専属執事
日本有数の財閥の一人娘。
一之瀬 瑠璃、16歳。
ライトブラウンの長髪は手入れが完璧で艶があり、160cmとそこまで高身長では無いがスタイルが良く気品がある。
そして切れ長な目はお嬢様然とした凛々しさも感じさせ、可愛らしさの中に確かな威厳も存在していた。
広大な敷地に建つ豪華な屋敷で、多数のメイド達に世話をされながら暮らす瑠璃。
午後のゆったりとした時間を満喫している彼女の下へ、滅多に帰らない父が訪れた。
隣に美麗な執事を従えて…
「瑠璃、ただいま。誕生日当日に帰れなくてごめんな」
「おかえりなさい。気にしないで、忙しいのは良い事だから」
「うっ…良い子に育って…お父さんは嬉しい!それと、遅くなったけど誕生日プレゼントがあるんだ」
「誕生日プレゼント?」
「そう。今日から瑠璃の専属執事となるレンだ」
それまで横で静かに佇んでいた執事が一歩前へ出て、優雅に一礼する。
枝毛一つ無い綺麗な黒髪は肩で切り揃えられ、やや長い前髪から黒い瞳が覗く。
「初めまして瑠璃お嬢様。本日よりお嬢様の身の回りのお世話をさせて頂きます、レンと申します」
「…レン、だけ?性は?」
「無いよ。ここでは只のレンだ」
「どんな字を書くの?」
「それも教えられない。レンとだけ認識してくれれば良い」
「なによそれ。そんな人を傍に置くなんて不安だわ」
「そう言わないでくれ。レンは優秀だ。きっと瑠璃も気に入るよ」
「…確かに顔は綺麗ね。女の子みたいと言ったら嫌かもしれないけど、中性的だわ。身長も155cmくらい?男にしてはかなり小さいけど、大きくて威圧感がある人よりは良いかもしれないし、声も高めで話しやすそう」
「そうだろう?瑠璃の好みかと思ったんだが、どうだい?」
「…見た目は良いわね。それ以外が怪し過ぎるのが問題だけど」
「僕が瑠璃の為に厳選した執事だ。本当に怪しい人なら愛娘を任せたりしないよ」
父親の言葉に心が揺らぐ。
だが相変わらずその隣で無表情なレンを見て、本当に大丈夫なのかと不安が残る。
「じゃあこうしよう。一ヶ月様子を見て、瑠璃が気に入らなければレンは解雇にする。どうかな?」
「…分かったわ。一ヶ月の試用期間ということで傍に置くことにする。少しでも不快な事をしたら解雇するから」
「ありがとう瑠璃。レン、瑠璃のことを頼んだよ」
「畏まりました、旦那様」
こうしてレンの試用期間が始まった。
忙しい父はすぐに仕事に戻ってしまい、何とも言えない気まずさを感じる。
というのは瑠璃だけで、レンは変わらず無表情に何やら支度をしていた。
(何だか変な事になったわね。誕生日プレゼントなら物とかで良いのに、何で使用人なのかしら。…ん、普段こんなに会話しないから、喉が渇いたわ。早速レンにーー)
「お嬢様、こちらをどうぞ」
「……え?」
瑠璃の前に紅茶が置かれ、しっとりしたマドレーヌもお茶請けとして添えられていた。
「なんで…」
「喉が渇いていらっしゃるかと思い、勝手ながらご用意致しました。紅茶にはミルク、砂糖、レモンのどちらがよろしいですか?」
「あ、じゃあ…ミルクで」
「承知致しました」
優しい手付きでミルクを注ぎ、ゆっくりと混ぜる。
その綺麗な指先に思わず見惚れてしまいそうになった。
「随分と手入れが細かいのね。女性みたいな指先だわ」
「お嬢様がご覧になるものですので、お目汚しにならないよう気を付けております」
「そう。その心掛けは立派ね」
「お褒め頂きありがとうございます」
(…固い!ここにいる使用人達は私しか主人がいないから皆結構フレンドリーなのに…口調も雰囲気もガチガチすぎてこっちまで気が張るわ)
「ねぇ、その口調何とかならない?」
「口調とは、どの部分がご不満でしょうか」
「それよそれ!固すぎ!ここにいるメイド達を見習いなさい!」
丁度その時、部屋に一人のメイドが入ってきた。
「お嬢様、そろそろお風呂が沸きますがどうしますか?」
「もう少ししたら入るわ。支度しておいて」
「ではそのように」
「…ね?あんな感じよ」
「何ですか今の失礼な態度は。少々教育が必要ですね」
「え⁉︎ちょ、待ちなさい!私は今のが良いの!」
「…正気ですかお嬢様。あのような態度、お嬢様を馬鹿にしております。私が主人に対する礼節というものをーー」
「あんたの正気か発言の方が余程馬鹿にしてるわよ!良いって言ってるでしょ。主人命令よ、もっと砕けた話し方をしなさい!それが出来るまで発言禁止!」
「…………」
「嘘でしょ?」
「お嬢様…お嬢、さん…紅茶のおかわりは如何でしょ…如何ですか?」
「クッ…ふふ…そんな変な話し方になるなら無理しなくて良いわ。本当に固いわね貴方」
「申し訳御座いません。善処致します」
「既にガチガチに固いけど、まぁ良いわ。取り敢えず一ヶ月間使ってあげるからよろしく」
「はい。宜しくお願い致します」
こうして謎の執事を雇う事になり、新しい生活が始まった。