別章 廃城 相対
詩夕たちとシャインが廃城内を進んでいく。
目指すは上階から感じられる、圧倒的な気配。
隠すつもりは一切なく、早くここまで来いと誘っているのではないかと思えるくらいだ。
ただ、非常にわかりやすい。
そこを目指せば良いのだ。
けれど、廃城とはいってもまだ大部分は残っていた。
廃城周辺にある残骸の町は、大魔王軍の魔物たちが好きに暴れた結果でもある。
しかし、廃城がまだ形としてある程度残っているのは、ここに魔王が居るからというだけではなく、廃城に滞在していた魔物たちが大人しかったからだ。
何しろ、ここには魔王が居る。
下手に暴れて不評を買い、少しでも機嫌を損ねてしまえば、その瞬間に消されてもおかしくない。
魔王と魔物の間には、絶対的な差がいくつも存在しているのだから。
それがわかっているからこそ、廃城は残骸とならずに済んでいた。
廃城内を進む者たちにとって、それが良い事か悪い事かはわからない。
どちらにしろ、魔物たちに潜伏場所を与えている事に変わりはなく、闇に潜み、襲撃者たちが奇襲を受ける事になるのだから。
ただし、今回の場合はそうならなかった。
何しろ、既にもう暴かれているのだから。
「確か、次の次を曲がったところに居るんだったよね?」
「そうだ。意識して気配を探ればわかる」
「まぁ、そこに居るとわかっているからね。気配も楽に探れるよ。確か、天井から襲いかかってくる、だったはず」
「それで間違いない」
確認のために詩夕は常水に尋ね、教えてもらった情報を確認する。
二人が言っている通り、そこで魔物が待ち伏せているのだ。
本来であれば、その魔物は非常に潜伏が上手い、寧ろ特化したような暗殺型だったのだが、潜伏場所が知られてしまい、その上、どのように攻撃してくるのかも知られてしまっている。
もうどうしようもなかった。
未だ対抗出来る大魔王、魔王を除けば、セミナスの情報は100%正確なのだ。
廃城内には未だ魔物が数体残り、詩夕たちはそれらを倒しながら強い気配の下に向かって進む。
倒しながらには理由がある。
セミナスの情報を疑っている訳ではないのだが、魔王戦に関する事は100%ではないため、不安要素というよりは、余計なモノを省いておきたいのだ。
それが廃城に残っている魔物たち。
詩夕たちとシャインが一直線に魔王の下へ向かい、そのまま戦闘に入る。
そこで横槍を入れられたくないのだ。
その可能性が捨てきれない以上、多少面倒ではあるが、魔物たちも倒しておいかないといけない。
といっても、既に全ての対処法を伝えられているため、詩夕たちを消耗させるような事にはならなかった。
魔物を倒しつつ、強い気配の下へと向かう。
上へ。上へ。
辿り着いた場所は最上階。
緑溢れる自然豊かな屋上テラスだった。
まるで世界が変わったかのように、ここだけは違う。
最上階全てを使用したかのように広く、緑に溢れ、流れる水の音が妙に心地良い。
大きな窓と、天井にはガラス張りのところがいくつかあるので、陽光もたっぷりと注がれている。
また、放置されているような状態ではなく、定期的に誰かが手入れを行っているかのように、綺麗で澄んだ場所となっていた。
詩夕たちとシャインがここに来るまでは、まさに廃城としか表現出来ないような状態であり、 既に滅んだ雰囲気だけしか感じられなかったのだが、ここだけは同じ廃城内であっても明確に違う。
世界が生きている……生命が溢れていた。
詩夕たちは雰囲気が唐突に変わった事に対する驚きを隠せない。
だからこそ、気付くのが遅れてしまった。
――丁度、草木の手入れを行っている人物に。
その人物は詩夕たちの存在など歯牙にもかけないというように、何も反応しない。
ただ、草木の手入れを行うだけ。
けれど、詩夕たちが感じ取っていた強い気配は、その人物から発せられている。
何より、その人物を視界に捉えた瞬間から、シャインは警戒するように視線を逸らしていない。
詩夕たちも少し遅れながらも、その人物へと視線を向ける。
その人物は、青い長髪の美しい女性だった。
人形のように非常に整った顔立ちで、彫刻品のようなグラマラスな体付きに、漆黒のドレスを身に纏っている。
普通であれば、その女性の美貌に誰しもが見惚れたかもしれない。
しかし、そうはならない理由がある。
その女性から発せられる強い気配は、近付けば実際に圧となって誰も近寄らせず、また美貌よりも目を惹くモノがあるからだ。
それは、その女性の頭部から生えている角。
捻じれて歪な角に、どうしても目を向けてしまう。
どういう存在であるかを理解させられてしまうかのように。
「……少し、待ってもらえるかしら? この子の水やりで終わりだから」
そう言って、その女性は小さなじょうろを使用して、小さな草木に水やりをする。
その女性が水やりを行う姿は、まるで絵画のようだった。
小さな草木を見る目からは、優しさ、慈愛を感じさせるからだ。
その様子だけを見れば、とてもではないが強い気配と圧を発している人物とは思えない。
しかし、詩夕たちとシャインは今も常に感じている。
だからこそ、その女性がどういう存在であるかを理解していた。
ゆっくりと、体に力を込めていく。
それこそ、いつでも動けるように。
何が起こっても対抗出来るように。
しかし、水やりを終えたその女性は、そんな詩夕たちの事に興味などないと背を見せて、小さなじょうろを近くある台座の上に置くだけ。
急に襲いかかるような事はせず、寧ろ優雅に、煌びやかに振り返って詩夕たちとシャインに視線を向ける。
とても冷めた目で。
「先ほどから外が騒がしいけれど、それはあなたたちのせいかしら? もしそうならやめてくれない? この子たちが怯えているように見えるもの」
そう言って、その女性は近くにある木の幹をそっと撫でる。
「……なら、大魔王軍はもう人を襲いませんか?」
答え尋ねたのは詩夕。
別に、本当にそうなるとは思っていない。
ただ聞いてみただけだ。
事実、その女性の答えは否だった。
「それは無理ね。だって、私が本当の喜びを得るためには、あなたたち人類が滅んでくれないといけないもの」
言い切るのと同時にその女性の圧力が増し、反応して詩夕たちは身構える。
その女性は冷めた目と共に冷笑を浮かべた。
「一応、名乗っておくわ。『マリエム・オブリズム』。魔王の一人よ」
魔王の一人、魔王マリエムとの戦いが始まる。




