事故だから……事故だから!
朝。天気は晴れ。
日差しは優しく、気温も落ち着いているので、気持ちの良い朝だ。
朝のコーヒーを飲もうと、ベッドから体を起こす。
……ふっ。良い一日の始まりだ。
寝室の扉を開けてリビングへ。
リビングでは、床で眠る骸骨と、割れた壺がお出迎え。
「あはっ! おはよ!」
「……そろそろ現実を見て欲しいのだが?」
「………………はい」
アドルさんに現実に引き戻される。
どうやら、目の前の景色は夢の類ではないようだ。
覚悟を固めて、まずはインジャオさんの様子を窺う。
インジャオさんは、骸骨そのものだ。
だから、基本的に全身鎧で隠し覆っているので、骨を晒す事はない。
それはこの王都に入ってからもそうだった。
「この姿ですからね。無闇に混乱を招くような真似はしたくありませんし」
と、インジャオさんは笑みを浮かべた……ような気がする。
骸骨だからわからない。
でも、インジャオさんが優しく、人格者であるという雰囲気は伝わってきた。
ドンラグ商会に入ってからも、宿の中も全身鎧は脱いでいない。
例外は、温泉の時とこの部屋の中。
俺とアドルさんたちしか居ない時は、インジャオさんも全身鎧を脱ぐ時があるのだ。
で、今は当然、全身鎧ではない。
この部屋は、俺、アドルさん、インジャオさんしか利用しないしね。
シャツと半ズボンで思いっ切り気を抜いていたのがわかる。
……ちょっとファンキーな姿だと思ったのは黙っておこう。
それにしても……う~ん……眠っているようにしか見えない。
もう少しだけ様子を見て……重大な事に気付く。
「インジャオさんの脈がない!」
「骨だからな」
「ですよね」
なくて当たり前だった。
アドルさんも、思いの外冷静である。
となると、インジャオさんは特に問題はなく……問題なのは、割れた壺の方だ。
……だから安い部屋の方が……いや、もうそれは良いか。
現実にこうして起こったのだから、今は対処に専念しよう。
「………………うん。見事に割れていますね。こう、パッカーン!と」
「あぁ」
アドルさんが渋面を作る。
俺も似たようなモノかもしれない。
何しろ、壺の割れている場所が一番の問題なのだ。
インジャオさんの頭部の横。
どう考えても、インジャオさんの頭部にぶつかって割れた、ようにしか見えない。
「……犯人は、インジャオさん?」
「いや、そう決め付けるのは早い。それに、インジャオだとどうしても動機がな」
「ですよね」
俺もアドルさんと同意見だ。
となると、事故の可能性が一番高いけど……。
「インジャオさんが起きるのを待った方が良さそうですね。それまではこのまま何もいじらない方が良いかな?」
「そうだな。下手にいじらない方が良いと私も思う」
これも、アドルさんと同意見。
でも、そうなると困る。
今、俺とアドルさんで出来る事がなくなってしまうのだ。
いや、違う。
なんかあるような気がする。
………………。
………………。
はっ! セミナスさん!
⦅お呼びでしょうか?⦆
呼びました!
セミナスさんなら、これがどういう状況なのか、わかるんじゃない?
⦅申し訳ございません。マスターの睡眠に合わせて私も休眠を頂き、目覚めに合わせて起きています⦆
え? そうなの?
そっか……それなら仕方ない。
でも、スキルも寝るんだね。
⦅おっと、これはいくらマスターでも、許容して良い発言ではありませんよ。休みなしで働かせようとするとか、とんだブラックマスターですね⦆
い、いや、そんなつもりで言った訳じゃなくて……なんか、ごめんなさい。
でも、セミナスさんは、俺をいじりまくっているから、ストレスとかはなさそうですよね?
⦅否定はしません。いえ、肯定します⦆
いや、同じ意味だよね?
言い直した意味がわからない。
⦅ではここで、助言をしておきましょう⦆
助言?
⦅そろそろ骸骨騎士が目覚めます⦆
その言葉が合図となったのか、インジャオさんが目覚める。
「ん、んん……あっ、おはようございます」
「「おはようございます」」
朝の挨拶はしっかりしないとね。
インジャオさんはそのまま体を起こし、周囲の様子を窺う。
「……これはどういう事ですか?」
「「いや、こっちが聞きたい事なんだけど!」」
アドルさんと一緒に突っ込んだ。
気が合うね、俺たち。と、アドルさんと笑みを浮かべ合う。
でも、どういう事?
インジャオさんが起きて、状況がわかるんじゃないの?
⦅答えを性急に求めてはいけません、マスター。時には回り道が正しい時もあるのです⦆
セミナスさんがそう言い終わるのと同時に、インジャオさんが手を打つ。
「あぁ、思い出しました!」
聞きましょう。
………………。
………………。
インジャオさんの話はこうだった。
まず、俺とアドルさんが部屋に戻ったあと、インジャオさんは女性陣を待ち、きちんと部屋まで見送ったそうだ。
「風呂上がりのエイトを見たご主人様は、ムラムラがとまらなくなり、獣の如き視線でチラチラ見てくる姿を見たかったです、と言っていましたよ」
そんな情報は要らない。
というか、逆に冷静になると思う。
で、見送ったインジャオさんは部屋に戻る。
リラックスするために今の服装に着替えて、のんびりしようとした時に、外から悪意を感じ取ったそうだ。
「………………」
インジャオさんが感じ取ったという悪意を、アドルさんは感じ取れなかったの? という感じで、俺は黙ってアドルさんを見る。
「………………」
アドルさんは、ふぃっと顔を逸らす。
……気持ち良く眠っていたし、温泉で疲れも取れて、気を抜きまくっていたのだろう。
仕方ない仕方ない。
優しい笑みを浮かべる。
その表情から読み取ったのか、インジャオさんからフォローが入った。
インジャオさん曰く、悪意は俺たちにでなく、この建物――つまり、ドンラグ商会に向けられているように感じられたので、眠っていればまず気付かない、そうだ。
アドルさんが、その通りだと力強く頷く。
……まぁ、起きていたとしても、俺は気付かなかったと思うので、深くは追及しない。
それで、悪意を感じ取ったインジャオさんは、咄嗟に身構えて……事は起きた。
いや、これはもう、位置が悪かったとしか言えない。
インジャオさんが身構えると足の骨が棚にぶつかり、壺が落ちそうになる。
即座に掴むが、バランスが悪くて足を滑らせ、咄嗟に壺を上に放り投げ、両腕を広げてなんとか転ぶのを回避。
が、上に放り投げた壺が落下。
インジャオさんの頭頂部に綺麗に衝突。
壺はパッカーンと割れ、インジャオさんはそのまま気を失った……と。
こういう訳だった。
「インジャオさんでも、そういう事が起こるんですね」
「なんだかんだと、自分も温泉で気が抜けていたのかもしれません」
インジャオさんが、恥ずかしそうに頭を掻く。
そうして、インジャオさんから聞き終えた俺は思う。
「……事故、ですね」
「……事故、だな。間違いない。断言する」
アドルさんも同意見。
つまり、誰も悪くない。
強いて言うなら、きっかけは悪意を向けたヤツだから、そいつが犯人。
という事は、だ。
もし壺の損害賠償が請求された場合は……そいつを突き出さないと……俺たちが払わないといけないのかな?
そこんとこどうなの? とアドルさんに視線を向ける。
アドルさんは、わかっていると頷いた。
以心伝心だね、俺たち。




