誰にだって怖いモノはある
念のため奥の扉を確認すると、開く事が出来た。
先に進めるようで、ホッと安心。
正直、勝ったと胸を張って言えるような勝負じゃなかったし。
⦅正確に理解しているようで何よりです⦆
ほんと、セミナスさんのおかげです。
ここまで相性が良いというか、悪いというか、時間がかかると思わなかった。
思わず、脇に抱えている本を見る。
⦅それに関しては私も同意見です。まさかここまで時間のかかる相手だったとは⦆
でもあれって、今考えると物理的にでもいけたんじゃない?
⦅倒す事は可能ですが、推奨はしません⦆
どうして?
⦅この手のタイプは、強さの代わりに何かしらの能力を持っている可能性が高いのです。明確にルール付けした勝負方法以外で勝利した場合、どうなるかわかりません。先ほどの場合でいえば、二度と先に進める事が出来なくなり、この部屋から出る事も出来なくなる、という状況に陥っていてもおかしくありません⦆
普通にやって、普通に勝ててよかった。
ホッと安堵して、扉を開ける。
開けた先は、先ほど居た部屋とまったく同じ造りの部屋。
部屋自体は特に違いはない。
違いは一点。
先ほどの部屋は、中央に台座が置かれていた。
この部屋の中央には、こちらに背を向けて体育座りしている黒髪の少年が居た。
「えっと……」
この少年が結界の神様なのかな?
⦅はい。そうです⦆
そうらしい。
どれどれ、と前に回ろうとすると、そんな俺の動きに合わせて、黒髪の少年も動く。
向き合うためにじゃない。
俺に対して常に背中を見せるように、その場で器用に回り出したのだ。
それと、近寄る事も出来なかった。
近付こうと前に進むと、途中で透明の壁があるようにまったく進めなくなる。
というか、実際にペタペタと触れる事が出来た。
端から見ると、パントマイムしているように見えるんじゃないだろうか?
⦅結界が張られています⦆
え? これが? この透明の壁が結界なの?
⦅はい⦆
待って。
という事は……結界の神様が、近寄らせないように張っているって事?
⦅どうやらそのようです⦆
それは困る。
「えっと、結界の神様?」
声をかけると、結界の神様がビクッと反応するが、振り返って確認するような事はなかった。
「結界の神様! ここから解放しに来たので、ちょっと結界を解いてくれませんか?」
「………………」
反応なし。
どういう事?
ここから出たくないのだろうか?
⦅その可能性が高いと思われます。その原因となっているのは、恐怖です⦆
どういう事?
「そ……だ」
ん? 今、結界の神様、なんか言った?
「すみません。ちょっと聞こえなかったので、もう一度お願いします」
「外は危険だ」
……えっと、「外は危険」って事は……大魔王軍が怖いって事かな?
まぁ、こうして自分を封じた相手だしね。
ふと、そこで気付く。
セミナスさんは、結界の神様が大魔王、魔王の特殊な結界を破るために必要だと言った。
つまり、今この場に張られている結界である。
結界の神様がその結界を破れるとなると、だ。
わざわざ封じられた場所に居なくてもよくない? という事になる。
つまり、自ら出て行く事も可能だという事。
なのに、この場にこうして居た。
居続けた。
それは、大魔王軍が怖かったから。
でも、その感じるのもわかる。
魔王と会った時の事を思い出すと、今でも俺は恐怖を覚えるし。
それでも、今、これから、結界の神様の協力は必須だ。
「そこをなんとか協力していただけませんか? 結界の神様の力が必要なんです!」
「………………」
結界の神様は答えない。
でも、耳は傾けてくれている気はする。
問題は、結界の方だ。
今のままだと近付く事すら出来ない。
どうにか出来ない?
⦅……どうやら、認識を更新しなければいけないようです⦆
どういう事?
⦅結界の神は、既に大魔王、魔王の特殊結界を破る術を身に付けているようです。マスターを阻んでいる透明の壁は、その術を用いた結界のようで……申し訳ありませんが、力が制限されている今の私では突破口が見出せません⦆
……え? セミナスさんが匙を投げるの?
そんな事初めてだし、もうどうしようもないって事になるんだけど。
ちょっとした絶望感である。
となると、もう出来る事は一つしかない。
「お願いします! 協力してください! 大魔王軍が怖い気持ちはわかります! 俺も魔王と接敵して恐怖を覚えましたから! でも、今は怖くても戦う時なんです! 大魔王軍との決戦が始まったのです! そして、大魔王、魔王を倒すためには結界の神様の力が必要だから、お願いします! 戦えとは言いません! ただ、結界の神様の結界破りが必要なんです!」
言葉で訴えるしかない。
なので、思いつく限りの言葉を投げかけていく。
そうして一通り思いを伝えて、一息吐いていると、結界の神様が顔を少しだけ動かし、窺うように俺を見てくる。
「外は危険。それは変わらない。だけど………………本当に僕が必要なの?」
「はい。必要です」
多分、ここで否定をしちゃいけない気がする。
それと、目も背けない。
必要ですと訴えるように、結界の神様を見る。
「………………」
「………………」
「………………わかった。出ても良い。でも、絶対に戦闘には参加しない。それと、僕が作り出した結界破りの力は授けるけど、大魔王、魔王の前には絶対立たないから。約束出来る?」
大丈夫だよね?
⦅はい。問題ありません⦆
結界の神様の言葉に、まずは頷きを返す。
「はい。それで大丈夫です。決して、戦えとか、大魔王、魔王の前に立ってくださいとは言いません」
「……うん。わかった。なら、良いよ」
そう言って、結界の神様が立ち上がって俺を見る。
改めて確認。
黒髪に、黒目の優しそうな少年の顔立ち。
見た目で言えば、武技の神様と同じくらいだろう。
ただ、服装が貴族っぽい仕立ての良い黒の上下なので、丁度武技の神様とは正反対の印象を受ける。
武技の神様は活発って感じ。
結界の神様は大人しいって感じ。
「……誰かと比べてない? ……誰と比べているのかはなんとなくわかるけど」
「えっと、すみません」
読まれていたようなので、謝っておく。
「まぁ、良いよ。とりあえず、今の状況を教えてくれる? それと、誰に結界破りを授ければ良いのかも」
「はい」
結界の神様に、これまでの事を教え、結界破りを授けて欲しいアドルさんたちの事を伝える。




