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辞書
隣の席の磯貝君が唸っている。この前あった講演会の感想文が書けていないので居残りしているのだ。不規則に漏れる唸りが妙に気に障る。ワークが進まないので、ちょっと静かにしてくれない?、と気持ち優しめに言うと、磯貝君は、はっとして謝った。
そんなに感想文書くの悩むの、と聞くと、磯貝君は感想がないと言った。感想なんて何々がすごいと思っただとか、良かっただとか、それと考察ぐらい書いておけば自然と埋まるものだと思っていたが、そもそも何も思わないのだとかいう。感情ぐらいあるだろうと思うけど。なんか探してみたら?と言うと、磯貝君はまた同じように唸った。それからは静かだった。
次の日、磯貝君は机の上に辞書を置いていた。感情類語辞典。行動が早いな。ページをめくりながら時折、これが、と声が聞こえてくる。学習機能が作用しだしたアンドロイドみたいなことを言うな。感想文は無事に終わったらしい。この調子で感情を知覚していってほしい。