間違い探しって意地でも見つけたくなる
歪んだ視界が正常に戻る。
………………。
………………。
いや、特に何も変わっていないけど?
地下の本物研究所ですけど、何か?
本当に過去に来たの?
⦅マスター。よく確認してください⦆
なるほど。間違い探しね。
結構得意だよ、俺。
周囲をぐるっと確認する。
エイトたちが居ない。
⦅……マスター。確認してそれですか?⦆
いや、一番わかりやすいと思って。
でも、事実、先ほどまで居たエイトたちの姿はない。
一瞬で消えたような感覚だ。
……本当に過去に来たようだ。
それに、机の配置や数なんか同じなのだが、先ほどまでとは違って、全体的に綺麗だ。
まだ使い込まれる前のような感じがある。
フォーが使っていた机なんて、新品そのものだ。
あと、大きく気になるのが一つある。
台座の上に載っているモノだ。
もの凄く簡単に言えば、人の骨格のようなモノが載っている。
……何、これ?
⦅そのまま、神造生命体の骨格です。ちなみにそれは、特化一型の骨格となっています⦆
特化一型……ワンのか。
……え? という事は、まだエイトたちは誰も居ないって事?
⦅知識として、特化一型から順に製造されたようですので、まだどの型も存在していません⦆
そっか。
エイトたちが居ない事に少し寂しさを感じるのは、それだけこれまでが濃密だったって事だろう。
⦅といっても、完成間近といったところでしょうか。となると、そろそろ詠唱文の候補が、それぞれ頭の中にいくつ浮かんでいる頃かもしれませんね⦆
絶好のチャンス!
まともな詠唱文に――。
⦅マスター。忘れたのですか? 未来に影響を与えるような歴史は変えない。それこそ、たとえ僅かなモノであっても、です⦆
そうだった。
……というか、詠唱文って未来に影響を与えるの?
⦅もちろんです。自由に詠唱を決められない。自らの思いを吐露出来ない場所がなくなれば、それは今後のやる気にも大きく関わり、封印されるその日までに神造生命体が全て完成しなくなります⦆
思っていた以上の影響だった。
なら、仕方ない。
それに、エイトから始まり、セブンでもう終わっている事だしね。
頑張れ、過去の俺。
いや、今からすれば未来だけど。
それで、これからどうすれば良いの?
どこに向かえば?
⦅問題ありません。そろそろ来るはずです⦆
来る? 誰が?
と思っていると、扉を開けて入って来る人が現れた。
黒髪長髪で、二十代くらいの女性。
芸術品のように整った顔立ちで、スレンダーな体付きをしていて、動きやすそうな服装を身に纏い、その上に白衣を羽織っている。
見た目で言えば、医者や科学者、博士のようだ。
しかも、有能なタイプの。
そんな女性と目が合う。
俺が見ていたように、向こうも俺を見ていた。
その目は大きく見開かれ、驚いている! と表情が物語っている。
なんか不味い予感がするので、敵意はないと会釈でもした方が良いだろうか?
とりあえず行動を起こそうとした時、女性が動いた。
扉の近くにあった配管の蓋を開く。
……伝声管?
「緊急! 緊急! 地下施設にて侵入者発見! 繰り返す! 侵入者発見!」
え? 俺の事? と一歩前に踏み出すと、女性が即座に反応する。
バッ! と伝声管から離れ、腰に手を回す。
そのまま回した手を俺に向かって突き出し、構えを取った。
その手に握られていたのは、ハンドガン。
……ハンドガン?
「動くな! 今仲間を呼んだ! これで終わりよ、間抜けな侵入者!」
女性が鬼気迫る表情で、そう言ってくる。
そんな女性をジッと見ていると……ハンドガンが微かに震えているのに気付く。
もしかしてだけど、荒事に慣れていない?
⦅完全なるインドアタイプですからね⦆
どうやらそうらしい。
でも、ここで動くのは得策ではないだろう。
それに、そもそも戦いに来た訳ではないのだ。
まず試みるべきは、会話だろう。
「はい。もちろん動きません。というか、別に侵入者ではないですし、そもそも敵じゃありません」
「それを信じろと? 舐められたものね、この私が」
いや、この私が、と言われても、俺はあなたが誰か知らないんですけど。
セミナスさんは知っているっぽいけど……。
⦅相手は戦闘に不慣れ、いえ、初戦闘のようなモノですので、今のマスターであれば容易に蹂躙出来ます。いえ、簡単に決着を着けても面白くありません。あのハンドガンを奪って、逆に人質に取りましょう。そして、あとから現れる者たちを思うままにおちょくるのです。愉快な踊りを披露させるのも良いかもしれません⦆
何やら不穏な妄想をし続けている。
なので、俺は目の前の女性がどういう存在かわからない。
いや、思い当たる節はあるけど、確証はないって感じだろうか。
そう思っていると、女性が口を開く。
「……その表情」
「はい?」
「訳がわからないといったところかしら? この状況に、ではなく、これが何かわからないといったところでしょ?」
「え?」
女性が指し示したのは、ハンドガン。
「無理もないわね。でも、これを侮らない方が良いわよ。確かに、この世界の者だとわからないでしょうね」
いえ、この世界の者ではないので、わかります。
「これは銃と呼ばれる立派な武器。簡単に言えば、目にもとまらぬ速さで鉄塊を放つモノよ!」
あっ、説明してくれるんですね。
嬉しそうにしている辺り、誰かに自慢したくて仕方なかったのかもしれない。
「でも安心して。ここに来た目的も知りたいし、殺しはしないから。だから安全のため、これは本来の銃じゃない。辛味を濃縮した刺激的な液体が放出される水鉄砲よ!」
くっ。それはそれで脅威な気がする。
⦅そうですか?⦆
そうです。
よし。まずはそんな危険な物を排除してから、話し合いを始めよう。
セミナスさん曰く、俺でも勝てるようだし。
話せば、誤解だとわかるはず。
そう判断して、体を少し動かした瞬間、女性がバッと後方に跳び、白衣から手のひらサイズの筒状の物を取り出す。
「なんて、今までのは全て前振り! これが本命よ!」
筒状の物にはスイッチが付いていて、女性は躊躇いなく押す。
すると、俺と女性の間を遮るように、巨大な鉄柵が床から一瞬で這い出て来た。
……どうやら、閉じ込められたっぽい。
そして、天井から白い煙が噴出される。
「ふふふ。安心して。先ほども言ったけど、命を取るつもりはない。あの煙は催眠ガス。眠ってもらうだけだから」
くっ。まさか、ここにそんな機能があるなんて。
フォー、ファイブ、シックス、セブンと、誰もそんな事を言っていなかったじゃないか。
⦅いえ、これも予定通り。そのまま眠ってください⦆
そう言われても……いや、閉じ込められて、抵抗は出来ないんだけどね。
鉄柵を壊せるような力なんてないし。
と、そこで気付く。
鉄柵の向こうで女性が勝ち誇った笑みを浮かべているけど……柵の隙間がそのまんまだから、催眠ガスはそっちにもいくと思うんだけど?
そう思った通りになる。
息をとめて見ていると、自分の周囲に催眠ガスが届いた事で、女性も気付く。
「え? あれ? ……しまっ……Zzz……」
床に崩れるように倒れて、女性は即寝る。
……なんだろう。もっと頑張って欲しかったというか、ポンコツな雰囲気がある。
なんか、フォーに似ているような。
そう思った辺りが、息をとめておける限界だった。
催眠ガスを吸い込んだ俺は、抵抗する事も出来ずに、床に倒れて眠る。




