不慣れにもほどがあるって時がある
気が付くと、体が動かなかった。
どうやら、椅子に座らされ、ぐるぐる巻きで椅子に括り付けるように縛られている。
何これ? どういう事?
⦅尋問です⦆
尋問?
どういう事だろうと思って少しだけ周囲を窺えば、俺の前には小さな机と、その机の上に光る筒が置かれていた。
それだけが唯一の光源なので、少し離れた場所は薄暗い。
なんか、取調室のような雰囲気だ。
⦅その通りです。ここは研究所内にある趣味部屋の一つです⦆
趣味部屋? 誰の?
というか、そもそも俺はなんでこんなところに? と考え、思い出す。
そういえば、過去に跳んで、催眠ガスで……。
つまり、捕まったって事?
⦅はい⦆
いや、そんな簡単に言うけど、これはセミナスさんのせいでもある。
⦅そうですか?⦆
もちろん。
だって、セミナスさんがそのまま催眠ガスで眠れって!
⦅その方が時間がかかりませんでしたから⦆
何の? と思って時に気付く。
机の挟んだ正面。
誰かが居る、という事に。
「漸くお目覚めのようだな」
俺が気付いた事に、向こうも気付いたようだ。
その誰かが椅子ごと前に出た事で、その姿が目に映る。
三十代くらいの男性。
青色の髪をオールバックにして、大人の色気を感じさせる顔付き。
細身な体付きに、シャツに短パンを身に纏い、白衣を上に羽織っている。
そんな男性が、俺を怪しむように見ていた。
「状況は理解しているか?」
「……催眠ガスで眠らされた」
「直前の記憶はある訳か。なら、当然、ここに侵入した目的も記憶にある訳だよな? どこでここの事を聞き、更には地下施設まで知ったのかを教えてもらおうか? 狙いは、神造生命体か? さぁ、全て吐け」
そう言って、男性は机をバンッ! と叩く。
男性がスッと叩いた手をどければ、そこにあったのは……ブラシ。
つまり、はけ。刷毛。
………………。
………………。
なんだろう。先ほどまで俺の中にあった緊迫した雰囲気が一気に霧散した。
しかも、男性が目線で見ろ見ろと、ブラシというか刷毛の方に誘導してくる。
茶番劇としか思えなくなってきた。
冷静に男性を見返していると。
「強情だな。さぁ、吐け! 吐くんだ!」
もう一度、机をバンッ! と叩く。
今度は、わかりやすく刷毛を手に持って、俺の目の前をわざわざ通るように手を動かしてから。
……何がしたいんだろうか?
ちょっと意味がわからない。
真面目に尋問しているのか、それとも俺を笑かそうとしているのか……。
男性の意図が読めない。
だからだろうか、こいつには話したくないと思ってしまう。
すると、男性とは別のところから声がかけられる。
「どうやら強情な方のようですね」
薄暗い場所から現れた人物は、二十代後半くらいの女性。
緑色のふわふわ長髪で、目尻が下がった非常に整った顔立ち。
胸がふくよかで、ゆったりとしたドレスを身に纏っている。
醸し出されている雰囲気がどこか優しげというか、癒される感じがした。
「強情な方に強情で迫っても反発されるだけ。時には慈愛の心で接する事も大事なのです」
「それはどうかな? もう落ちる寸前だと思っているのだが?」
「そうですか? 私はまだまだ耐えられそうに見えていますが?」
男性と女性が言葉を交わしていく。
ただ、どことなく牽制し合っているように見えなくもない。
……でも、仲が悪いという風ではなく、なんというか……男性の尋問で俺が口を開かないから、次は私がやるから代わって、と言っているような雰囲気である。
えっと、ゲロッた方が良いのだろうか?
どうしようかと判断が出来ないでいると、尋問する相手が男性から女性に変わる。
ただ、男性は退室せずに、このまま中で様子を窺うようだ。
もちろん、刷毛は男性が回収していった。
……本当、何がしたかったのやら。
「ふふふ。それでは、よろしくお願いしますね」
女性が柔らかな笑みを浮かべて一礼する。
先ほどの男性より数倍マシだ。
どうする? もうゲロッちゃう?
「それでは、あなたの正体を教えていただけますか? もちろん、素直に教えていただけるのであれば、手荒な真似は致しません。さぁ、吐いてください」
そう言って、女性が机の上に葉っぱと獣の体毛が置かれる。
………………。
………………。
もしかしてだけどさ、葉っぱはそのまま葉で、体毛は毛で、葉毛……つまり、吐けって事じゃないよね?
⦅さすがマスター。正解です⦆
うん。全然嬉しくない。
というか、なんなの?
やっぱり、真面目にやってないよね?
遊んでいるよね? これ。
⦅いえ、彼らは至って真面目です。何しろ、こんな尋問などやった事がないですからね。自分の緊張を解す意味もあるのでしょう⦆
不慣れにもほどがある。
⦅仕方ありません。何しろ、こういうのとは無縁だったようですので。私もここまでとは思っていませんでした⦆
……ちなみにだけど、セミナスさんが尋問する側だったら?
⦅そもそも私は全てを見通せるので、尋問を行う必要性がありません⦆
……確かに!
⦅それでも行うというのであれば、そうですね……言葉は既に意味を成しませんので、問答無用で体に聞く……尋問ではなく拷も⦆
はい。アウト。
⦅んを選択します。それに、私には知識はあっても経験はありませんので、実際に体験する良い機会になるかと。器具も使えるだけ使いたいですからね⦆
どうして言い続けるの!
アウトって言ったのに!
⦅それに、私であればギリギリのラインも手に取るようにわかりますし、効果的な手法も問題なくわかりますので⦆
うん。とりあえず、セミナスさんにそういう真似は絶対させないようにしようと思った。
そう決意していると、対面に座っている女性が困ったような笑みを浮かべる。
「なるほど。これで口を割らないとは、相当訓練されているようですね」
いえ、別に訓練されていません。
どうやら、セミナスさんと話していた状態を、口を割るつもりはないと勘違いしたようだ。
……どうしよう。もうゲロッた方が、話が早い気がしてきた。
⦅いえ、もう一柱⦆
ん? まだ居るの?
と思った時、薄暗い中から再度女性が現れる。
凝った演出ですね。
新たに現れた女性は、地下で俺と会った黒髪の女性。
「どうやら、この私……切り札が出なければいけないようね」
ポーズを決めながらそう言う。
ただ、その手には、体毛と獣の牙のような物が握られていた。
………………。
………………。
⦅牙=歯。つまり、歯と毛で、吐けという⦆
うん。わかっているから大丈夫です。
だろうな、って思っていました。
⦅ちなみにですが、最初の男性が製作の神、次いで現れた女性が生命の女神、今そこに居るのが造形の女神、です⦆
でしょうね!
それもなんとなくわかっていたよ!




