プロローグ「ある王女の独白」
……頑張りました。出来る事はやり切りました、と思います。
それでも届きませんでした。危険だと気付いたのに……。
このままでは……。
下大陸の南部。
同盟軍側で最大の領土を持ち、最大数の騎士、兵士を抱える世界三大国の一国。
――「ラメゼリア王国」。
その王城の謁見の間。
多くの人が集まり、一堂に会しています。
目的は……王族、国王への糾弾。
まともに国の舵取りが出来ないのなら、それでも国のために何かしたいと思うのなら、自ら退位をするべきだ、と。
糾弾される父を見て、王女である私は悔しさのあまり拳を強く握り締めました。
この国には、宰相が三人居ます。
一人は、主に大陸東部にあるビットル王国を担当する者。
一人は、主に大陸西部にある軍事国ネスを担当する者。
一人は、主にこのラメゼリア王国を担当する者。
この国が最大国家であり、相手も世界三大国だからこそ、それぞれを担当する宰相が必要なのでした。
その三人居る宰相の内の一人、ラメゼリア王国を担当する宰相が矢面に立って言いました。
賛同するようにその方の後方に並び立つのは、多くの貴族。
矢面に立っている、黒髪短髪の上等なローブを身に纏うその者こそ、貴族内最大派閥の貴族頭――「タロッタ・ウラテプ」様……いえ、ウラテプです。
ですが、私は気付きました。
国王への糾弾内容は全て虚構であり、これはウラテプが作り上げた現状という事を。
つまり、ウラテプこそ、これまでの一連の諸悪の根源なのです。
初めてお会いした時は印象に残るような方ではありませんでしたが、次第にメキメキと頭角を現し、宰相に就任すると同時に派閥の貴族頭となられました。
三人の宰相の中で一番年若い者――他のお二方はそれなりにお年を召されていますが――として、再度挨拶を交わしましたが、その時に何故か危険を覚えたのです。
ただ、最初は野心から来るモノだと考えていました。
宰相といっても、その中での立場は一番低い第三宰相。
第一宰相として立ちたいのだと。
現に、最初は他派閥や無派閥の貴族を、積極的に自派閥へと取り込んでいるだけでした。
しかし、いつの頃からか、ある噂が耳に届くようになります。
取り込んだ貴族の大半は、詐欺のように騙して作らせた借金の肩代わりの結果や、もっと直接的な手段として脅迫したりなど、非合法な行いによるモノ、という噂でした。
それが事実であれば、看過出来るモノではありません。
当然のように、調査が行われます。
結果は……何もありませんでした。
いえ、今なら違う言い方が出来ます。
証拠を見つける事が出来ませんでした。
ここで止める事が出来ていれば……と何度も考えてしまいます。
また、この時期からでした。
本来であればそれぞれ別の集団でしかなかった盗賊たちが、何者かの意思の下で一つとなったかのように動き出したのは。
証拠捜しは、それで停滞してしまいました。
何しろ、王都周辺だけではなく、国内全土の町村全ての周辺に盗賊集団の出現報告が挙がり、多くの騎士、兵士が検挙に動員されたのです。
証拠が挙がらない憶測だけで、騎士、兵士を留めておく事は出来ません。
ですが、それでも結果は芳しくありませんでした。
討伐出来たのは、二割程度。
その他は、事前に情報でも伝わっていたかのように、向かった先から姿を消していたそうです。
いえ、実際に情報が伝わっていたのでしょう。
これに関しては勘でしかありませんが、ウラテプが関与しているのでは? と考えています。
証拠捜しを煩わしく思い、注意を逸らすために。
それでも、騎士、兵士たちは頑張りました。
今では、全体の七割ほどは盗賊集団が壊滅したと思われます。
……心苦しいのは、全滅させる事が出来なかった事と、盗賊集団の中で一番強いとされているのを取り逃している事でしょうか。
また、その盗賊集団が、騎士、兵士に匹敵する強さを持っていたというのもありますが、全滅出来なかった最大の要因は、野良魔物の氾濫が増えた事です。
元々、最大の領土分、野良魔物の数が多かったのですが、更に増えて時折氾濫を起こすようになっていました。
絶滅は出来ないまでも、間引きは行わなければいけません。
そちらの対応にも追われるようになり、盗賊集団だけを追う訳にはいかなくなりました。
日々を追うごとに心身共に疲弊していき、このままでは騎士、兵士が先に潰れるのは明白。
ですので、どこかから戦力となる存在を招かねばなりません。
そこで、冒険者の方たちにも協力をお願いしました。
冒険者――細々とした依頼から、時には国も関わるような大きな依頼まで取り扱い、主に野良魔物の討伐によって生計を立てている人たち。
上大陸と接する東西の国に所属する冒険者は、時に戦争にも参加すると聞いています。
その冒険者たちを取りまとめ、各地に支部を持つ一大組織「冒険者ギルド」からも協力のお願いに対して快諾を得る事が出来ました。
ですが、野良魔物の氾濫は突発的に起こるため予測が出来ず、後手に回る事も多かったために被害がどうしても出てしまいます。
また、野良魔物の氾濫が増えた理由も探って頂きましたが、特にコレといった情報を得る事は出来ませんでした。
その上、調査を担当していた人たちの中から、行方不明者が何人も出て来たと聞きます。
危険な調査であったのかもしれません。
……行方不明となった方たちの無事を祈りつつ、調査結果である野良魔物の氾濫が起きた場所、鎮圧までの時間など、諸々の情報を確認していた時でした。
作為のようなモノを感じたのです。
その上、その手口にはどこか覚えがありました。
――組織的な動きをする盗賊集団。
直感でしかありませんが、繋がっている、と。
しかし、その時には既にもう遅かったのです。
間に合わなかった……いえ、常に先手を打たれ続け、後手に回され続けた結果でした。
何か手を打とうとしても、根回しは終わっていて新たに協力を得る事が出来ません。
貴族はもちろんの事、他の方たちも同じ。
特に痛手でしたのは、新たな商会の台頭――「バッグラウンド商会」が、それまで王都一の商会であった「ドンラグ商会」に迫った事でしょう。
バッグラウンド商会は黒い噂が絶えないため、ドンラグ商会しか対抗出来なかったのです。
そして、当然のように聞こえてくるのは、バッグラウンド商会の背後には宰相の一人、ウラテプが付いているのでは? という噂。
私が感じるここ最近の王都に渦巻く不穏な気配の終着点は……全てウラテプに集約しています。
それがわかっているのに手は出せず……いえ、もう手が出せなくなります。
ウラテプは現王族を廃し、新たな王となって国を乗っ取るつもりでしょう。
そこから先の最終目的はわかりませんが、一つだけわかる事があります。
ウラテプが私を見る時の目には、欲が混じっているという事。
王族でなくなった私を手に入れたあと、どうなるかは明白でしょう。
婚約者であるカノートが黙っているとは思えませんが……どうか命だけは粗末に扱わないで下さい。
……いえ、たとえ汚されようとも、寝首を掻く事くらいは出来るかもしれません。
そうして、これまでの事と今後の事を考えていますと、ウラテプが父に最早退位しか道がないと、半ば脅迫のように伝えていました。
父も悔しそうにウラテプを睨んでいます。
ウラテプの、あの勝ち誇った笑みに一発入れたいと思いました。
……あぁ、願わずにはいられません。
私たち王族は負けてしまいました。
ですが、いつの日か、ウラテプに勝てる者が現れる事を――。
「あの~、すみませ~ん!」
思考を遮るように、この場に流れる空気を壊すように、その声はこの場に響きました。
誰しもが、声がした方へと視線を向けます。
そこには、謁見の間の大扉を少し開け、こちらの様子を窺う普通の男性が一人。
「あの~、謁見の間ってここで合ってますか?」




