これでも頑張ったんだよ……俺なりに
唐突に異世界に飛ばされてから、それなりの月日が経った。
正確な日数はちょっとわからない。
そもそも、飛ばされる前に持っていた物は筆記用具しかなかった。
今更ながらに思う。
熊のような魔物と出会った時、筆記用具を武器として使えば良かったと。
………………。
………………。
シャーペンで目潰しくらいなら……いや、無理か。
という訳で、十日くらいまでは頭の中で数えていたのだが、もう面倒になったので止めた。
そんな俺が、この異世界で生きて親友たちに会うために最初に取り組んだのは……「言語」である。
ボディランゲージで上手く伝えられるか自信がないし、地面に絵を描く事も考えたが、それは俺の絵心に難ありと判断して断念した。
だからこそ、「言語」だ。
この異世界でコミュニケーションを取るために、必ず必要と言っても良い。
………………。
………………。
親友たちも、俺と同じような苦労をしているのだろうか?
……いや、その可能性は低いような気がする。
何しろ、親友たちは本命で、俺はおまけなのだから、ご都合主義とか働いてそうだ。
………………もしそうなら、文句の一つも言いたい。
その思いが、俺のやる気に燃料をガンガン投入していく。
絶対マスターしてやる!
なので、頑張った。
だから、頑張った。
トノサマバッタ。
最初は「木」や「草」や「空」なんかの、俺でもそれだと認識出来る言葉を、行動を共にして助けてくれる三人から教わりつつ、五十音表も作成して、発声しながら死ぬ気で覚えていく。
食事の方は頼りっ放しになってしまうのが申し訳なかったけど、何より困ったのはトイレ。
……いや、だって、ここ森の中だし。
川が近くにあるから洗濯や体を拭く事も出来るので問題ないけど、日本で使っているようなトイレがある訳がないし、野宿なので外だけど……行く時にどう言えば良いのか……上手く伝わらず付いて来られても……という訳で、本当に困った。
ボディランゲージの技術が上がったのは間違いないと思う。
あとはまぁ、開放的だったとしか言えない。
うっかり新しい扉を開くところだったとも言える。
でも、不思議な事に、服はなんか用意されていた。下着類も。
といっても、異世界産なので、ごわごわしているとか縫いが甘いとかはあったけど、文句は言うまい。
何しろ、制服だけじゃどうしようもなかったしね。
でも、何故か下着類の着心地だけはもの凄く良かった。
下手をしたら地球産を超えるくらいに。
これが特殊なら良いけど、もし普通なら……この異世界、侮れない。
……けど、だったらなんで上着類はこんなに雑なんだろう。
下着類に並々ならぬ情熱を注ぐ世界なのかな?
……それにしても、なんか三人の俺に対する準備が良くない?
そう思う理由の一つに、服のサイズがある。
ピッタシなのだ。
SとかLとかはなく、Mできちんと統一されている。
不思議だなぁ……。
そんな感じで苦戦しつつも、少しずつ言葉を覚えていくと……三人が「日本語」を先に覚えた。
………………何がいけなかったのだろう。
俺の灰色の脳細胞が負けるなんて!
しかし、そこからの習得は早かった。
何しろ、三人が日本語を使えるようになったのだから、活用する事で意思疎通が取れ、効率も上がるというモノ。
……ふっ、なるほど。
俺の灰色の脳細胞は、これが狙いだったのか。
「それは絶対に違うな」
「そう自分を慰めなくても良いですよ。少しずつでも覚えていっているのは間違いないのですから」
「大切なのは、出来ると信じる事だからね」
……くっ。
思わず拳を握ってしまった。
この程度で俺が終わると思うなよ!
ほら、さっさと次の言葉を教えんさいっ!
そして、それなりの日数はかかったが、思ったよりは随分早くに、俺はこの異世界の言葉を理解した。
……その事は嬉しいのだが、どうにも納得がいかない。
英語すら満足に覚えられなかった俺が、異世界の言葉をこうも簡単に習得出来るモノだろうか?
でも、これに関しては答えが出せない。
確認のしようがないのだ。
仮説を立てるなら、世界を飛び越えた事で、俺の脳力が上がった? とか?
………………。
………………地味だな。
そういうのは、魔法とか特殊能力とか、そっちでお願いしておきたい。
でもまぁ、折角言葉が喋れるようになったのだから、そういう事も含めて、この世界の事を三人に聞けば良いのだ。
「という訳で、色々教えてつかぁ~さい」
「……偶に変な言葉遣いをするな、お前は」
色白の男性がそう答える。
話せるようになってからわかったのだが、この色白の男性がリーダーっぽい。
なので、色々と話を聞かせて欲しいと尋ねると、それなら長い話になるからと、夕食時を指定された。
それまでは、全身鎧の人? と共に鍛錬である。
……そう、鍛錬なのだ。
「言語」を習得しつつ、心身ともに鍛えていく日々も過ごしていた。
………………決して、しごきではない。
………………うん。しごきではない。
そう思わないと……やってられない、事はないんだからね!
……違う、よね?
でも、異世界で生き抜くために必要なのは「言語」だけではなく、自分自身の「強さ」も大事なのだから、泣き言は言っていられない。
親友たちに会うためにも。
という訳で、身体能力の向上と、武器の扱いに慣れる事を目標にしていた。
あるかどうかもわからない「魔法」に関しては、俺がこの世界の言葉を理解してからだと思ったからだ。
……呪文があったら言えないし。
幸いにして、熊? のような動物を一刀したり、大きな蛇を手刀で殺ったりするような人達が居るので、教えを乞う相手に困る事はないと思う。
………………多分。
鍛錬をし始めたのは、まだ言葉を理解していなかった時のため、何とか身振り手振りで伝え、通じた時はホッと安堵する。
最初から全力は無理だから!
ほんと無理だから!
そうして、カタコトだけどやり取りが出来るようになった頃、あの熊? ……やっぱり魔物だった事が発覚する。
ついでに大きな蛇も。
そういう認識だったけど、いざ魔物という存在が居ると肯定されるのは……ちょっと怖い。
ただ、普通に動物や野生の獣も居るみたいだけど、明確な違いがよくわからない。
なんでも、体内に一定以上の魔力を保有しているのが、魔物との事。
それ以上は、まだ「言語」が未熟だったため理解出来なかった。
もちろん、対魔物戦も経験した。
簡素な剣と盾だけ渡されて、相手取る。
ちなみに、武器の提供は、全身鎧の人? だ。
………………。
………………。
いやいやいやいや、無理無理無理無理。
まず勝てる訳ない!
いや、そもそも、俺が勝てると思ってやらせていないっぽい。
魔物を相手にする経験を積ませているような気がする。
実際、危なそうになったら助けてくれるし。
……ただ、死んだ魔物がグロくて吐いた。
でも、きっと……これがこの異世界の普通なのである。
ここを乗り越えないと、生きていくのが難しいと思う。
踏ん張りどころという訳だ。
だから、踏ん張った。
なので、踏ん張った。
ショウリョウバッタ。
その甲斐あってか、「言語」を習得した頃には、魔物に対してある程度は慣れて吐く事もなくなり、俺の体はこれまでの人生の中で一番鍛え抜かれていた。
「わははっ! どうよ、この力こぶ! そして、割れた腹筋!」
「……可もなく不可もなく」
「平均よりちょい下って感じですかね」
「普通」
色白の男性、全身鎧の人? 獣耳の女性の順に、そう判断される。
心が折れそう……。
いやわかるよ。
こういうのは継続が大事なのであって、そんな簡単に身に付かないという事を。
でも、少しくらいは褒めて欲しかった。
そして、夕食時に、俺は三人からこの異世界の事を聞く。