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この行く道は明るい道  作者: ナハァト
第三章 ラメゼリア王国編
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別章 詩夕たちは慣れている

 樹、天乃、咲穂が偵察部隊を圧倒したからといっても、シャインとグロリアによる鍛錬が休まる訳ではない。

 詩夕、常水、刀璃、水連も、更なるやる気を滾らせて、鍛錬に挑む。


 シャインにとっては、将来の義息子予定である樹には、一際厳しい鍛錬が施されたが、音を上げなかったのは大人としてのプライドり故にか。

 また、この鍛錬には時折だがDDや他の竜たちも加わるようになっていき、詩夕たちは更なる成長を遂げていく。


 そんな詩夕たちの様子を、王城の一室のバルコニーから見ている者たちが居た。

 数は男性が二人。


 一人は、四十代ほどの恰幅の良い男性。

 一人は、三十代ほどの細身の男性。


 どちらも仕立ての良い服を身に纏い、近くに執事が控えている事から、その立場が貴族であるというのが窺い知れる。

 ただ、四十代ほどの男性の方が、より高級そうな服と服飾品を身に付けているため、立場はこちらの方が上だという事が見てわかった。


 その四十代ほどの男性が、詩夕たちを見ながら言葉を発する。


「……あれが、異世界から召喚された者たちか」


 もちろん、答えるのは三十代ほどの男性。


「勇者たちですね。既に一角に成長しているそうで、「特殊武技」も使用出来るそうです。兵士程度では、数を揃えても相手にならないかもしれませんね」

「ふん。それは大した問題ではない。私たちは、そういう武力を持つ者……勇者ですらも顎で使う立場になるのだからな」

「確かに。もう少しすれば、世界はその有様を大きく変えますからね」

「……余り、不用意な発言はしないように。それでなくても、ここは他国だ。どこに耳があるかわからんのだからな」


 四十代ほどの男性が、三十代ほどの男性に鋭い視線を向ける。

 これは失礼しました……と、三十代ほどの男性は無言で頭を下げた。

 四十代ほどの男性は、わかれば良いと、再び詩夕たちに視線を向ける。


「……今、私たちが直面しているのは……いや、今、私たちが一番の問題と捉えるべきなのは、勇者たちの力が増す事ではなく、勇者たちを得た事によって、ビットル王国の立場……EB同盟内の発言権が高まり、大きくなり過ぎるのではないか、という事だ」


 三十代ほどの男性が、考えるように口元に握った手を持っていく。


「……そうでしょうか? いえ、確かにビットル王国の力が高まるのは確実です。ですが、さすがに三大国家の最大国家である、我らがラメゼリア王国よりも大きくなるとは思えませんが?」

「早計な判断は、まだまだ若い証拠か。……覚えておくと良い。勇者という名と立場には、それだけの影響力があるのだ」


 三十代ほどの男性が、神妙な顔付きで頷く。

 この二人はビットル王国の者ではない。

 三十代ほどの男性が言っていたように、ラメゼリア王国から来ている者たちだ。


 下大陸、南部中央に位置し、大魔王軍に対抗するEB同盟内で、最大の国家であるラメゼリア王国。

 何故そのラメゼリア王国の貴族が、ここ――ビットル王国に、しかも王城内に当然のように居るのかというと、やはりそこは最大国家だからこそ、である。


 予言の神によって選ばれた、大魔王軍に、魔王、大魔王に対抗しうる存在として召喚される勇者たちの話は、EB同盟内でも共有されている。

 そのため、EB同盟内最大国家であるラメゼリア王国としては、その勇者の力を確認して把握しておくべきだという主張を通して、その調査員を派遣してきた。


 それが、この二人なのだ。

 ラメゼリア王国がそういう行動に出る事が出来たのも、安全圏に居るからこそ、である。


 ちなみにだが、EB同盟内三大国家の残る一つ、軍事国ネスから、そういった者たちは派遣されていない。

 俺たちに動いて欲しければ、魔王の一人くらいはどうにかしてこい、というのが、軍事国ネスの公式見解だった。


「その辺りを踏まえれば――」


 四十代ほどの男性が口を開き、周囲の様子を窺うように視線を動かす。

 盗聴の類はないな? と、最後は近くに居る執事に確認の視線。

 問題ありません、と執事は頷いた。


「……私たちがこうしてビットル王国に赴いている理由も察せられるだろう?」

「……勇者たちの力が、ラメゼリア王国に向かないための裏工作を行うためでは?」

「確かにそれも含まれているが、本当の……ウラテプ殿から告げられた裏の目的は調整だ」


 ウラテプの名を出して動揺する者は、この場に居ない。

 誰の指示でこの貴族二人がここに居るのか、それを察する事が出来るだろう。


「調整、ですか?」

「あぁ。余りにも不公平だとは思わないかね? 私はそう思う。軍事国ネスに戦力が集中するのは仕方ない。強さだけが売りの国だからな。だが、ビットル王国にまで勇者という戦力が集中してしまうと、栄えあるラメゼリア王国を守る戦力が他の二国に劣ってしまうのではないか?」

「なるほど」

「ラメゼリア王国は安全圏にあるからこそ、最後の砦として最も戦力が高くなければならない、と私は考えている。もちろん、私のこの考えは、ウラテプ殿も同意している」

「私も同意します」


 媚を売るように、三十代ほどの男性は直ぐに答えた。

 四十代ほどの男性は、満足そうな笑みを浮かべる。


「つまり、調整だよ。調整。勇者が複数人居るのに、全員が一つの国家だけに留めておくのは、不公平でしかないのだ。いや、三大国家内で優位に立つための、ビットル王国の企みかもしれないな」

「という方向に誘導していく訳ですね?」

「誘導など……自然とそうなるのだよ」

「えぇ、確かにその通りです。自然とそうなるのですから、ビットル王国も反対し辛いでしょう。となりますと、ラメゼリア王国の由緒正しい貴族である私たちの役割とは、勇者たちの的確な配置を行う事ですね」

「あぁ、その通りだよ」


 この二人の、詩夕たちの様子を見る視線に欲が交じる。

 男性陣ではなく、女性陣の方を注視しているのだから、何を狙っているのかは明白だった。

 自分たちの思う通りに事が運ぶと一切疑わず、今後の展望でも夢想しているのか、口元が緩みに緩む。


 故に、気付かない。

 いや、元より自分たちの事にしか考えていないため、気付く事はなかっただろう。


 この二人から邪な視線を向けられている、と既に詩夕たちが察している事に。


     ◇


 王城内の廊下を、水連が一人で歩いている。

 目的としている場所があるのか、足取りはしっかりとしていた。

 そんな水連の行く手を遮るように、二人の男性が現れる。

 ラメゼリア王国から派遣された貴族の二人で、ニコニコと笑みを浮かべていた。


 しかし、その笑みは正に貼り付けていると言って良いだろう。

 内にある欲を隠し切れていない。


「これは勇者様ではありませんか。EB同盟内最大国家であるラメゼリア王国から、ここビットル王国に派遣された者として、これまで挨拶もせずに申し訳ない。何しろ、色々と調整しなければならない事が多いので」

「ラメゼリア王国は、人類種の旗頭として動かなければならない……いえ、そのように動いているのです。とはいえ、このような世界の常識は、勇者様も聞いているはず」

「………………」


 貴族二人の言葉に水連は何も答えず、首肯すらしない。

 水連はそのまま通り過ぎようとするが、貴族二人は逃がさないと進路を塞ぐ。

 貴族二人が水連に目を付けた理由は単純だ。

 詩夕たちの中で一番気が弱そうで、自分たちの言う事を聞きそうに見えた、からである。

 そこに、自分たちの好みも加えられていた。


「人類種の旗頭として判断すれば、ビットル王国の現状は非常に好ましくありません。何しろ、希望となる勇者様たちを自国内に留め、外に出そうとしない。戦力を過剰に集めていると言って良いでしょう」

「このままでは、勇者様たちはビットル王国に使い潰されてしまいます」


 貴族二人の笑みが、ニコニコからニヤニヤに変化する。


「ですので、ここは休暇という名目で、ラメゼリア王国に来られませんか? 潰されないように保護させて頂きますよ。もちろん、勇者様たち全員を」

「ラメゼリア王国は安全圏ですから、大魔王軍の侵攻に怯える事なく鍛錬に集中出来ますので、環境面でもビットル王国より優れています。それに、ラメゼリア王国に来られましたら、ここ以上に勇者様たちが満足する相手を用意しましょう」

「………………」


 水連の表情は変わらない。

 まるで興味がないように……いや、そもそも貴族二人を認識しているかも怪しいような表情だ。

 水連はそのまま無理にでも通り過ぎようとするが、貴族二人はその動きを止めるために水連の両腕を掴んで止める。


「し、少々お待ちなさい! 私たちの提案を無視すると、あとで後悔する事になりますよ? それに、今後は私たちラメゼリア王国の中でもウラテプ殿の派閥に属して恩恵を受けておかないと、いくら勇者様といえども未来はありません!」

「そ、その通りです! これはいわば異世界から来られた勇者様たちにかける、私たちの恩情! 素直に受け取る事こそ、唯一生き残れる選択なのです! それに、私たちの恩恵がなければ、はぐれているというお仲間も無事かどうかわかりませんよ?」


 余りにも手応えがなさ過ぎて、つい口を滑らせてしまう貴族二人。

 詩夕たちの中でも、天乃と水連に関しては、明道関連の事を無遠慮に触れてはいけないのだ。

 ビットル王国では既に周知の事実である。

 特に今は明道が近くに居ないため、最早禁句と言っても良いだろう。


 貴族二人は、その事をきちんと調べておくべきだった。


 言葉に反応して、水連は掴まれていた腕を振り払い、逆に貴族二人の喉を掴み……ギリギリと締め上げていく。


「「……な、何を」」

「………………明道を害するモノは全て排除する」


 そう言う水連の目に光はなかった。

 と、そこで、窓や廊下の先など至るところから詩夕たちが現れる。

 詩夕たちは、貴族二人の視線から何かしらの接触があると判断して罠を張っていたのだ。

 そして、視線から水連を狙っているようだったので、どういった意図を持っているのかを知るために、水連を一人にして囮とし、姿を隠して周囲に控えていたのである。


「ちょっ! キレるのが早いよ!」

「もう少し情報を引き出す努力をしろ!」


 詩夕と常水が、水連を羽交い絞めにして動きを制限する。

 天乃がその横を突っ走り、解放された貴族二人にドロップキックを食らわせた。


「明道の敵は私の敵! 惨たらしく殺され死ね!」

「だから落ち着け!」

「もう堪え性がないんだから!」


 そんな天乃を、刀璃と咲穂が力技で押さえ込む。


「くっ! 私たちにこんな事をして、無事で済むと思っているのか!」

「ラメゼリア王国を敵に回すのと同義だと思いなさい!」


 蹴り飛ばされた先で吠える貴族二人。

 そんな貴族二人の視界を遮るように、仁王立ちして笑みを浮かべるフィライアが現れる。


「何やら吠えていますが、先ほどは面白い話をしていましたよね? ラメゼリア王国のウラテプ派閥とやらの詳しい内情と目的を教えて頂けると嬉しいのですが? 今の内に全て吐露した方が、このあと痛い思いをしなくて済みますよ? 私と樹様を裂こうとする輩に慈悲は与えませんから」

「……いや、裂くような間柄ではないような」


 樹の突っ込みは、フィライアには届かない。

 更に追撃が加わる。


「アキミチは私のお気に入りだから、見逃す訳にはいかないな」

「フフフ……アキミチは私と樹様を結び付けた存在ですので、敵は排除します」

「……いや、結び付いていないけど」


 シャインとグロリアが笑みを浮かべている。

 変わらず樹の突っ込みは、グロリアには届いていない。

 ただ、グロリアの笑みの方が怖く感じるだけである。


「アキミチには、シユウとツネミズを紹介して貰った恩があるしな」

「「「「「アキミチは親友マブッス!」」」」」


 そこにDDとジース、竜たちが加わった。

 明道がこの世界でどれだけ受け入れられているか、よくわかる光景である。


 貴族二人に逃げ道はなかった。

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