誰にだって得意な事はある
台座の上にある黒い本と繋がっている筋骨隆々の魔物から、この場から逃げられないと言われた。
実際、入って来た扉は開かず、反対側にある扉も開かず。
………………。
………………早々に覚悟を固めなければいけない。
この部屋の中だけで生きていく覚悟を。
食糧とかは、そこの黒い本と繋がっている魔物にお願いすれば大丈夫かもしれない。
となると、一番の問題は……トイレか?
「ぐはははははっ! 我の名は『ウーノ』! 大魔王様からここの守護を任された、本の魔物! 我を倒さぬ限り、ここから出る事は叶わないと思え!」
両腕を大きく広げる筋骨隆々の魔物……言いにくいし、名乗ってくれたから、ウーノと呼ぼう。
いやいや、その前になんと言った?
倒せば出る事が出来る……だと。
折角固めようとした覚悟を返して欲しい。
そのウーノは余程自分に自信があるのか、そのまま高笑いを上げる。
「ぐははは」
「ちぇいっ!」
隙を突いて、素早くもう一度本を閉じた。
今度は開かないように、そのまま上から押さえつける。
勝った。
と思ったのがいけなかったのかもしれない。
開こうとする力が強過ぎる。
「「ぐぐぐぐぐ……」」
本から漏れ聞こえる声と被った。
俺も本気だが、向こうも本気のようだ。
負けん!
負けた。
決まり手は、押さえる手がつるっと滑った事。
だって仕方ないじゃない。
こっちは上から押さえているけど、本は横に開くのだから。
……ん? 力を向ける方向性を間違えた、の方が正しいかな。
それでも、一つだけ確かな事がある。
「「はぁ……はぁ……」」
互いに全力抵抗だったので、ちょっとインターバルが必要。
………………。
………………。
「いや……ね、こうして出て来た以上、こっちにもさ……はぁ……役割ってのがあってね。それを果たさない限りは帰れないから……そこんとこわかって」
「はぁ……すんません」
とりあえず、謝っておく。
「それでは、仕切り直しという事で」
「そうだね、それが良いと思う」
という訳で、やり直す事になった。
⦅この魔物……マスターと同類のような気がします⦆
失礼だな!
俺はあんなに筋肉盛り盛りじゃないぞ!
⦅そこではないのですが……⦆
何故か溜息を吐かれたような気がした。
そして、息を整え終わると、改めてウーノと向かい合う。
「ぐはははははっ! 本を開いた愚か者よ! 我を倒さぬ限り、ここから出ら」
「わかった!」
先手必勝とばかり襲いかかる。
何しろ、俺に攻撃の才能はない。(アドルさんたち談)
……つまり基本的に弱い、という事。
そんな俺が勝つためには、奇襲でもなんでも、ダメージを与えるチャンスは積極的にやっていかないといけない。
大きく振り被り、強く拳を握ってウーノを殴る。
メリッと、ウーノの頬にまともに入った。
「ぐふっ!」
「え? あれ?」
ウーノは黒い本に覆い被さるようにして倒れた。
思わず拳を見る。
……手応えがあり過ぎた。
………………。
………………はっ! まさか!
とうとう……とうとうなのか!
「魔物を一発! 俺の中に眠っていた力が遂に覚醒を」
「んな訳あるか!」
起き上がったウーノに怒られる。
「えぇ~、違うの? でも、現に一撃で沈んだし」
「それは決してお前の力が強くなったからではない! 我は本の魔物! 本は何で出来ている?」
「……紙?」
「そう! つまり、我は紙装甲なのだ!」
そうだったのかぁ!
ズガーン! と衝撃を受けた気がする。
「………………でもそれって、言ってて悲しくないの?」
「……もう悲しくないさ」
ウーノは、どこか遠いところを見ながらそう言った。
きっと、その言葉が言えるようになるまで、色々な事があったのかもしれない。
他の魔物から色々言われていそうだし……。
かなりの哀愁が漂っているし……。
俺は俯くようにしてウーノから視線を逸らし、鼻の下を一度こする。
「へっ……色々乗り越えてきたって事か……強いんだな、あんた」
「……フッ、サンキュ」
見なくてもわかる。
俺とウーノは、きっと笑みを浮かべているだろうという事が。
⦅……いつまで茶番をするつもりですか?⦆
茶番て!
……いやまぁ、茶番だけどさ。
一息吐いて気持ちを切り替える。
拳を掌に打ち付け、ウーノにやる気を見せた。
「……悪く思うなよ。俺はこの先に行かないといけない」
「そうだな。折角、波長が合いそうなヤツに出会えたというのに……敵とは残念だ。だが、これだけは言っておこう。確かに我は紙装甲だ。しかし、我を物理で倒すと、先へと進む扉は二度と開かない。ここは、そういう場所なのだ」
そういう場所って言われても……そんな事可能なの?
⦅虚偽と断ずるには判断材料が足りないというのもありますが、私の力を阻害するような結界を張れる者であれば……恐らく可能です⦆
セミナスさんがそう言うのなら間違いないと思っておいた方が良いと思う。
となると……。
「魔法……か?」
「いいや、違う」
正直言って……違うと言われて残念に思う。
漸く俺の魔法が火を噴くと思ったのに。
⦅そもそも、マスターが魔法を使えるという事実はなかったと思いますが?⦆
言われてみればそうだった。
寧ろ、魔法じゃなくて良かった、と思っておこう。
決して、魔法が使えないから悔しいのではない。
きっと今だけのはずだし。
「本とは知識の宝庫! 知識とは頭脳! そう! ここを通りたければ、我が出題する問題に答えなければならない! 正解なら通行可! 不正解なら帰り給え!」
「え? 帰って良いの?」
「……紙装甲の我が勝てるとでも?」
………………うん。無理だな。
⦅……フッ。かかってきなさい⦆
そして、どことなく自信満々気なセミナスさん。
まるで、知識で私に挑むとは愚の骨頂ですね、という感じ。
俺もそう思う。
「では第一問!」
おっと、一問では終わらない予感。
それでも、とりあえず雰囲気に合わせて心の中で音を鳴らす。
フォファッ!
「皇帝と奴隷。その間にあるのは?」
⦅身分差……格差……問題自体が曖昧なため、正解となる正しい言葉を選ぶ事が出来ません。もしくは、複数の正解が存在している可能性も⦆
いや、これって。
「『と』でしょ」
「正解!」
よし、と拳を握る。
⦅えええええっ! いや、意味不明なのですが? 何故「と」が正解なのか理解出来ません!⦆
セミナスさんが大音量で叫ぶ。
もう少しボリュームを……というか、あれ? なぞなぞって知らない?
⦅……?⦆
なんとなく困惑していそうな感じがする。
ただ、説明を求められても困るので、記憶を見る事が出来るというのなら、それで理解して貰いたい。
まぁ、クイズの種類の一つ、ぐらいの認識でも良さそうだけど。
⦅う~む……⦆
セミナスさんが唸っている。
もしかして……こういうのが苦手なのだろうか?
そうこうしている間に、ウーノが俺を指差して……いや、指差していなかった。
手の甲をこちらに見せるようにして、人差し指と小指だけが上げている。
「第二問!」
やっぱり続く……ちょっと待って。
もしかして、上がっていた人差し指と小指は「二」を表していたのかな?
独特というか、魔物世界ではそういう表し方が普通……とか?
……あっ、フォファッ!
⦅学習しました。今度こそ……⦆
何やらこれまでで、セミナスさんの一番のやる気を感じる。
「『え』を溜め込むと出来る武器とは?」
あぁ、それは――。
⦅………………くっ⦆
セミナスさんから悔しそうな声が聞こえた。
どうやら、本格的にこういうのが苦手なようだ。
「『エストック』でしょ」
「正解!」
⦅馬鹿なっ! 意味がわかりません!⦆
えっと……問題文の「溜め込む」を言い換えると「ストック」で、「え」を「ストック」するから、「エストック」になるという訳。
⦅むむむ……⦆
そう説明をするが、俺の内心はもうウッキウキである。
何しろ、なんでも知ってそうなセミナスさんに、まさか何かを教える日が来るとは思わなかったので。
⦅納得出来ません⦆
現実をきちんと認識しないといけないよ、セミナスさん。
にやり……と思わず笑みが浮かんでしまう。
「第三問!」
フォファッ!
今度は人差し指、小指に加えて、薬指が立っている。
このあともなぞなぞ問題は続いたが、セミナスさんは答える事が出来なかった。
もちろん、俺は即座に答えて全問正解。
どうやら、なぞなぞに関してだけは、俺はセミナスさんの上をいくようだ。




