鍛錬の日々
アドルさんたちは、どうやら俺にやって欲しい事があるようだ。
何が目的かは、その時になれば教えてくれるそうなのだが、果たして一体何が待ち受けているのだろう。
きっと、危機的状況に陥り、俺の隠され続けていた力がついに解放!
更に倍!
追加で倍!
紙芝居!
……まぁ、元が大した事ないけど。
「何か心の声らしきモノが漏れているよ。それに、アキミチにそんな力はないからね」
「え? 声に出てた? ……希望くらいは持たせて下さい」
俺を鍛え上げてくれている、骸骨騎士のインジャオさんが、笑っているような気がした。
まぁ、骸骨なんで、本当に気がしただけなんだけど。雰囲気でも可。
しかし……声に出ていたのか……恥ずかしい。
「でも、それだけ元気なら、休憩を終えて鍛錬の続きが出来るという事だね」
「ふっ……俺を見くびらないで下さい。口しか動かせません!」
体の方は、先程までの鍛錬で既にボロボロである。
「いやいや、限界になってからが勝負だから」
「いや、やめて! ほんと限界だから! 今はもう無理だから!」
反論するが、地面にお寝んねしていた体は動かせず、上機嫌っぽいインジャオさんに、簡単に担ぎ上げられてしまう。
その瞬間、体中に筋肉痛が走った。
「筋肉痛が! ちょっと休ませて!」
「そこら辺は慣れだよ」
「慣れる前に潰される! 下ろして! この、鬼! 悪魔!」
「はっはっはっ、自分は骸骨だよ」
「駄目だ。通用しない……というか、全身骨だけなのに、どうしてそんなに力があるの!」
「う~ん……魔法的な何かだと、自分は睨んでいるよ」
「自分の事はせめて把握しておいて!」
………………。
………………タンレン、ガンバッタ。
………………。
………………こうやってカタカナにすると、「ガンバッタ」って、銃みたいな形のバッタか、銃を持っているバッタ、という風にも取れるよね。
「どこか、まだ余裕がありそうですね」
ニッコリと笑っていそうなインジャオさん。
「…………………………やってやるわぁ~!」
……数秒後、気を失った。
◇
そうして鍛錬の日々を過ごしていると、アドルさんたちの事もわかってきた。
まず、アドルさんは、陽の光を克服している吸血鬼のようだが、朝が極端に弱い。
寝て起きて、体を起こしてから一時間くらい経たないと行動しないのだ。
その間は、ずっとぼぉ~っとしているだけ。
……本当に起きているのだろうか?
アドルさんたちの持ち物の中に筆とインクがあったので、試しにインジャオさんと一緒に、起きたばかりのアドルさんの顔に落書きをしてみる。
「やっぱり、目の上に目を書くのは定番だと思うんです」
「それは確かに。あっ、アキミチ。もう少しまつげを長くして下さい」
「……ノリノリですね、インジャオさん」
「こういうの楽しいですよね。……それじゃ自分は、頬に斜線を入れて……照れているように見せましょう」
インジャオさんと一緒に笑い合いながら、落書きを続ける。
ウルルさんは呆れた目で俺達を見ていた。
「………………」
それにしても、アドルさんは無反応である。
やっぱり、起きていないんじゃないかな?
しかし、このまま落書きを残してバレると問題なので、もちろん一通り遊べば証拠隠滅のため消しておく。
………………。
ふぅ~……これで大丈夫。
インジャオさんと親指を立て合う。
「……いや、普通に意識はあるからな」
数時間、インジャオさんと一緒に正座のまま説教される。
ついでに言うなら、この中で一番強いのはアドルさんだった。
……今度、トマトジュースも試してみよう。
ウルルさんはメイド服を着ているという事もあり、俺達の家事全般をしてくれている。
というのも、料理が美味しい。
とにかく美味しい。
嫁に欲しい。
でも残念。既に決まった相手が居た。
インジャオさんである。
「え? インジャオさんと恋人同士なんですか?」
「はい。そうですよ。私のベタ惚れなんです」
嬉しそうに体をくねらせるウルルさんの返答に、インジャオさんが恥ずかしそうに頭を掻いていた。
いや、骸骨だからよくわからん。
でも、羨ましい。
「生前からの付き合いなんですけど、前よりもっと好きになりまして」
聞いてもいないのに答えてくる。
……というか、前よりもっとって……それってつまり……。
案の定、ウルルさんの今一番大好きな事は、インジャオさんの骨を噛み噛みする事だった。
「う~ん、くすぐったい」
「あむあむ」
「ウルルを落ち着かせるのは、あれが一番だから覚えておけ」
アドルさんが、対ウルルさん用の最終兵器は、インジャオさんの骨であると教えてくれる。
「ついでに言えば、好みの部位もある」
その情報は要らない。
というか、ウルルさんの尻尾が振れっ振れである。
……見ているだけで、もうお腹一杯です。
ちなみに、食材の中で魔物の素材利用など固有の呼び名があれば別だけど、野菜とか果物の名前は大体同じである事が、ウルルさんと話している内にわかった。
インジャオさんは、本当によくわからない。
だって骸骨だし……喋るし……骨なのに力強いし……骨だからフットワーク軽いし……骸骨だし……。
「二回言う必要はないんじゃないかな?」
「いえいえ、大切な事は、二回言うのが決まりですから」
インジャオさんがそういうモノかな? と首を傾げる。
フットワークを犠牲にして、何故顔まで隠して全身鎧なのかと尋ねると、初対面の人を驚かさないための措置らしい。
……めっちゃ良い人……じゃなかった。骸骨だ。
しかし、どうして本人よりも重い全身鎧を身に纏っているのに、あんなに動けるのだろう?
疑問に思ってインジャオさんをよく観察すると、ある事に気付く。
………………何か、ところどころ黒い。
骨としての、白さがなかった。
「………………インジャオさん。ちょっとそこの黒くなっている部分を触ってみても良いですか?」
「構わないよ」
ウルルさんからめっちゃ睨まれている気がする。
いや、取らないから!
気を取り直して触ってみる………………ひんやりすべすべ……叩いてみた。
甲高い金属音。
「……うん。何か金属というか鉄っぽい………………インジャオさん! 骨が鉄っぽくなっているよ!」
「えぇ! 何だって! どうしてそんな事に!」
驚いたっぽいインジャオさんは、黒く歪な棒状の何かをガジガジ噛んでいた。
何で今そんなモノ……を………………。
「………………インジャオさん。その噛んでいる棒状のは何ですか?」
「あぁ、これ。何か口寂しくて、最初はそこらの岩を棒にして噛んでいたのですが、それでも物足りなくなった頃に、ウルルが鉄の鉱石で用意してくれたモノです。最近では、アドル様が魔力を込めてくれますから、更に噛み応えが」
あっ、うん。
多分、原因はそれだ。
噛み砕かれて粉末状になった鉄が、骨に振りかけられる事で一体化したんじゃないだろうか。
よくはわからないけど、きっと魔力が込められているっていうのも重要な気がする。
………………まぁ、色々考えても正解かどうかはわからないので、考えるのを止めた。
そういう存在として認識しておけば、それで良いような気がする。
本人が一番気にしてないっぽいし。
ちなみに、アドルさん達の中で一番仲良くなったのは、鍛錬で一番時間を共有しているインジャオさんだ。
ついでに言うなら、インジャオさんの骨を噛み噛みしているウルルさんの歯も、同じような事になっていそうな気がする。
……確かめても良いけど、「歯、見せて下さい」とかどこの変態という話になるので、止めておいた。
そうして鍛錬中心の日々を過ごしていると、ついにその日が来る。
朝、珍しく起きていたアドルさんから、出発する事を告げられた。