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出戻り娘は国王陛下に召し上げられる


「もう来ていたか、待たせてすまないね」


 当然であるとでも言うようにかけられたその優しげな声に、わたしは困惑していた。

 困惑しながらも礼を取らねばならないと、反射的に腰を折って頭を低くする。


 わたしはどうしてここに呼ばれたのか、わたしがここで何をすべきか、想定とは異なる状況に陥っていて、頭が追いついていない。

 落ち着かないまま、しかし落ち着かないといけないと思って、思わず頭の中でここに来るまでの経緯を確認してしまう。



 辺境伯の娘であるわたしは今日の昼間に初めて中央の王城へと上がり、「トラッドソン家伝令役」を申し付かって、今後正式に王城での任に着くこととなった。


 実はわたしは2年ほど前に辺境の成金商人との離婚歴があり、それからは当たり前のように貰い手もなく独身である。このあたりの個人的な話はまた後々することにするけれど、離婚後はトラッドソン家に出戻ってこまごまと家の仕事を手伝っていた。


 最近のトラッドソン領周辺は国境を超えた国との緊張が高まっている最中(さなか)で、情勢は穏やかとは言えなくなってきていた。そのため、辺境と中央とを結ぶ人材が求められ、わたしが王城へ招かれたという経緯だった。


 任命された直後、初めて謁見を許され()()()からその場で「夜に時間をくれないか」と言われた。その通りにわたしは夜になってから、その方を訪ねた。わたしの訪問は間違いなく予定されていたようで、侍従はためらわずにわたしを案内してくれた。侍従は無言でしばらく歩き、わたしはその後をついて歩いた。


 王城の中でも奥まったところまで来たため、なにか秘密裏に重要な話でもするのだろうというわたしの事前の推測は、より確信度を増していた。


 これから話すその方は確か36歳と聞いていたけれど、昼間に初めてお会いした際の見た目はそれよりもかなり若く、軍のトップでもあるはずなのに線の細い綺麗な人で少し驚いた。もちろんそれは心の内に留めたけれど。



 侍従はある部屋の前で歩みを止め、その部屋の丁寧な作りの扉を開いた。中にはまだ誰もいないことが分かって張りつめた気持ちが少し緩んだものの、足を踏み入れるとすぐにそこは柔らかな光しか灯していない空間だと分かり、また緊張がすぐに戻る。


 わたしはぎょっとして侍従を振り返ったけれど、その人はわたしの反応を意に介すことなく「こちらでお待ちください」と言って、その扉をすぐに外側から閉めてしまった。

 鍵は掛けられていないようだったけれど、この場所では下手に動けない。


 何が起きたのか、何かの手違いではないかと考えながら、わたしの推測が外れたようだと言うことだけは理解できた。



 そのまましばらく困惑しながら部屋に立ち尽くしているところへ、その方がやってきたのだった。

 その第一声が先程の「もう来ていたか、待たせてすまないね」だ。その反応を見るに、どうやらわたしがここに来たことに手違いはないようだった。


 どうしてこんな事態になっているのだと自問したけれど、答えは出ない。

 そんなわたしの心の内など全く知らないように、「ここではそんなふうにしないでくれ」と言って頭を下げているわたしの顔を上げさせてから、その方は言葉を続けた。



「シエナと呼んでも?」


 すぐに返事をしないわたしに、目の前にいるこの方は――このヴァルバレーの国王陛下その人は――2歩くらい進んでわたしに近づく。


「は、はい。ご随意に」


 じりと滲み寄られたことに気づいてとりあえず聞かれたことに答える。ファーストネームを呼ばれること自体は、誰に対してもどうぞと言える。言えるけれど、この方が女性のことをそれで呼ぶのはなにか意味が異なってくるのではないかと思った。冷や汗が背中を流れる感覚がする。


 こんな夜も深まった時間に、陛下の寝室でのやりとりであるとしたら尚更である。



「適当に寛いでいてくれて構わなかったが、立っていたのかい」


 陛下はソファの方に視線を向けながらそう言った。そんなことができるわけがないとわたしは更に困惑する。陛下はそんなわたしをみて「うーん」とゆったり顎に手を当てる。


「昼間会った時、君の()()()()をくれって言ったつもりだったんだけど、その反応ってことはあんまり伝わってなかったかな」


 思い返せば確かにそうは言われていたけれど、なにかの食い違いがあったようだとしか思えなかった。少なくともわたしの思っていた時間とは違う。打ち合わせや秘密裏な政治的な話しをする場でないとすれば、何か。

 『夜に寝室でふたり』という状況からは思いあたらないこともなくはないけれど。27歳と特別若くはない、しかもバツイチのわたしにはそんな需要があるとは思えなかった。

 答えないわたしを気にせずに陛下は続ける。

 


「まあ、嫌なら今から帰ってくれても構わない。無理にとは言わない」


 表情を変えずに淡々と言ってのける陛下は本当にわたしの()()()()を求めているのだと、ここまで言われればわたしでも分かった。



 今日初めて登城した『シエナ・トラッドソン辺境伯令嬢:トラッドソン家伝令役』としては、拒否はできない。ここで断れば家にも影響が及ぶかもしれないことは想像に容易い。


 そう思って、「いえ、それは」とわたしが口ごもるように言うと、陛下はにこりと端正な顔で笑いながら更にわたしへ近づく。そして、触れられる距離まで近づけば、陛下は迷わずわたしの手首をキュッと掴んで、そのまま陛下自身の方へと引き寄せる。私はなされるがまま、あろうことか陛下の胸に抱き寄せられたのだった。勢いづいたわたしの身体を受け止めても、陛下はびくともしなかった。



「こうするだけだから」


 陛下はわたしの耳元でそう言って両腕でわたしを抱きしめた。わたしは、なにもしなかった。陛下はしばらくそのままでいたけれど、一度腕が離れたかと思えば、また手首を掴まれる。先程よりも強い力だった。陛下はその力のまま、わたしを広い寝台へと連れていったのだった。



 ただ、()()()()()()()()()なのだと覚悟を決めたわたしの気持ちは、結局は肩透かしを食らうことになった。


 何故かといえば陛下がその晩したことは、本当にただただわたしを抱きしめて眠ることだけだったからである。




前作の『はりぼての跡取り娘』に出てくる国王陛下クロードのお話です。

前作未読でも全く問題はありませんので、お楽しみいただけたらと思います。

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