恥ずかしいのは克服出来る……はず
バッグラウンド商会の建物は、ドンラグ商会の建物と比べると宿屋部分がなくて、本店が一段劣るという感じだ。
実際、ドンラグ商会は四階建てだけど、バッグラウンド商会は三階建てだし。
でも、周囲の建物と比べると大きい事に変わりはないので、充分目立つ。
これはあれかな?
この王都で待ち合わせとかするなら、携帯とかないだろうし、ドンラグ商会前とか、バッグラウンド前とか、目立つ建物の前とかにしていそうだよね。
その方が確実で無難だし、他のところより人が行き交っているのは、そういう理由だと推測する。
さすがに王城前とかは不敬とかになりそう……まぁ、アドルさん、ウルルさんとの、このあとの待ち合わせ場所は、そこなんですけどね。
……それに、流れ的に王城行くっぽいなぁ。
でも、そもそもの話、そう簡単に王城内に入れるんだろうか?
元の世界でお城に行く感覚とは絶対違うだろうし。
指定された時間内だけ、天守閣に入れるのとは訳が違うと思う。
⦅問題ありません。バッグラウンド商会と同じように入るだけですので⦆
それって、要は殴り込みだよね?
⦅はい⦆
それが何か? って感じの言い方だ。
うん。平常運転。
という訳で、バッグラウンド商会を前にした俺たちがこれから行うのは、間違いなく殴り込みである。
いやまぁ、それは別に良い。
寧ろ、今の状態でとめても、ダオスさんとハオイさんはとまらないだろう。
多分、インジャオさんも。
けれど、それよりも俺が心配なのは、これからやろうとしているような事で手に入れた証拠って、採用されないんじゃなかったっけ? と、ちょっと不安な事だ。
⦅何を今更。魔法使い部隊(失笑)と盗賊相手(失笑)に行った事ではありませんか⦆
それはほら、向こうがどこから見ても後ろ暗い相手だからであって、バッグラウンド商会は、一応表向きは後ろ暗くないんでしょ?
……失笑?
⦅マスター。それはマスターが居た世界のように、法律で細かく定められ、ある程度浸透していればこそ、です。この世界の法律は、そこまで細分化も浸透もしていませんし、まだまだ王の一声でどうにでもなってしまうのが現状です。まぁ、それをやり過ぎれば、暴君と呼ばれる事と暗殺の可能性が一気に増大しますが⦆
……スルーされた。
でも、先ほどの内容自体は、普通に怖いと思う。
⦅それにマスターの心配は、この世界では杞憂です。その最大の要因となるのは、絶対的な判断基準の一つとして、神が身近な存在として姿を現している、という事です⦆
なるほど。確かに。
⦅まあ、中には私より劣るのや、どうしようもないのも居ますが⦆
そして辛辣! 神様相手には容赦がないな!
でもまぁ、そういう事ならこのまま殴り込みをかけても安心かな。
……インジャオさんたちをとめるのも無理そうだったし。
「それじゃあ、杞憂もなくなりましたし、行きましょうか!」
「「「「………………」」」」
エイト、インジャオさん、ダオスさん、ハオイさんが、揃って首を傾げる。
まるで、杞憂? そんなの何かありましたっけ? みたいな感じだ。
護衛の人たちは無反応。
………………なんだろう。
俺がしっかりしないと、と思った。
頑張れ、俺。
といっても、俺が頑張る要素は一切ない。多分。
そもそも、俺に、というか俺たち……特にインジャオさんに活躍の場があるのかどうかも怪しい。
⦅あります⦆
あるようだ。
なら、さっさと呼んでしまおう。
あの神様、約束破るとかすると、結構音に持ちそうだし。
まぁ、元々破る気はないけども。
……で、えっと、普通に呼べば良いのかな?
⦅『カモンッ! 商売の神様!』と言い終わると同時に、空に向かって指を鳴ら⦆
「カモンッ! 商売の神様!」
で、手を空に向かって高々と上げて、指をパチンッ! と鳴らす。
⦅さなくても、普通に呼べば来ます⦆
………………。
⦅………………マスターは、私の予測を軽々と超えていきますね。あっ、格好良かったですよ⦆
うわあああああぁぁぁぁぁ……!
もっと感情を込めて言って! じゃない!
声にならない心の叫びを上げながら、俺は両手で顔を覆ってしゃがみ込む。
両肩をぽんぽんと優しく叩くのは、きっとエイトとインジャオさんだろう。
ダオスさんとハオイさんは、多分苦笑いだな。
「………………えぇと、これはどういう状況なんだ?」
声だけだけど、多分商売の神様だと思う。
察しろや! 神様なんだから、もっと察しろや!
いや、先に察して、言う前に現れとけや!
ふむ、ここだな……(キリッ)みたいな感じで、既に待ち構えとけよ!
⦅だから私は言いましたよ。私より劣る、と⦆
……くっ、言い返せない。
いや、ちょっと待って。
そもそも、セミナスさんがああいう言い方をしなければよかったんじゃない?
⦅………………⦆
………………。
⦅………………あはっ!⦆
普段は笑わないクールな彼女が時折見せる笑顔に、って騙されないぞ!
セミナスさんの顔が正確にわからない以上、笑って誤魔化す事は出来ないからな!
⦅マスターが思った通り、クール系の顔が満面の笑みを浮かべた瞬間を思い浮かべて下さい⦆
………………。
………………。
いや、でも……ちょ……う~ん………………出来れば、今後は多少でも控えて頂けると。
⦅おや? やめろ、とは言わないのですね⦆
まぁ、受け止められる分は受け止めるよ。
それがセミナスさんだし。
⦅………………かしこまりました。次回から全力でいかせて頂きます⦆
あれ~? 多少は控えてって話だったのに。
まぁ、とりあえず、このあとの待ち合わせもあるし、商売の神様に早く動いて貰わないと。
そう思って恥ずかしさを心の中に押しやり、立ち上がって商売の神様に視線を向ける。
「………………」
「………………」
……う~ん。
チラッと、エイト、インジャオさんを見る。
お願いしますと頭を下げてきた。
ダオスさん、ハオイさんは、完全に俺に丸投げ状態。
護衛たちは空気。
俺は眉間を軽く揉んでから、もう一度商売の神様を見る。
うん。迫力があって、見た目は普通に怖い。
やっぱりそういう職業の人に見えてしまうけど………………何故かその片足に、武技の神様がすがり付いていた。
「……えっと、合体? みたいな事? パワーアップ?」
「違う。アキミチに呼ばれたら、ブラック商会を潰しに行くと何度も説明したが」
「逃げるつもりでしょ! そのまま逃げるつもりでしょ! 逃がさないから! 絶対に逃がさないから! そのためにここで見張る!」
「逃げるつもりはない、と何度も言い聞かせたが、放してくれん」
今度は商売の神様が顔を覆った。
武技の神様は、死んだ目で商売の神様を見ている。
……なんかどっちも追い込まれているなぁ。
そんなに辛いのだろうか?
確か、この世界の人のスキルを更新しているって言っていたから、同じような作業が続くと辛い、と感じているのかもしれない。
それにしても……大人にすがり付く子供という図にしか見えないのが辛い。
本当に不安になってくるが、今は動いて貰わないと困る。
さて、どうしたものか……と考え始めると、商売の神様は顔を覆っていた手を下げ、真面目な表情で俺を見てきた。
「さて、アキミチ。私を呼んだという事は」
「え? あ、はい。あちらが、ご所望のブラック商会――バッグラウンド商会です」
バッグラウンド商会の建物を指し示す。
商売の神様は建物を確認したあと、武技の神様を掴んで持ち上げる。
「ここまで付いて来たのだから、手伝って貰うぞ」
「暴れるの? わ~い! ストレス発散だね~!」
商売の神様は、そのままダオスさんとハオイさんに視線を向ける。
「お前たちからは商売人の匂いがする。しかも、良い商売人だ」
「そう言って頂き、誠に嬉しく思います」
「誇れる商売を心掛けています」
「よし! では、お前たちも付いて来い!」
「「かしこまりました」」
「カチコミじゃ~!」
商売の神様を先頭にして、一団がバッグラウンド商会の建物に真正面から突っ込んで行った。
「追わなくても良いのですか?」
「「はっ!」」
エイトの一言で気付き、呆気に取られていた俺とインジャオさんが気付く。
慌ててあとを追った。




