別章 詩夕たち対魔王マリエム 2
魔王マリエムの「魔王の中での最強は自分」発言に対して、詩夕たちは特に動揺などはしなかった。
寧ろ、ピンとこないと言った方が正しいかもしれない。
何しろ、魔王リガジーにはアドルが、魔王ヘルアトにはインジャオとウルルが、そして、魔王マリエムには詩夕たちと、見事に対応している者がバラバラで、誰しもが僅かも他の魔物に関わっていないのだ。
つまり、強さの比較が出来ないのである。
だからこそ、魔王の中で最強と言われても、何を今更だとか、どの魔王も自分こそが最強だと思っていそうだとか、そういう感想しか抱かない。
なので、強さの順位など、当人たちしかわからないだろう。
それに、この場で魔王マリエムが詩夕たちに対して嘘を吐いて虚栄を張る意味はない。
故に、魔王マリエムの発言は……真実なのだ。
「ふっ」
前衛全員が飛ばされた中、一早く次の行動を取ったのは咲穂。
というよりは、前衛は軒並み体勢を崩し、天乃と水連が魔王マリエムに通用する魔法となるとそう連発は出来ないため、自分が最も速く動けると判断したのだ。
一か所に留まるような事はせず、常に移動し続け、草木で魔王マリエムの視界を遮りながら、連続で何発も矢を射り続ける。
魔王マリエムは、いくら矢を射られようとも無意味だと、すべての矢を掴み捨てていく。
けれど、咲穂としてはそれでよかった。
魔王マリエムが防ぐ動作を行っていれば、詩夕たちが行動を起こすだけの時間を稼げるのだから。
前衛の四人はその間に飛ばされて床に転がった体を直ぐに起こし、魔王マリエムに向けて襲いかかる。
後衛の天乃と水連もまた、一か所に留まるような事はせずに、移動をしながら魔法詠唱を始めた。
詩夕たちが何よりも優れているのは、力ではない。
そもそも、単純な戦闘能力であれば、シャインやアドルたちの方が上なのだ。
身体能力だけではなく、戦闘経験という意味でも。
それでもそんなシャインやアドルたちよりも優れている部分はある。
それは、連携。
息の合わせ方が非常に上手かった。
それこそ、1+1が2ではなく、3にも4にもなるように。
樹の拳が防がれようが常水の槍が突き出され、天乃と水連の魔法を避けようがその先には詩夕と刀璃の斬撃が待ち構え、六人が呼吸を整えるために離れた瞬間に咲穂の矢が乱れ撃ちされる。
全員が主攻であり助攻。
詩夕が攻撃されそうになれば咲穂の矢で牽制され、天乃と水連に向けて魔法を放とうとすれば常水が槍で振るって注意を引き、刀璃の刀が掴まれればすかさず樹の拳が掴む手に打たれる。
誰かが狙われれば誰かがカバーする。
七対一という状況ではあるが、詩夕たちの動きは一人の人間が決断して行動しているかのような繋がりがあった。
それでも、魔王マリエムには届かない。
魔王マリエムは状況に負ける事なく、一切傷を負う事もなく、詩夕たちの攻撃を防ぎきる。
焦りも見えず、疲れも感じさせない姿で。
端から見れば、詩夕たちと魔王マリエムの戦いは、どこか拮抗しているように見えなくもない。
しかし、どちらに余裕があるのかといえば、それは魔王マリエムの方であった。
その事は、相対している詩夕たちが一番理解している。
シャインが言っていた通り、魔王マリエムの方が強いのだと。
ただ、魔王マリエムの方も、ただ攻撃を防いでいるだけではない。
詩夕たちから繰り出される攻撃を完全に防ぎつつ、思考の一部は別の事を考え、とある事を試みていた。
それは、ただ空を切るように手を振っていただけ。
それで詩夕たちに何かが起こる訳でもなく。
だからだろうか、詩夕たちは気にしなかった。
だが、その結果、魔王マリエムはある結論を出す。
「なるほど」
ただ納得したと告げるだけの言葉。
けれど、突然そこだけを聞かされた方は、一体何がと疑問が生まれるだろう。
疑問は思考に靄をかけ、気を取られて反応が遅れる。
ただ、詩夕たちはそうはならなかった。
何がわかろうとも今更であり、魔王を倒すという目的に変更はないと考えたからだ。
しかし、魔王マリエムはそういう意図で発した訳ではない。
自分の中で出した結論の確認でしかなかった。
「今、私の中には、お前たちについて一つの結論と二つの考察が導き出されたわ。どちらかであると、私は確信している」
詩夕たちの攻撃を防ぎつつ、魔王マリエムは口を開く。
「一つの結論は、あなたたちは『勇者』ね? 大魔王と魔王たちは記憶を過去の記憶を共有しているから、よくわかるわ。あなたたちから感じられる力は、あの時相対した二人と非常に似て、いえ、同質と言っても良いもの」
あの時、とは大魔王であるララが封印された時の事。
相対した二人とは、アイオリとエアリーの事。
当然、詩夕たちは自分たちが「勇者」であるとは名乗っていない。
それでも、魔王マリエムの口調にはどこか確信があった。
間違いなく、詩夕たちは「勇者」である、と。
この短時間で見抜かれた事は、少しだけ衝撃だったのか、一瞬だが詩夕たちの動きに乱れが生じ、魔王マリエムとそれを見逃さない。
畳みかけるように、魔王マリエムは話を続ける。
「それと、二つの考察についてだけど……あなたたち、戦闘経験が足りていないんじゃないかしら? もう少し、相手の動きを正確に見抜く目をもった方が良いわよ?」
忠告ではない。
詩夕たちを下に見た口調であった。
「気付かなかったようね。私が、あなたたちの攻撃をいなしながら、何度か特殊な結界を張った事に」
張ったという結界がどういうモノかを説明する必要はないだろう。
同時に、詩夕たちの頭の中には、魔王マリエムが一見無意味に思えていた手を振っていた動作に、意味があった事を悟る。
「お前たちはどちらかしら? 神が解放されて結界を破る能力を得た者たちか、それとも、結界の性質に左右されない別世界の者たちか」
詩夕たちは内心だけで、見抜かれた、と驚愕する。
いずれはわかる事かもしれない。
しかし、この短時間で、しかも結界が通用しなかったというだけで、その結論に至る頭脳は危険で、詩夕たちの中で最強の魔王という言葉が現実味を増してきた。
だが、魔王マリエムはまだ口を閉じない。
「……まぁ、どちらでも関係ないけど、もし前者なら悲惨な結末を迎えるかもね? どうせ、今も戦力を上げるためにせっせと神を解放しているのでしょ? そして、ここにあなたたちが居るという事は、この隙にここの地下に封印されている神のところに向かっている別動隊が居てもおかしくないわね」
詩夕たちの脳裏に、明道たちの事が一瞬過ぎる。
「もしそうなら、その別動隊に希望を持たない方が良いわよ」
魔王マリエムは微笑む。
といっても、優しく、ではない。
氷のような冷笑を。




