歴史 お別れ
えっと……これで本当に魔王が封印されたの?
⦅はい。封印されました⦆
……なんというか、あっけないね。
⦅そうですか? まぁ、その辺りは個人の感性によると思いますが、そもそも真正面からの戦闘でどうにか出来ないと判断して次点の策に移るのは当然の事だと思いますが? それが上手くいっただけです⦆
……確かに。
⦅それに、私と予言の女神の推測……と言いますか、確度の高い予測ですが、封印以外の手段を取った場合は、恐らく全て魔王の勝利で終わっていたと思われます⦆
……それだけ、魔王の強さは逸脱していたって事?
⦅はい。そうです。そう考えられる要因の一つに、『神魔封印』を分解、分析し、その結果を元に自分用に再構築した封印が作り出されました⦆
………………ん? まさか、今、神々が封印されている結界の事?
⦅はい。『神魔封印』の知識はありますので、マスターが結界内に入った時に調べましたが、類似点が多いので、間違いないかと⦆
う~ん。なんというか、多芸というか、転んでもただでは起きないって感じだろうか?
……ちょっと待って。
そういう場合って、もしかして……。
⦅はい。マスターが考えた通り、大魔王に『神魔封印』は通用しないかと思われます。恐らくは、今魔王と呼ばれている者たちにも⦆
更に厳しい状況って事ですね。
⦅そうですね。叩き潰すか、『神魔封印』を超える新たな封印を作り出すしかありません⦆
出来るの? そんな事。
⦅そのための私ですので。マスターとの未来のために頑張らせていただきます⦆
イコール、俺も頑張らないといけないって事ね?
⦅察しがよくて助かります⦆
セミナスさんとは一心同体みたいなモノだからね。
⦅今のフレーズをもう一度お願いします⦆
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もうそろそろ終わりそうだ。
―――
魔王の姿が消えた謁見の間は、物静かなモノだった。
この空間を壊さないようにと、誰も何も喋らない。
少しでも音を立てれば、それこそ、何かが現れるのではないかという雰囲気があった。
「くっ」
最初に声を漏らしたのは、アイオリ。
膝から崩れ落ちて倒れる。
「うっ」
次いで、エアリーも同じように崩れ落ちて倒れる。
「アイオリ! エアリー!」
吸血鬼の男女、虎獣人の冒険者だけではなく、予言の女神とドラロスも、倒れたアイオリとエアリーの下へ駆けつける。
大量の汗と荒い呼吸である事以外は、これといった問題はなさそうに見える。
意識もハッキリとしていた。
「アイオリ、大丈夫なのか?」
「ああ……大丈夫。『神魔封印』は、分類するなら特殊武技になるから、消費する体力と魔力が凄まじくて……それを一気に失って倒れただけ」
「そうか。無事なら、それで良い。魔王の封印は、成功したんだな?」
「それは問題ない。きちんと封印されたよ。ただ……」
アイオリはそこで言いよどむ。
ただ、吸血鬼の男性は、何を言いたいのかは自然と理解出来た。
「いつかは復活する、か?」
「多分……いや、間違いなくね。それがいつかはわからないけど、少なくとも、数十年は大丈夫……だと思う。確定は難しいかな。魔王の力が未知数過ぎて」
「それは仕方ないだろう。寧ろ今は、時間が出来た事を喜ぶべきだ。少なくとも、対策を取る事は出来る」
「……そうだね」
そう答えるアイオリの表情は、どこか不安を抱いていた。
まるで今に至る道筋を、大魔王軍が現れ、再び世界が蹂躙される状況が見えているかのように。
それでも、今は魔王を封印したという事実は変わらない。
アイオリはゆっくりと立ち上がる。
「……それじゃ、もう出よう。魔王軍と戦っているEB同盟の方がどうなったかわからないし、それに、いつまでもここに居るのは、ね……」
アイオリが何を気にしているのかを、ドラロス以外の者たちは不思議と理解出来た。
女性エルフの事を気にしているのだ。
「まぁ、よくわからないけど、帰るならさっさと帰るぞ。長居するような場所ではないからな、ここは」
ドラロスの言葉にこの場に居る全員が頷き、移動を開始する。
途中で無事だった女性エルフと合流し、男性エルフの死体と共に、アイオリたちはこの廃城を出て、竜の姿に戻ったドラロスの背に乗って、この場をあとにした。
―――
魔王を封印した結果は劇的であった。
何しろ、魔王軍はそんな存在などなかったかのように、直ぐに消えたのだ。
いや、正確には、軍と呼べるような行動は取らなくなった。
魔物は魔王軍が現れる前、己の本能に従った行動に戻る。
それでも魔王軍は、まだ直後は軍としての体裁を保ってはいたのだが、魔王が封印された影響は大きく、戦いが続いていく内に自然と瓦解していった。
それは同時に、EB同盟と神々は一つになった強さを、魔王軍を相手に見せつけたとも言える。
そうなってくると、対処も魔王軍襲来以前へと戻り、世界が平和になったと言えるだろう。
ただし、完全に魔王軍の脅威が去るのはもう少しだけ時間が経ったあとの事。
―――
少しずつ平和になっていく世界。
それは、ある別れを意味していた。
「……それでは、他の者たちもいくらか戻っていますし、私もそろそろ戻ろうと思います」
とある家屋の玄関前。
そこに、三人の男女が居た。
アイオリとエアリー、その二人の視線の先には、予言の女神が居る。
予言の女神は微笑を浮かべているが、アイオリはどこか悲しそうにしていた。
エアリーに至っては、既に目に涙を溜めている。
魔王が封印された事で予言の女神がその役目を終え、神界に帰る時が来たのだ。
「……本当に、もう行ってしまうんですか?」
「はい。私たち神々も、いつか来るかもしれない魔王復活の日に備えないといけませんから」
アイオリの問いに、予言の女神は簡潔に答える。
ただ、これは素っ気なくしているのではなく、泣かないように堪えているのだという事は、アイオリとエアリーも理解していた。
「……寂しくなります。思い返してみれば、俺たちが二人で生きてきた年数よりも……長く……一緒に、居たんですから」
アイオリの目にも涙が溜まる。
「そうですね……私も寂しいです。ですが、こちらもそうですが、アイオリとエアリーも悲しんでいる暇はありませんよ」
「どういう事ですか?」
「予言の女神として、あなたたちの行く末に関する予言を残していきます。……この世界の脅威は封じられました。ですが、次は世界を支える柱が必要になります。国を興しなさい。世界全てを治めるような国を。そうすれば、あなたたちは実りの多い日々を過ごせます」
そう言って、予言の女神は二人に向けて慈しむ表情を浮かべる。
アイオリとエアリーは涙を堪えつつ、笑みを浮かべる。
「……出来ますかね? 俺たちに」
「問題ありません。多くの協力者が現れますから、頼りなさい」
「「……はい」」
二人は頷く。
そして、エアリーが尋ねる。
「……また、会える?」
「もちろん会えますよ。だって、私たちは……家族なんですから」
アイオリとエアリー、予言の女神は抱き締め合う。
そして、泣き顔でお別れは嫌だとでもいうように、互いに笑みを浮かべ、予言の女神はアイオリとエアリーに見送られながら、神界へと戻っていった。




