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笑顔


 レンが屋敷に来て数日が経つが、相変わらず瑠璃はレンの事が気になって仕方ない様子。


(どうやったらあの無表情を崩せるのよ。驚いた顔でも笑った顔でも良いから表情を見てみたい)


「レン、ちょっと」

「はいお嬢様」

「笑ってみなさい」

「畏まりました」


 ニコッ!とまではいかないが、やや口角が上がり見様によっては笑顔と言えなくもない表情。


「違う!そんな作り笑顔じゃなくて、貴方の自然な笑顔が見たいのよ!」

「申し訳御座いません」

「もういいわ。下がりなさい」

「畏まりました」


(はぁ…やっぱり命令で作らせた笑顔じゃ駄目ね。確かに綺麗だけど、感情が伴ってないから貼り付けたみたいな違和感がある)


 レンと入れ替わりで入ってきたメイドにふと聞いてみる事にした。


「ねぇ、レンの笑顔って見た事ある?」

「はい。まだ数日しか居ないので1・2回だけですが」

「えっ、見たの⁉︎いつ⁉︎どこで⁉︎」

「お嬢様と居る時にです」

「…?それはおかしいわよ。私は一度も見た事無いんだから」

「ふふ、そうですね」

「もう!何なのよ!皆ばっかり狡いじゃない!」

「そう怒らないで下さい。大丈夫ですよ、レンはお嬢様至上主義ですから」

「なにそれ。確かに忠実だけど、いつも無表情だしつまらなそうよ」

「いいえ。一流の執事とは『如何なる状況でも完璧である』ものです。レンはお嬢様には決して表情を緩めません。表情の緩みは気の緩みですから」


 つまり、レンが完璧を追い求める限り笑顔のレンを見る事は叶わないという事になる。

 たとえ主人の望みであっても、緩んだ部分を見せる事は自分が許さないのだろう。


「それじゃあ、一生レンの表情は見られないって言うの?」

「どうでしょう。レンの気を緩める事が出来たら、緩んでも良いんだと思わせる事が出来たら、見られるかもしれませんね」

「っ⁉︎それだわ!大至急料理長にケーキを用意させて」

「承知しました」


 暫くして瑠璃の部屋に苺のショートケーキを持ったレンが現れた。

 どうやら運搬役に選ばれたらしい。


「失礼致します。料理長よりケーキを預かって参りました」

「丁度良かったわ。貴方も呼ぼうと思ってたの。ここに来て一緒に食べなさい」

「私の事などお気になさらず」

「良いから!座りなさい、命令よ」

「畏まりました」

「さぁ、遠慮なく食べて」

「お嬢様より先に頂く無礼をお許し下さい」


 一口食べたレンを凝視するが、特に表情に動きは無い。

 ひたすら咀嚼を繰り返す機械のようだ。


「どうかしら。美味しい?」

「はい。甘さが控えめではありますが果物の甘さを感じる事が出来、非常に美味で御座います」

「そ、そう…」


(これじゃ駄目みたいね。次の作戦を考えないと)


「ですが…」

「え?」

「お嬢様は苺より桃がお好きです。生クリームも甘さを控えるのでは無く桃の果汁を加えたクリームにすれば、よりお嬢様のお口に合うかと存じます」

「あ…そ、そうね…確かに、その方が私は好きかもしれないわ」


 まさか自分の好みを知られているとは思わず、また飽く迄自分(お嬢様)中心であるレンの考え方に、瑠璃の表情が緩んでしまう。

 レンの表情を緩めるつもりがまさかの不意打ちである。


(なら、次の作戦は『物で釣る』よ!)


「ねぇレン、何か欲しい物は無い?」

「そのような欲は烏滸がましいと弁えております」

「むぅ…弁えずに考えなさい」


「……………」


「はぁ…どれだけ無欲なの?そんなに欲しい物って思いつかない?貴方くらいの男子は欲で溢れてるわよ」


 ※お嬢様の偏見です。


「貴方、最後に自分の為にお金を使ったのはいつ?」

「…数年前、執事について勉強する為に本を購入致しました」

「……え、それだけ⁉︎そもそも勉強の本って…貴方って本当につまらないわね!支度しなさい、出掛けるわよ!」

「畏まりました」


 自分用に与えられた部屋に戻り最低限の荷物を持って瑠璃の下へ。

 メイドの一人がスーツに着替えており、外でリムジンを用意していた。


「何してるの、貴方も私と後ろに乗りなさい」

「畏まりました」


 瑠璃を上座に座らせ、自分は隅の方で待機といった様子のレンに、再び瑠璃のフラストレーションが溜まる。


「レン、今から屋敷に帰るまで貴方は私の恋人役って設定よ。そんな端っこに座ってないでこっちに来て私に恋人らしく構いなさい」

「畏まりました」


 普段通りの返事をし、瑠璃の横に座る。

 どうせガチガチの奉仕系敬語彼氏になるのだろうと、半ば諦めていた瑠璃の肩をそっと引き寄せて、自分の太腿の上に瑠璃の頭を乗せた。

 所謂、膝枕である。


「……ふぇ⁉︎」

「最近寝不足気味で御座います。どうぞ到着までの間、私の体をお使い下さい」

「はわ…な、なん…ふぇぇ」


 最早言葉すらまともに喋れず真っ赤に染まる瑠璃。

 恋人らしくとは、言葉では無く行動であった。

 そして恋人らしく精一杯の微笑みを浮かべたレンを見て、瑠璃は遂に爆発してしまった。


(は、ははじ…初めてレンの微笑み見ちゃった…可愛くて儚くて綺麗で…反則よ…!)


 顔から湯気が出そうな程に紅潮した瑠璃、そしてそのタイミングで運転席との間を隔てていたガラスが下りてきた。


「レン、お嬢様はもしかしたら熱があるかもしれないわ。手を当てて検温してみて」

「分かりました」


 言われた通り瑠璃の額にレンの小さな手が置かれ、更に赤みを増していく。

 しかしレンの手はやや冷たく、熱を正確に感じ取る事が出来なかった。


「手だけじゃ不安ね。貴方の額とくっつけてみなさい」

「はい」

「ちょ⁉︎」


 ゆっくりとレンの顔が近付き、額が触れ合う。

 目の前に目を閉じたレンの顔。

 瑠璃の緊張と紅潮は最早限界に達していた。


「だ、だだ大丈夫だから!熱なんて無いわ!だから、早く離れなさい!」

「申し訳御座いません」

「あ、いや…怒ってるとか、嫌だったわけじゃなくて…き、緊張するのよ。男の人とこんな至近距離で触れ合った事なんてなかったから」

「…………」

「レン?どうしたの?」

「いえ、何でも御座いません。では引き続き、お休み下さい」


 微妙な間を作ったレンだが、それ以降は無表情に戻り、優しく瑠璃の頭を撫でる。

 その手付きに次第に眠くなった瑠璃は、静かに眠りに落ちていった。




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