ただ合わせればいいってモノじゃない
これまでの概要を伝え、手紙を渡し終わると、今後の事を話す。
具体的に言えば、数か月後にEB同盟と大魔王軍の決戦が始まる事と、それまでの間、セミナスさんが直に全員を鍛え上げるという事である。
この提案、特にセミナスさんの課す鍛錬に対して、アドルさんとシャインさんは喜んだ。
アドルさんは魔王との戦いに勝てる力を望んでいて、シャインさんはそもそも誰にも負けない強さを望んでいる。
シャインさんの強さを求める理由を知った今となっては、好きなだけ強くなってください、としか言えない。
丁度その頃になってから、インジャオさんとウルルさんが戻ってきた。
大量の鉱石と共に。
なんでも、オリハルコンゴーレムを相手に鍛錬を行い、斬れるようになるまで頑張っていたそうだ。
「えっと、それでこうしてたくさんの鉱石があるって事は……」
「斬れるようになってからもなんか次々現れてくるから、つい楽しくなって……」
出来るようになってテンションが爆上がりしちゃったのかな>
ハイになった、とも言う。
「放置する訳にもいかないし、色々利用出来るから……持ってきちゃった」
ウルルさんはご満悦。
インジャオさんに与えるつもりなんだろう。
でも、明らかに過剰じゃない? と思える量なんだけど。
市場に流せば、かなり値崩れするのは間違いない。
ここまであると、逆にありがたみが一切感じられないし。
「大丈夫! 全部使い切るから! ダーリンの強化に全部使うから! 絶対外に、市場になんか出さないから!」
いや、別に疑ってはいないんで、大丈夫です。
ただ、インジャオさんがオリハルコンで強化される事に反応した方が居る。
「オリハルコンスケルトン。合わせて、『オリハルトン』もしくは『スケルコン』。……良いのでは?」
セミナスさんの了承が出たので、もうとめる事は出来ない。
インジャオさんとウルルさんがもってきたオリハルコンは、全部強化にあてられるだろう。
ただ、その略式名称はちょっと……。
インジャオさんとウルルさんにもこれまでの事をきちんと伝えると、セミナスさんからの鍛錬は寧ろ望むところといった感じだった。
「たかがオリハルコンが斬れるようになった程度で、随分と調子に乗っていますね。まずはその増長した自信を叩き折ってあげます」
折るのは自信だけにして欲しい。
インジャオさんの場合、その他を折ってしまうと、致命的になってしまうから。
セミナスさんが殺る気じゃない事を切に願う。
そうして、鍛錬が始まる。
まず、詩夕たちに関しては――。
「マスターの記憶から、この世界よりも平和な世界から召喚された事は知っています。それでもなお、ここまでよく頑張りました。特に序盤は危機的状況に陥る事もあったでしょう。それを乗り越えて今があるのです。大した者たちだと、私は認めます」
セミナスさんがここまで誰かを褒めるのは初めてじゃないだろうか?
詩夕たちも、どことなく感じ入っているように見えなくもない。
「特に、『勇者』スキルを身に付けてからは、一気に強さも高まり、敵を退けてきた事でしょう」
いやぁ~、と照れる詩夕たち。
でも、俺は逆に危機感を覚えていた。
セミナスさんが、ただ相手を褒めるだけなんてのは……ありえない、と。
「だからこそ、序盤以降が上手くいき過ぎてしまったからこそ、自分の命に対する危機感が薄れ、感覚が鈍っています」
ほらね。
「確かに、これまでの鍛錬で基礎的なステータスは上がっていますが、それを活かす事が出来る精神が未熟なままです」
詩夕たちも、何やら雲行きが怪しくなってきた事を悟ったようだ。
「これからあなたたちが相手にするのは大魔王、魔王クラス。故に、相手を知らなければいけません。たとえ自分の命を懸けようとも、世の中にはどうしようもない理不尽な存在が居るという事を」
セミナスさんが、パチンと指を鳴らす。
すると、セミナスさんの両脇を固めるように、シャインさんとドラロスさんが現れた。
……見た目だけで言えば、どこかの悪の組織のボスと幹部みたい。
シャインさんとドラロスさんが、入念な準備運動を始める。
……えっと、もしかしてだけど。
「これからあなたたちには、そこのエルフと竜を同時に相手取ってもらいます。もちろん、全力の」
付け足された全力という言葉に、詩夕たちの表情が引きつった。
そんな事は気にしないと、シャインさんとドラロスさんが、セミナスさんに声をかける。
「本当に全力でやっていいのか?」
「構いません。本当に殺しそうな時は、私がとめますので。必要なのは今一度死闘を経験する事で感覚を鋭くし、精神を鍛え上げる事です」
「我も本当にいいのか?」
「構いません。今の内に魔王がどのレベルの強さかを知れば、いい目標になるでしょう」
「「じゃ、遠慮なく」」
「あっ、殺気も全開でお願いします」
「「かしこまり!」」
楽しそうに答えるシャインさんとドラロスさん。
そこから先は、まさに阿鼻叫喚だった。
まだまだ力の差があるのか、そう長い時間じゃなかったのは、きっと救いだと思う。
「あなたたちにとって、この経験が今後の糧となります。大魔王、魔王レベルを知るというのは、それだけ大事な事なのです。これから、このレベルとまともに戦えるまで鍛え上げますので、そのつもりでいてください」
………………。
「えっと……セミナスさん」
「なんですか? マスター」
「全員、気絶しているから聞こえていないと思うんだけど」
セミナスさんが詩夕たちの様子を確認する。
ちなみに、シャインさんとドラロスさんは、少し離れた位置でそのままやり合い始めた。
もうそのままやり合い続ければ良いと思う。
「ふむ。睡眠学習が出来るのですから、気絶していても学習は出来るでしょう」
「いや、そもそもの意識というか、状態が違うから無理だと思うんだけど。ところで、俺は大丈夫なの? その、詩夕たちみたいな経験をしなくて? 決してやりたい訳じゃないけど」
「大丈夫です。マスターは既に魔王の一人と対峙するという経験をしていますので」
あぁ、アレね。
アレは本当に怖かった。
というか、俺の場合は基本的に攻撃能力がないから、誰だって脅威なんだよね。
そう思っていると、セミナスさんが声をかけてくる。
「それとも、やりたいですか?」
「いえ、大丈夫です」
見ていただけでお腹一杯です。
そして、この経験が活かされたのか、詩夕たちはこれからメキメキと強くなっていく……と、セミナスさんが保証していた。




