別章 特大の先制攻撃
EB同盟と大魔王軍による最終決戦の火蓋が切って落とされた。
上官の指示の下、EB同盟は陣形のままに前進を開始する。
ここに居る者たちの強さは、まちまちだ。
得手不得手が存在し、使用する武器も違う。
似たようなレベルの者は居ても、同一の者は居ない。
強い者も居れば弱い者も居る。
それでも、一つだけ共通しているモノはあった。
今ここに居る者は、等しく戦士であるという事。
職業的な意味ではなく、精神的な意味での。
己はここで死を迎えるかもしれない。
だが、個人としては終わっても、集合体としてのEB同盟は勝利を掴んでみせる、と。
「お前が死んだら、あとは俺に任せろ」
「抜かせ! そっくりそのまま返してやるよ!」
似たような会話は、至るところで行われていた。
覚悟と共に、軽口でも言いたくなったのだろう。
何しろ、EB同盟の動きに合わせて、大魔王軍も前進を開始しているのだ。
ここまで接敵すれば、否応なしにも肌で感じる事が出来る。
大魔王軍から発せられる圧を。
これまで自分たちが相対してきた魔物たちは一線を画している、と。
まだ距離はあるのに、対峙しているだけで心の中に恐怖が生まれそうになる。
だが、もう事態は動き出した。
ちょっと待ったは効かない。
やり直しも出来ない。
恐怖が生まれても押し込め、払い除けて歩を進めるしかないのだ。
そんな者たちを鼓舞させるように、EB同盟側から、一気に前に飛び出す者たちが居た。
詩夕、常水、天乃、刀璃、咲穂、水連、樹の七人。
勇者たちである。
詩夕たちはバラけてEB同盟の最前列よりも前に飛び出し、各々武器を構えて唱え始めた。
それは、以前までの詩夕たちとは違うという事を証明するように、より洗練されて強化された力の体現。
「『憤怒が形作られる現実 現実が描かれるは大地 大地から隆起する憤怒』」
詠唱と共に樹が頭上で手を組み、大地に叩き付ける。
「『特殊武技・怒り狂う大地』」
それは、「拳術」、「土属性魔法」、「勇者」スキルが組み合わさる事で発動する特殊武技。
樹が組んだ手を叩き付けた場所から雷のような形に大地がひび割れていき、大魔王軍の前列まで辿り着くと、そこを起点に大地の広範囲が一気に崩壊する。
まるで、大口を開けたかのように。
範囲内の魔物は為す術なく飲み込まれていく。
「『凍結する身体 凍て付く思考 全てを停止させる吐息』」
詠唱と共に水連が杖を掲げ、その先端を大魔王軍に向ける。
「『特殊武技・氷結する霞』」
それは、「杖術」、「水属性魔法」、「勇者」スキルが組み合わさる事で発動する特殊武技。
以前とは違い、攻撃のみに特化した特殊武技。
杖の先端から放出されるのは白く輝く霧。
霧は蛇のように動き、大魔王軍の前列の一部を取り囲む。
瞬間、霧が取り囲んだ範囲はすべてが凍結し、風が吹けば砕け散っていった。
「『放たれるは意志 ばら撒かられるは誘い 降り注がれる死で旅立て』」
詠唱と共に咲穂が弓を引き、大魔王軍に向けて矢が放たれる。
「『特殊武技・降り続ける死の雨』」
それは、「弓術」、「風属性魔法」、「勇者」スキルが組み合わさる事で発動する特殊武技。
飛翔する矢は空中で分裂を繰り返し、瞬く間に空を覆い隠すような数まで増え、重力に従い大魔王軍に降り注がれて、刺さり貫いていく。
「『理解を断ち 常世に現れ 具現するは断罪の刃』」
詠唱と共に、刀を抜いた刀璃が、突きを放つような姿勢を取る。
「『特殊武技・死突き』」
それは、「刀術」、「時属性魔法」、「勇者」スキルが組み合わさる事で発動する特殊武技。
刀璃が構えるのと同時に、どこからともなく巨大な刀が出現。
そのまま刀璃が刀を突き出すと、巨大な刀が大魔王軍に向けて射出され、そのまま横断するように突き進んでいく。
「『輝きを塗り潰し 行く当てを閉ざし 煌めく光を消し去る漆黒』」
詠唱と共に、天乃が杖を頭上に掲げる。
「『特殊武技・遮る天幕』」
それは、「杖術」、「闇属性魔法」、「勇者」スキルが組み合わされる事によって発動する特殊武技。
掲げられた杖の先端から黒い球が空に向けて射出されて消え、大魔王軍の一部の頭上の空が黒く染まり、そこから黒いオーロラが降り注がれる。
黒いオーロラが降り注がれた範囲内の生物は、すべて消え去った。
「『それは我を通し それは眼前を吹き飛ばし 跡しか残らず』」
詠唱と共に常水が槍を構える。
「『特殊武技・水竜螺旋衝』」
それは、「槍術」、「水属性魔法」、「勇者」スキルが組み合わさる事によって発動する特殊武技。
常水が槍を回転させながら突き出すのと同時に、その先端から一筋の巨大な閃光が放出される。
閃光はそのまま大魔王軍に深く突き刺さりながら、魔物たちを焼失させていく。
「『定まらぬモノに指針を示し 描く事で世界に留まり 望んだままに現出する』」
詠唱と共に、詩夕が手を掲げれば後方に多数の魔法陣が出現する。
「『特殊武技・全属性剣魔法・烈火』」
それは、「剣術」、「全属性魔法」、「勇者」スキルが組み合わさる事によって発動する特殊武技。
多数の魔法陣それぞれから炎で構成された大剣が現れる。
詩夕が掲げた手を振り下ろせば、多数の炎の大剣が大魔王軍に向けて一気に射出され、魔物たちを斬り裂き、同時に燃やし尽くしていく。
これは、EB同盟による特大の先制攻撃。
以前とは違う特殊武技は、威力、範囲、そのすべてが上回っていて、大魔王軍の前列部分は甚大な被害を受け、一気に崩壊していく。
大魔王軍からしてみれば、出鼻を挫かれた形だろうか。
ただ、これは証明でもある。
詩夕たちが、勇者としてここまで強くなったという事の。
また、この光景はEB同盟に勢いがつくには充分であった。
『ウオオオオオオオオオオッ!』
崩壊した大魔王軍の前線を視界に捉えた者たちから、勝利を確信したかのような咆哮が上がる。




