陛下が囚われていたあの夜を思い出す。そうすると無意識に、会議の内容でいっぱいだったわたしの頭が陛下のことで占められた。


 どうされたのだろうか。国王陛下である彼は、少なくともわたしの知る限り()()()()で感情的な部分を微塵も滲ませたことがなかった。先ほどのあの視線は、そんな人の中から何かが漏れ出ていたということではないだろうか。

 わたしの心は何故か粟立つ。はっきりと理由はわからなかかった。その瞬間は、それを考える隙間もわたしの頭にはなかった。


 退出しようとしていたウームウェル補佐官に、わたしは思わず駆け寄った。名前を呼ばれたウームウェル補佐官は立ち止まってくれる。


「あの、陛下は、今日はどこかご様子が違ったような、」


 なんだかわたしは焦っていた。うまく言葉にならなかったけれど、ウームウェル補佐官には伝わるような気がした。

 わたしの言葉を聞くと、ウームウェル補佐官は目を丸くした。普段はあまり表情が動かない人だと思っていたので、それも珍しいなと思った。



「……そう感じられましたか」



 少し沈黙してから、ウームウェル補佐官はそう言った。どこがと聞かれたら答えられないけれど、わたしは頷いた。するとウームウェル補佐官は腕を組んで何かを考えるような仕草をしてから、「そうですか」と続ける。


「陛下があなたを気に入っている理由が、分かる気がします」


 陛下に気に入られているかは定かではない、とその言葉に対しては思ったけれど、続きがありそうだったのでそのまま口を開かずに待つ。


「……陛下の、そばにいていただけませんか」


 ウームウェル補佐官はわたしの瞳をじっと見た。「これは命令ではありませんが」と付け加える。聞いたことのある言い回しに、そうか、この間のこともやはりウームウェル補佐官からのお願いだったのだろうと理解する。


 ただ、なんと返答をすれば良いのかと、わたしはすぐには回答できなかった。


「……わたしのような者がそばにいても、陛下のお加減は良くならないのではないかと」


 それは正直な気持ちだった。必要なのが医療なのか、休息なのか、それとも他の何かなのかは分からなかったけれど、わたしではないことは間違いないような気がした。

 けれど、ウームウェル補佐官は間髪入れずに「いえ」と静かにそれを否定した。


「必要なのは、あなただと思います」


 どうしてとか、どうすれば良いのかとか、色々な疑問は浮かんだけれど、ウームウェル補佐官は真剣な様子だった。そして同時に、わたしの中にも陛下のことが無性に気になっている自分がいることを認めざるを得なかった。全く恐れ多い話だと自分でも気づいて震える。


「今夜また、陛下の寝室へご案内しても?」


 断固拒否という態度ではないわたしの様子を察してか、ウームウェル補佐官はそう言った。お願いというよりも、確認という雰囲気だった。


 わたしは戸惑った。けれど、気になる気持ちの方が強かった。


「……お願いします」


 自分の判断が正しかったのか、そうでなかったのかは分からなかった。

 その日はただただウームウェル補佐官との約束の時間になるまで仕事が手につかず、どこか地に足が着いていないような気持ちで過ごすことになったのだった。

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