選択肢が一つだけとは限らない
それで、セミナスさん。
どうすれば、セミナスさんがこの体に移る事が出来るの?
⦅それはもちろん、眠り姫を起こすのは愛する者の口づけと定められています⦆
まぁ、物語とかの中だとね。
⦅つまり、その身の内に私への大きな愛を持つマスターが口づけする事によって、私が目覚めるという奇跡が起こるのです。あとは、二人は愛の名の下に幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。と終わるのです⦆
終わっちゃった!
いや、大魔王軍とかどうなったの?
なんかそこら辺の描写が一切なかったけど?
⦅問題ありません。なんだかんだと、その手の問題は全て愛の名の下に解決です⦆
ゴリ押し感!
というか、なんか周りから視線が集中しているような気がする……というか、集中していた。
エイトたちが、ジッと俺を見ている。
俺が気付いた事に気付いたのか、エイトがスッと前に出て来た。
「ご主人様」
「何?」
「眠れるものを起こすのなら、やはりここは口づけ一択かと。いえ、寧ろ、他の選択肢は存在しません」
「エイトもか……というか、皆もか」
エイトの言葉に、ワンたちがその通りだと頷きを返している。
「いや、それは固定観念に囚われ過ぎじゃないかな? もっと可能性という翼を広げても良いと思うけど?」
「時には因習に従うのも重要な事なのです。前例があるからこその定めなのですから」
どうしてもその方向にもっていきたいようだ。
「……で、本当の狙いは?」
「本番で失敗してはいけません。本番で足元を滑らせて鼻ちゅーなどありえません。もしくは、眼鏡にぶつかってしまう場合もあります。ですので、ここは一つ、エイトで練習してから本番に挑む事を提案します」
『異議あり!』
俺じゃなく、ワンたちから異議が上がった。
『練習なら――』
と自分を指し示して、他の皆が同じ行動を取っている事に気付き、バチバチと睨み合う。
仲の良い姉妹はどこに行ってしまったんだろうか。
……まぁ、全く同じ行動をしているから、ある意味で仲が良いと言えるけど。
⦅マスター。練習など必要ありません。ささっ。早く本番を⦆
セミナスさんはセミナスさんでしれっと催促してくるし。
口づけじゃなくても移る事は出来るでしょ?
とりあえず、この事態の解決は、セミナスさんに体に移ってもらう事である。
で、本当のところ、どうすれば移る事が出来るの?
⦅マスターが私の体に直接触れていれば可能です⦆
なんだ。それくらいなら。
セミナスさんの体の手に触れる。
⦅胸でも構いませんが? 寧ろ、ここは一つ。ガッ! と、やっていただいても⦆
しません。
⦅なんでしたら、マニアックにへそでも構いませんが?⦆
構います。
というか、それで俺がへそに触れたらどうするの?
⦅どうする? とは? 特に何も……いえ、これだと語弊があります。そうですね。常に見ていたいと思うならへそ出しルックで、独占欲を出されるならへそを見せないような服装にします。しかし、独占欲の場合、水着を選ぶ時にビキニタイプが難しいです。……いえ、上からTシャツを着れば……⦆
どうしてへその話でそこに辿り着くのかわからないけど、なんとなく受け入れる方向で話が進むというのはよくわかった。
でも、いつまでも手に触れておくのも恥ずかしいので、そろそろ移ってくれませんか?
漸く、なんだし。
⦅かしこまりました。では⦆
そう言い終わるのと同時に、俺の中から何かが抜けていく感覚が……。
そして、セミナスさんの体の目がゆっくりと開かれる。
セミナスさんの目は輝く金色だった。
パチパチっと瞬きをしたあと、輝く金色の目が俺に向けられる。
「……こうして対面するのは初めてですね、マスター」
「えっと、セミナスさん、で良いんだよね?」
「はい。もちろんです」
セミナスさんがニッコリと笑みを浮かべる。
というか、声質まで同じとか、普通に凄いと思う。
違和感なく受け入れられた。
セミナスさんがゆっくりと身を起こし、台座から下りる。
その間に、エイトたちは俺の後方を陣取った。
なんか俺の事を盾にしていないか?
「どうした?」
「わかりません。わかりませんが……逆らってはいけない雰囲気を感じます。ニセミチと同じです。エイトたちとは別シリーズ。その上、別格の存在です」
『同意』
エイトの言葉に、ワンたちが同意する。
仲の良い姉妹だ。
「大丈夫。中身はセミナスさんだから」
「その話は先ほど聞きました。意識を移すための体として、エイトたちと同じ神造生命体の体を用意したと。ですが、違います。似ていますが、根本の部分で違うのです」
どうやら、本当にそう感じているのか、萎縮してしまっている。
ワンたちも同様。
俺は特にそういう事は思わないけど、エイトたちは似たような存在だからこそ、より明確な違いというのを鋭敏に感じ取っているのかもしれない。
これは……どうしたら良いの? セミナスさん。
………………セミナスさん?
あっ、今は俺の中に居ないから、直接聞かないといけないのか。
「セミナスさん。エイトたちが本気で委縮しているけど、どういう事?」
「答えはそのまま。私が別格だからです。そう……女としての格が違うのです」
『異議あり!』
セミナスさんの言葉に、エイトたちが揃って反論する。
どうやら、萎縮していても反骨心は失われていないようだ。
「まぁ、その話は追々決着をつけるとして、結論から言えば、この体は正確には神造生命体ではありません。『神造超生命体』のようです」
「それってつまり……」
「はい。どうやら造形の女神共が頑張ったようですね。竜素材が使用されています」
「それは、まぁ……」
相当頑張ったんだろうな。
それに関しては俺も感謝する。
でも、なんだろうな。
多分だけど、セミナスさんを恐れてか、それとも、ここで「神造超生命体」にしておけば、後々解放された時に大きなご褒美をもらえるかもしれないとか、そんな事を考えての行動に思えてしまう。
いや、これは疑い過ぎかもしれない。
……まぁ、造形の女神様たちの性格を考えれば、両方っぽいけど。
「でも、それだと、セミナスさんに対して、エイトたちはこのまま?」
「いえ、簡単に解決出来ますが、どうされますか?」
「そりゃ、こんな状態よりは、普通の方が良いのは間違いないけど」
「では、解決しましょう」
セミナスさんがエイトたちに視線を向ける。
「今の私はまさしく全てを見通します。私と友誼を結べば、マスターとあ~んな事や、こ~んな事も可能です」
『友誼を結びます』
お願いします、とエイトたちがセミナスさんに向けて、握手するように手を差し出していた。
行動が速い。
なんか俺がダシに使われたけど……仲良くしてくれるのなら、まぁ、いっか。




