別章 詩夕たち対魔王マリエム 4
勇者とは、理不尽な存在である。
勇者であるという意味に解釈はいくつかあるだろうが、大抵の場合、それは世界を救う力を持った者を指し示すだろう。
ただ、救う世界にも捉え方が存在する。
文字通り、誰しもが住まう世界と指しているか、それとも、自分の世界、もしくは誰かの世界を指しているのか。
しかし、どちらにしろ、理不尽な事に変わりはない。
追い込まれても諦めず、窮地から脱し、劣勢を跳ね除ける。
元々その力があったのか、火事場の馬鹿力か、はたまた運か。
間違いないのは、何度倒されても立ち上がり、最後は勝利を掴むという事だ。
どこで勇者の力が開花するかは、それこそ当人すらわからない。
けれど、一つだけ確かな事がある。
魔王マリエムと戦っている詩夕たちの、勇者としての力の本当の開花は……今であった。
詩夕たちがこの世界に召喚され、最初の大戦。
そこで勇者としてのスキルを得た。
だがそれは、目覚めでしかなく、発芽しただけ。
レベル制で言えば、MAX10レベルの力があったとしても、レベル1の力しか使用出来ないような状態。
勇者としての力の上澄みだけをすくって使用するようなモノ。
当然、真の力を発揮するまでには至らない。
それでもここまで戦う事が出来て、まがりなりにも魔王とやり合えるまで強くなったのは、本人たちの才能と努力によってなのは間違いない。
そうして強さを見に付けている間も、勇者としての力は成長していった。
ただ、それでも完全に目覚めた訳ではない。
才能と努力、時間だけでは、真の勇者には辿り着けないのだ。
足りないモノがある。
それは、意志。
最初、詩夕たちがその意志で求めた力は、生きるため、生き残るための力であった。
それに応えたのが、勇者としての力。スキル。
発芽したその力によって、詩夕たちは大戦を生き残る事が出来た。
勇者スキルによって、それだけの力が与えられたと言っても良い。
しかし、それだけでは足りない相手が、現在詩夕たちが相手にしている相手。魔王。
魔王に対抗、もしくは倒すためには、ただ生きるためだけの、生き残るためだけの力では足りない。
大きく、まったく、全然、少しも足りないのだ。
今、詩夕たちに必要なのは、生きるため、生き残るための力ではない。
勝つため、強くなるための力が必要なのだ。
そこに、その意志に、勇者スキルが応えて完全に開花し……遂に真の勇者として、詩夕たちはその身に勇者としての真の力を宿す。
―――
魔王という超常の存在を相手にして、詩夕たちは手も足も出ない状態だった。
いつこの戦いに決着がついてもおかしくないほどに。
それでも未だ戦い続けていられるのは、人数差と、この場所が大きく影響していると気付いていた。
何しろ、魔王マリエムは決して周囲の緑に被害が及ばないように動いていたからだ。
詩夕たちの放つ攻撃すら、周囲の緑に当たらないように計算されて対応されている。
これだけ攻撃を放っても魔王マリエムだけではなく、周囲にすら傷一つ付いていないのだ。
自分たちと魔王マリエムとの間にある力の差に、絶望しそうになる。
詩夕たちの誰しもが。
それでも諦めなかったのは、シャインがこの一戦で強くなれと言ったからだろう。
つまり、シャインは信じているのだ。
この一戦で詩夕たちが強くなると。
その信頼を感じているからこそ、詩夕たちは本当の意味で心が折れる事はなく、力の差があろうとも、魔王マリエムと戦い続ける事が出来ていた。
自分たちがこの一戦で強くなる可能性を信じて。
可能性があるとわかれば、あとはそこに向かって実直に進んでいくだけ。
成長が必要なら、成長してやろうじゃないか! という気概すら生まれる。
また、どれだけ強くなれば良いのかの指針は、既に全員の胸中にあった。
何しろ、ここ数カ月間、魔王リガジーを撃退したアドル、魔王ヘルアトを倒したインジャオとウルルとも、共に鍛錬を行っていたのだ。
だからこそ、自分にどれだけの力が足りないのかというのは、よくわかっていた。
また、詩夕たちにはある思いがあった。
それは、明道の事。
シャインは既に認めていて、大魔王戦に明道が向かう事は既に決まっている。
これは変えられない事実であり、明道本人もそのつもり。
今のままでは、自分たちは大魔王との戦いには向かえない。
強行して共に向かっても足手纏いになるのは明白。
そんな戦いに明道を向かわせ、自分は向かわないというのは認められないし、そうなれば自分を許せないと思っている。
詩夕たちにとっては、それこそが絶望といってよかった。
故に、詩夕たちは今以上の力を、強さを求める。
心のままに。本能のままに。求めるままに。
その思いに応えるのが、「勇者」スキル。
生きるための力だけではなく、強くなるための力を詩夕たちに与える。
最初に気付いたのは、詩夕だった。
これまでで一番鋭く斬撃を放つ事が出来たのだ。
感覚で、それを実感したかと思えば、その斬撃で初めて魔王マリエムに傷を付ける事が出来た。
直ぐ治ってしまいそうな、本当に僅かな傷。
それでも、これまではその傷一つ付ける事すら出来なかったのだ。
その出来事は、鋭くなった感覚をより実感する事になった。
それがきっかけとなったのか、他の者たちも似たような感覚を得ていく。
前衛である、常水は槍の突きが鋭くなったと感じ、刀璃は刀を振るう速度が増し、樹は体全体の動作速度が上がる。
後衛である、天乃と水連は魔法を放つ際の速度と魔力消費が少なくなり、咲穂は矢を射る速度が上昇した。
全員がそれぞれ、僅かながらの変化を感じ取っていく。
魔王マリエムもまた、詩夕たちの変化に気付いた。
しかし、それでも問題ないと結論付ける。
確かに傷付けられた事は驚いたが、傷とも言えぬ傷であり、力の差はまだあるのだから。
だが、その判断は早計であった。
詩夕たちの動きは各段によくなっていき、上昇し続ける。
余裕で受けとめる事も出来るし、かわす事も出来ていた攻撃は次第に鋭敏になっていき、魔王マリエムは次第に余裕を失っていく。
遂には、魔王マリエムはより確実に防御、もしくは回避を取るようになる。
元々人数差は存在していたのだ。
あった力の差もなくなってしまえば、追い込まれるのは魔王マリエムの方である。
「……異常なまでの成長。下手をすれば………………良いわ。あなたたちは、ここで排除するべきだと認識を改めましょう。……死んでもらいます」
魔王マリエムの圧が増し、詩夕たちはそれでも勝つのは自分たちだと身構える。




