着替え
普段身の回りのお世話係としてメイドが数人いるが、執事がやってきて専属ともなれば、今までのような生活とは変わってくることがある。
まずは起床時。
「お嬢様、お早う御座います」
「…ん…誰?」
「レンで御座います。モーニングティの支度が整っております」
「…まだ…寝る」
「畏まりました。お傍におりますので何なりとお申し付け下さい」
「…んぅ…手…」
「どうぞ。私の手で御座います」
寝惚けながらレンの手をキュッと握り、再び眠り始めた瑠璃。
レンはというと、手を差し出したまま、片膝をついて待機していた。
いつ起きるかも分からない主人の為に、決して楽では無い姿勢をとり続ける忠誠心は流石と言えるだろう。
そして30分程経過した頃。
「…ふぁ…今日はいつもより長く寝れ…た…わね」
「お早う御座いますお嬢様。モーニングティの支度が整っております」
「…え?…あ、あんた…いつからそこに…というか、手…」
「30分程前からおりました。手はお嬢様がご所望でしたので」
「な、なな…何でメイドじゃないのよ!主人の寝顔を異性のあんたが見るなんて!」
「申し訳御座いません。旦那様より可能な限り全てのお世話をと仰せつかっておりますので」
「だからってこんな近くで…寝顔をじっと見るなんて…」
「お望みとあらばどのような処罰も受けます」
「いやそこまでは…いえ、そうね。折角だから主人らしく罰を与えるわ」
「如何様にも」
「私の今日の服をコーディネートしなさい。貴方のセンスのテストね」
「畏まりました。お待ち頂く間、こちらをどうぞ」
しっかりと温め直したモーニングティをテーブルに用意し、部屋を出て行くレン。
僅か5分で戻り、その手には瑠璃の服が丁寧に乗せられていた。
下着も含めて…
「……え…ちょっと、何持ってきてるのよ⁉︎」
「お嬢様のお着替えで御座います」
「何で下着まで持ってるのか聞いてるの!」
「肌着は就寝時用と活動時用で替えるべきです。お嬢様の肌は白く美しいので、肌着の色はピンクとさせて頂いております」
「そんな事聞いてない!男のあんたが私の下着を触るなんて何考えてるの⁉︎この変態!」
「ご安心下さい。主人や主人の所有物に対して邪な気持ちを抱くなどという無礼は働きません」
「だからっ…はぁ、もういいわ…あんたを男とか女とかの括りで捉えちゃダメって事がよく分かったから。まさかそのまま着替えもするなんて言わないわよね?」
「お嬢様がお望みとあらば」
相変わらずの無表情で何を考えているか分からないレンだが、普通の男とは大分ズレている事だけは分かった。
故に瑠璃は、どこまで無表情で淡々とした態度を保てるか意地悪したくなり…
「ふん。ならお願いするわ。下着までちゃんと替えてね」
「畏まりました」
「え?」
『まさか本当に着替えさせろと言われるなんて』と慌てるレンが見たかったのに、『まさか本当に着替えさせるなんて』と自分が慌てる事態に陥ってしまった。
だが既にレンは服を一旦置き、瑠璃の服を脱がす為に近付いてきている。
「あの、ちょっと…本気?」
「本気とはどのような意味でしょうか」
「今から私を裸にして、下着まで全部着させるのかって意味」
「勿論です。お嬢様が望まれた事は可能な限り実行するのが私の役目ですので」
「で、でも…」
「ご心配無く。お嬢様の美しい肢体を正面から拝見するなど恐れ多い事は致しません。背中から失礼致します」
「あ、あの…やっぱり…」
戸惑っている間にレンによって寝間着が脱がされ、下着とキャミソールだけの格好となってしまった。
「〜〜ッ‼︎」
既に湯気が出そうな程真っ赤な顔になっているが、レンからは表情が見えない為、そのまま続けられる。
丁寧に肌着を脱がされていき、遂に一糸纏わぬ姿に。
「ご、ごめんなさい…調子に乗ったわ。謝るからもう終わりに…」
「何を仰います。お嬢様が私に謝罪する事など御座いません。ですが終わりと仰るのであれば、お体が冷える前に此方をお使い下さい」
背中から優しく掛けられたのは、男にしては小さなサイズの上着。
レンの燕尾服であった。
(あ…良い匂い。レンの匂いって、百合の花みたいな匂いなのね)
「あ、ありがとう。すぐメイドを呼ぶから、後ろを向いててくれる?」
「仰せのままに」
部屋の前で待機してきたメイドが二人入室し、瑠璃とレンの状況を見て顔をニヤけさせる。
(くぅ…私が返り討ちに遭ったのを察して笑うなんて…こうなったら別の罰をレンに与えないと…)
「さぁレン、貴方は外に出てお嬢様の為に紅茶を淹れ直して」
「待って。レン、貴方に別の罰を与えるわ」
「仰せのままに」
「貴方の服を私が着てるとは言え、その格好のままなんてダメよね。レンは身長も小さいんだから、メイド服でも着てなさい」
「畏まりました」
(こ、これでも動揺しないの⁉︎どれだけ図太い神経してるのよ!)
レンが部屋を出て10分後、瑠璃の着替えも終わりメイド達が出て行く。
それと入れ替わるように、メイド服を着たレンが部屋へと戻ってきた。
(っ⁉︎か、可愛い!女顔だとは思ってたけど、ここまで似合うものなの⁉︎メイド服を着てるはずなのに、何処かのお嬢様みたい…)
「ふ、ふん。まぁまぁ似合うじゃない」
「お褒め頂き有り難う御座います」
「もっとよく見たいから近くに来なさい」
「畏まりました」
目の前に来たレンを改めて観察する。
長い睫毛にクールな目、無表情も相俟って、まるで芸術とも呼べる美しいメイドがそこにいた。
「貴方、お化粧は?」
「薄いナチュラルメイクをしております」
「そこまで徹底してるのね。流石だわ」
「ご満足頂けたでしょうか」
「えぇ、とっても。それにしても華奢な体つきね。腕も手も足まで細いじゃない。あら、肌も柔らかいわ。本当に女の子みたい」
「お嬢様は男らしい方が苦手だと旦那様より聞き及んでおります。故に私を雇って頂けたと」
「そうね。その点では貴方は満点よ。ただ少し男女の距離感が分かっていないようだから、今後教育してあげるわ」
「私などに機会を与えて下さること、恐悦至極に存じます」
「…相変わらず固い。まずはそこからね」