別章 連絡 1
上大陸西部を進んでいくEB同盟。
順調に大魔王軍の拠点を撃破していき、その歩みをとめる魔物は現れない。
後方からの援軍も順調に増えていき、正に破竹の勢いと言って良いだろう。
その一因となったのは、やはり上大陸西部側に拠点を構えていた魔王の一人、魔王ヘルアト・ディダークが敗北した事が大きい。
EB同盟の士気は一気に増し、大魔王軍の士気は一気に下がる。
士気が上がれば普段以上の力を発揮する事も出来るし、士気が下がれば諦めも早い。
EB同盟は勢いを失う事なく進み、大魔王軍は勝手に瓦解していく。
大魔王軍の瓦解は自然の摂理のようなモノ。
まとめる役である魔王が居なくなり、従う必要がないと言わんばかりに魔物は己の本能に従って散り散りに去って、野生へと戻っていく。
そうなったのは、魔王の次が存在していないからだ。
一部、知性ある上官クラスの魔物が大魔王軍をまとめようと動くが、付いていく魔物の数はそう多くない。
何より、大魔王軍としての士気は低く、まともな連携が取れるような状態ではなかった。
勢いを増し続けているEB同盟からすれば、それはただの雑兵にしか過ぎない。
良くて、大軍隊を前にした少数の盗賊団でしかないだろう。
もちろん、結果は目に見えている。
なんの障害にもならずに駆逐されるだけだった。
また、後方からの支援も万全である。
戦闘に直結する武具や役立つ魔導具の運搬だけではなく、兵の補充や食事や鍛冶を専門としている支援要員も追加されていた。
もちろん、他にも食材や僅かながら酒なども随時届けられている。
常に万全の態勢で戦えるように、前線も後方も動いていた。
その甲斐もあってから、EB同盟側の被害はそれほどでもない。
まったくという訳ではないが……それでも、予め想定していたよりも少ないのは事実だ。
ただし、それは奥に進めば進むほど、被害は大きくなっていく……はずだった。
序盤は奇襲を仕掛ける事で被害をある程度減らせる事が出来る。
だが、そこでその場に居る大魔王軍のすべてを倒せる訳ではない。
ごく少数だろうが、逃亡して生き残るのは居るのだ。
そこからEB同盟側から戦端が開かれたという情報が洩れ、大魔王軍側も迎撃準備を進めていく。
時間を与えれば与えるだけ、迎撃準備がより強固で確実になっていくのは当然の事。
本来であれば、進めば進むほど、EB同盟の進攻はより困難となっていき、被害も大きくなっていくはずなのだ。
しかし、そうはならなかった。
何故なら、EB同盟が向かう先で待ち構えているはずの大魔王軍は、大抵の場合……無視出来ない損害を受けたあとだったのだから。
まるで、天がEB同盟に勝利を与えるかのような事が起こっていた。
ただ、そうなっている理由を、EB同盟内の一部だけが知っている。
EB同盟側の立つ続けの勝利の裏には、ある勢力が関わっていた。
それは――竜。
竜女王の指揮によって、竜たちが事前に無視出来ない程度の損害を与えていたのであった。
それに、竜たちも久し振りに思いっきり体を動かせるとあって、乗り気である。
竜たちによる大魔王軍への攻撃は、速やかに行われていた。
また、竜たちの役割はそれだけではない。
特定の人物たちへの連絡も兼ねていた。
―――
EB同盟に勢いがあるからといって、日夜問わず常に突き進んでいる訳ではない。
取るべき時は、きちんと休息を取っている。
大抵の場合は、一つの拠点を落とした時だ。
拠点を落とすたびに、先行調査として斥候を出し、大部分は落とした拠点できちんと休息を取る。
今もまたEB同盟は昨日落としたばかりの拠点で休息を取っていた。
といっても、廃村廃町が常であり、EB同盟が落として利用する際は、いくつもの篝火とテントが乱立しているような状態である。
そうしてテント同士の合間を縫うように、全身鎧の者――インジャオが進んでいく。
その足取りはしっかりとしていて、目的地は既に定められているようだ。
インジャオの足がとまったのは、利用している拠点の中では端の方にある大きなテントの前。
実際のところ、戦果や功績だけでいえば、この大きなテントは拠点の中でも中心部、それこそ、各国の代表者が集まっているような場所にあってもおかしくはなかった。
それでも端の方にあるのには、理由がある。
竜からの連絡を受ける場所でもあるため、端の方に設置しているのだ。
「入って大丈夫かな?」
インジャオは、大きなテントの中に呼びかけるようにそう尋ねる。
「……どうぞ。というか、好きに入って来て良いって言っているでしょ」
そう返事がされてから、インジャオが中に入る。
最初に目に付くのは、背もたれに体を預けた獣耳の女性――ウルル。
「いやいや、そう言われても確認は必要だよ。相手に対する気遣いや心配りという意味で」
「真面目ね。まぁ、そういうところはインジャオらしいけど」
ウルルは笑みを浮かべる。
「でも、今の私はインジャオの補佐なしじゃ何も出来ないようなモノなんだから、そこまで気にしなくても構わないわよ。それこそ既にもう色々見られているんだから。両腕がないって、ここまで不便になるのね」
やれやれ、とため息を吐くウルル。
その様子に、気取っているとか、我慢しているとか、無理をしているような様子はない。
自然体であった。
「でも、落ち込むような事にならないのは、やっぱり魔王の一人を倒したという事実と、アキミチとセミナスさんのおかげかな。義手が出来るまでの話だしね」
義手の話に疑いがないのは、これまで共に居た事でその実績を知っているからだろう。
ウルルの言葉に、インジャオも同意するように頷く。
そこで、何かを察したかのように、インジャオは近くに立てかけてあった大剣を手に取り、ウルルを庇うような立ち位置で構える。
ウルルは緊張感のある眼差しを大きなテント入口に向けた。
尋常ではない気配を感じたためである。
バサッ! と大きなテント入口の布が払われたかと思うと、綺麗に輝く白髪を持つ、ドレス姿の見目麗しい女性が跳び入ってきた。
インジャオをすり抜け、ウルルを抱き締める。
「健気! 安心して! 必要な素材があれば、私が全部用意してあげるからね! 好きなだけ頼りなさい!」
「それ、前も聞きましたから落ち着いてください」
白髪の女性がウルルに頬擦りし、ウルルが苦笑を浮かべるも、どこか嬉しそうにしている姿を見て、インジャオは構えを解く。
「いい加減、入る前に強い気配を発するのはやめていただけませんか? ミレナ様」
人の姿となった竜女王――ミレナが、ウルルを抱き締めたまま答える。
「そこはほら……中で何をやっているのかわからないですし、一度警戒させておけば、大丈夫かな?と」
「気が休まりません」
それでなくても、自分たちより強いのですから、とインジャオは内心で思う。
「それにしても、ウルルも嬉しそうですし、すっかり仲良くなりましたね」
インジャオが言ったように、ウルルとミレナはこの数カ月であっという間に仲良くなった。
その理由はミレナ曰く――。
「共に、自分の愛する者に尽くす喜びを知る者同士だからよ」
ミレナがダブルピースサインを取る。
片方の腕が、ウルルがしているように見せているのはきっとワザとなのだろう。
ウルルはその辺りも含めて理解し、その通りだと笑みを浮かべる。
インジャオに表情があれば、苦笑が浮かんでいただろう。
気持ちの中で苦笑を浮かべつつ、インジャオはミレナに尋ねる。
「それで、今日はどのような用件で?」
「ああ、そうそう。アキミチからの連絡。EB同盟と共に中央部にある廃城で合流して欲しいそうよ。詳しい話は合流してからって事らしいけど」




