なんだかんだ現れるのは居る
結界を越えると、これまでの例に漏れず黒い神殿があった。
あの中に、結界の神様が封じられている。
気持ちとしては早く行ってパパッと片付けて、結界の神様にはアドルさんたちの援護に向かって欲しいけど、まずは一旦落ち着こう。
焦るとミスる。
一番の近道が遠回りだった、なんて事も世の中にはあるんだから。
深呼吸して一拍置く。
……セミナスさん。
⦅はい。なんでしょうか?⦆
まずは、セミナスさんの受けている影響を教えて。
以前と違うのは、セミナスさんが強化されているという事。
そこが一番変化しているはずだから、結界の影響でどうなっているのか知りたい。
⦅はい。確認します。………………確認しました。まず、『未来予測』系は軒並み確認出来る時間が延びています。以前は瞬間的でしたが、今は、一分は先を見通す事が可能です⦆
一分……いや、前が瞬間的だった事と比べると、充分向上している。
セミナスさんが強化されてなお、それだけの影響を与えるこの結界が異常なのだ。
⦅それには同意見です。それと、ASですが、私が起動、それと動作自体は問題ありませんが、反応速度と距離に影響が確認出来ました。無線式ですので仕方ない事ではありますが、若干反応が遅れるのと、距離に制限があります⦆
ASもか。
有線式なら違うようだけど、こればっかりは仕方ない。
距離の制限ってどれくらい?
⦅マスターから離れれば離れるほどに反応速度は落ち、まともに動かせるのは、精々一メートル以内といったところです⦆
うーん……充分なのか、足りないのか、ちょっと判別が出来ない。
でも、通常が縦横無尽なのを踏まえると、かなりの影響だというのはわかる。
⦅現在確認出来る影響は、そのくらいです⦆
そっか。ありがとう。
気を引き締めるには充分です。
パチン! と両手で両頬を叩いて気合注入。
よし、行くぞ!
黒い神殿に進入する。
―――
黒い神殿内部は、やはり何もない。
いつも通り殺風景だ。
あるのは、下に続く階段だけ。
……罠の類は?
⦅今のところ見当たりません。ないと判断します⦆
それでも、油断して良い場所じゃないので、警戒は常にしつつ、ゆっくりと進んでいく。
セミナスさんの力に制限がかけられている以上、今は慎重過ぎなくらいが丁度良い。
⦅賢明な判断です、マスター⦆
ありがとう。
階段を下りると、奥に続く一本道があり、その奥には扉がある。
壁に穴も空いていないし、床に変な途切れ目もない。
ここも罠はない?
⦅上と同じく見当たりません。ないと判断します⦆
そっか。
となると……この流れは、もしかして戦闘系?
⦅その可能性は否定出来ません⦆
もしそうなら、出来れば楽な相手でありますように、と願いつつ、扉を開けて中を確認。
………………。
………………。
一旦閉じる。
反対側の階段の方を見る。
いやいや、さすがに戻るのは駄目だ。
それに、一旦扉を閉じた訳だし、中が変わっているかもしれない。
そんな可能性もある。
⦅ありません⦆
希望を潰さないで。
それでも、と願いつつ、扉を開けて中を確認。
……変わってない。
⦅マスター。こういう場合は不可避ですので、さっさと行って、サクッと終わらせるのが、一番早く終わる対処法です⦆
それはわかっているんだけど、面倒くさい予感しかないんだよね。
……でも、行くしかない。
意を決して、中に入る。
入った先は、中央に台座があり、奥に扉があるだけの、それ以外には何もない殺風景な部屋。
でも、その台座が問題。
とりあえず、何も考えずに奥の扉に向かう。
……開かない。だよね。
やはり、アレをどうにかしないといけないようだ。
なので、台座のところまで戻る。
台座の上には、本が一冊置かれていた。
やっぱり、黒い表紙で、これまでに二度見た事がある本。
……このまま燃やせばクリアになるんじゃないだろうか?
⦅なるほど。良いですね。そうしましょう。ですが、問題があります。火がありません。点ける道具も持っていません⦆
だよね。わかっている。
思ってみただけ。
それに、さすがに人道的にもね。
……あっ、このまま開かずに結界の外に放り投げれば良いんじゃない?
それで脅威は排除したって事で、勝利にならないだろうか?
脅威かどうかは微妙なラインだけど。
⦅残念ですが、この部屋の外には持ち出せない仕様になっているようです⦆
用意周到な事で。
……もうパッと策は思い付かない。
やはり、直接対決しかないようだ。
なので、黒い表紙の本を開く。
開いたページから黒い煙が立ち昇り、それが筋骨隆々な人型の男性を形作っていく。
現れたのは、頭に角があり、上半身はムキムキの裸で下半身は腰みのだけの存在。
足は煙となって黒い本と繋がっていた。
それと――。
「……ふっ」
眼鏡装備で、こちらを値踏みするような視線を向けてくる。
「その髪色、表情、体型……兄弟か」
「誰が兄弟だ。俺は一度たりとも認めていない」
「その態度は好意の裏返しって事か。いい加減素直になれよ、兄弟」
「自分に素直に口を開いているけど」
なんだろう。
ちょっとイラッとする。
「まっ、それが兄弟だもんな」
パチン、とウインクされた。
マジで殴りたくなる。
⦅確かに、少々ウザ……面倒くさくなっているような気がしないでもありません⦆
セミナスさんも同じような事を感じているようだ。
「まずは、お決まりの言葉を言わせてもらう。本を開いた愚か者よ。我を倒さぬ限り、ここから出る事は不可能である。我を倒して先に進むか、我に倒されてここで終わるか。さぁ、お前の運命を決めるダイスを振ろうではないか」
………………。
………………。
「ダイス、あるの?」
「ない」
「……言ってみてかっただけ?」
「言ってみたかっただけ」
あっ、やっぱ変わってないな。
眼鏡装備で少しは知的キャラに見えなくもないけど、中身は変わっていないな、これ。
「何故我を残念な者を見るような目で見る。どうやら、その目は節穴のようだ」
「というと?」
「我は前回の敗北で更に悟った。知識と身体。両方揃ってこそ、真の勝利は得られるのだと」
「はぁ」
「あれから勉強も続け、肉体も鍛えた。心技体、全てが揃った我は、まさに至高の存在! そして、この本は初版。我ももう、あとには引けぬ。さぁ、これまで続いた因縁に終止符を打とうではないか!」
因縁? ……あっただろうか?
でも、やっぱり変わってないわ、こいつ。
とりあえず、知的キャラでないのなら、眼鏡を外して欲しい。




