別章 あっという間
それなりに大きな街ともなれば、大抵の場合はあるであろう、スラム街。
社会からあぶれた者や犯罪者など、拗ねに傷を持つ者たちが多く集まって形成させる場所。
ラメゼリア王国の王都にも、当然のように存在している。
また、セミナスが提示した、本命の盗賊集団――表向きの名を、「隠闇」という盗賊集団の根城がある場所でもあった。
そのスラム街は今、警戒態勢となっている。
原因となっているのは、たった一人の獣人の女性。
スラム街に突如現れた獣人の女性は、目的とする場所がハッキリとしているのか、目線と足取りはしっかりとしていた。
ただここは、女性が一人で気軽に踏み入れて良い場所ではない。
襲ってくれと言っているようなモノだ。
現に、獣人の女性はスラム街に入って数分も経てば襲われ……逆に返り討ちにした。
一撃で沈黙させていく。
「面倒だから、纏めてかかってきて欲しいけど……どうせ来ないんだから、一直線に進んでいけば良いか」
そう言って面倒臭そうに息を吐き、目的地に向けて足を進める獣人の女性――ウルル。
ウルルの後方には、数人の男女が付いて来ている。
ダオスとハオイが手配した、盗賊集団を縛り上げる予定の者たちだ。
当初、この者たちは、自分たちも戦闘に参加するつもりだったので武装しているのだが、ウルルの強さの一端を見ると、自分たちは必要ないのでは? と考える。
だからといって油断している訳ではなさそうなので、それなりに腕の立つ者たちなのは間違いない。
目的としている、「隠闇」の者たちが出て来ていないので、少々暇そうではあるが。
と、そこに、ウルルの侵攻を阻止するように、武装した一人の男性が襲いかかる。
「………………」
何も言わずに建物を上手く利用して、ウルルの死角となる方向から剣を振るう。
が、ウルルはなんでもないように剣をかわし、そのままカウンターの要領で襲いかかった男性に一発入れてダウンさせた。
地面に倒れる男性を気にもせず、ウルルは後方に居る者たちに声をかける。
「こいつ、動きが盗賊のそれじゃなくて、何かしらの剣技を身に付けているみたい。多分そうだから、念のために縛り上げておいて」
後方に居る者たちはウルルの言葉に頷き、準備に入る。
ウルルの言葉遣いが多少悪くなっているのは、自分を可愛く見て貰いたいインジャオがここに居ないためだ。
地が出ていると言っても良い。
といっても、インジャオとアドルもウルルの地の部分は知っているし、アキミチもこれまでの付き合いで知ったのだが、本人の気分の問題である。
ただ、ウルルのこの判断は正しい。
このあとにわかる事だが、襲いかかってきた男性は「隠闇」の手の者で、ウルルが何かしらの剣技を身に付けていると言ったのも真実である。
そしてウルルは、襲いかかってきた男性が縛り上げられる前に移動を開始した。
さっさと終わらせたいという思いが、態度に表れている。
また、この行動によって、ウルルに襲いかかる者が一気に減った。
襲いかかった者が「隠闇」の一員なのと、その強さを知っていたためだ。
一撃でダウンさせたウルルの強さを見たというのもあるが、スラム街の者たちが襲わなくなった一番の理由は、「多分そう」という言葉にある。
ウルルの狙いが、「隠闇」にあると理解したのだ。
下手に襲っても返り討ちに遭うのは明白なため、目的がわかった以上、無関係な者たちは関わらない方が良いと判断したのである。
彼らなりの処世術と言っても良い。
そうなると話は早く、スラム街で広く知れ渡っていき、襲いかかる者が減ったという訳だ。
その辺りの事を理解した訳ではないが、明確に襲われる回数が減っているため、ウルルの侵攻速度は飛躍的に上昇する。
「隠闇」の根城に向かっているのだから、その手の者と思われるのが時折襲いかかってくるのだが、ウルルはなんでもないように対処していった。
◇
スラム街の中心近くにある、「隠闇」の根城。
中心地は特に複雑に入り組んでいるため、それがそこにあると知った上で、手順などを理解していなければ、まず迷う事は確実である。
あとは、運に任せるというのもあるが。
そのような場所にある「隠闇」の根城の内部。
ドタドタと音を立てて、廊下を走り抜ける者が居た。
構成員の一人である。
外からもたらされた情報を早急に伝えなければと、ボスの部屋に向かっているのだ。
目的としている部屋の前に辿り着いた構成員は、腕で汗を拭い、乱れた呼吸を正すように大きく息を吐いてから、扉をノックする。
「失礼します! 異常な強さの女が、どういう訳か真っ直ぐここに向かって来ています! どうやら、俺たちに狙いを絞っているようで……」
構成員は、室内の様子を見て、それ以上の言葉を続ける事が出来なかった。
何故なら、この部屋を使っている者――「隠闇」のボスである男性が、壁に背を預けて座り込み、動く気配を一切見せない姿を目撃したからだ。
構成員にとって、ボスは最強の存在だった。
そのボスのやられた姿を見て、一気に動揺する。
生きてはいるようだが、一体何が――と、焦る構成員は室内の様子を窺う。
そして気付いた。
本来ならボスが鎮座している執務机の周囲に、護衛の者たちが倒れていて、これまで見た事がない色白の男性がそこに座って、ペラペラと紙束をめくって眺めているのを。
「な……だ……お……」
なんだ? 誰だ? お前は。と言いたかったようだが、構成員は上手く言葉に出来なかった。
体がカタカタと震えているためだ。
構成員は自分の体が震えている事に気付き、驚きの表情を浮かべる。
色白の男性への無意識の恐怖によるモノなのだが、構成員がそれに気付く事なく、その後方に現れたウルルの一撃で昏倒した。
自覚する前に気を失ったのだから、ある意味幸せなのかもしれない。
まぁ、このあと縛り上げられて、ドンラグ商会に連れて行かれたあとにどうなるかは保障出来ないが。
そんな事はどうでも良いと、ウルルは色白の男性に声をかける。
「真正面から攻め入って注目を集めるのと、その隙に潜入して証拠を確保する、の役割分担は納得しましたけど、ここまで手間暇が違うなら、もう少しこっちを手伝ってくれても良かったんじゃないですか? アドル様」
声をかけられた色白の男性――アドルは、見ていた紙束から顔を上げて答える。
「すまんすまん。これを読むのに熱中してしまっていたようだ。だが、役割分担がこうなってしまったのは仕方ないだろう? ウルルに潜入行動が出来るのか?」
「それは、まぁ……出来ませんけど」
そういう自覚があるのか、ウルルはふん! と一旦顔を逸らす。
「それで、そっちはどうなんだ? 全員無力化してきたのか?」
「襲いかかってきたのは。周囲で逃げ出したのが大勢いたけど、さすがにその中から特定の組織の者を判別するのは無理。だから、ここに来るまでのは全部ぶちのめして、あとの事は捕縛している人たちに任せてきた」
「まぁ、その辺りは仕方ない。それに、セミナスさんはそういうのを見越しているだろうから、特に問題もないだろう。寧ろ問題なのは、この証拠に書かれている内容だ」
アドルが見ていた紙束に書かれている内容は、要約するとこうだった。
この盗賊集団「隠闇」は、ある人物が秘密裏に組織したモノ。
その主目的は、自分たち、もしくは他の盗賊集団を利用しての、国内特定地域の治安悪化。
「隠闇」は表向きの名称であり、正式名称は「零番部隊」。
構成員の多くは、素行が悪い、人道を外れた行いなどの理由によって退職させられた騎士、兵士。
そして、何よりも一番の問題なのは、立場が上の方になると、現役の騎士である事を臭わせる者も居る事である。
聞き終えたウルルが一言。
「……なんか、魔法使いばっかりの部隊を思い出すんですけど」
「あぁ、間違いなく、裏に居るのは同じ人物だろう。そして、その人物が居る場所は」
そこまで言えばわかるだろ? という感じで、アドルがウルルに視線を向ける。
視線を向けられたウルルは、顎に手を当てて少しの間考えたあと、理解した。
「だから、あっちとの合流場所が、王城の門前だったのね」




