歴史 魔王戦 4
新緑のような髪色の青年が、謁見の間に現れた。
顔立ちは非常に整っており、見た目の年代は二十代くらいだろうか。
村人が着るような、高級そうには見えない衣服を身に纏っているのだが、全体的にサイズが合っておらず、ダボっとしている。
簡単に言えば、快適重視のラフな恰好であり、とてもではないが、このような場に相応しい恰好でない事だけは確かだろう。
そんな人物が突然現れたのだから、アイオリたちには困惑しかない。
念のため……そう、念のため、という感じで、アイオリは全員に視線で問う。
誰の関係者ですか? と。
結果は、誰も該当しないという事。
つまり、残るは自分の関係者だという事になるが、残念ながらアイオリは全くピンときていない。
考えてもわからないので、尋ねる。
「……えっと、どなたですか?」
「ん? ああ、そういえば、この姿を見せた事が……いや、言わない方が良いのか。名乗るだけでわかるだろう。ドラロスだ」
『………………えぇ!』
アイオリたちが驚きの声を上げる。
少々時間がかかったのは、頭の中で情報を整理するのが大変だったのだろう。
「何を驚いている?」
「いや、いきなり竜じゃなくて人の姿になっているから! なれるなって聞いてないし!」
「………………言ってなかったかもしれないけど、我、人の姿になれるんだ」
「知ってる! ついさっき知った!」
ドラロスの言葉にアイオリだけが答えているのは、やはりドラロスが竜種、それも竜王だからだろう。
巻き込まれるのを避けているとも言える。
「まぁまぁ。それで……あれが魔王か。ふ~ん……」
ドラロスが魔王に視線を向けるが、魔王もまたドラロスを見ていた。
魔王が無表情なのは相変わらずだが、赤い目からはどことなく感情が漏れている。
それは、警戒。
ドラロスを、危険な相手であると認識しているのだ。
「……なるほどね。あれは、今のお前たちじゃ無理だな」
ドラロスはそう断ずる。
お前たちの中にはアイオリとエアリーも含まれており、そんな事はないと言いたいアイオリたちではあるが、自分たちの強さと魔王の強さを比べて、差があるのは事実だと認識はしていたため、言い返すような事は出来なかった。
「仕方ない。本来なら充分協力はしたし、手を出すつもりはなかったが、ここまできたのなら最後までだ。我が相手をしてみるか。といっても、我でも勝てるかどうか……それこそわからんけどな」
その言葉に対してアイオリたちが何かを言う前に、ドラロスは既に行動を開始していた。
魔王との距離を瞬間的に詰め、殴りかかる。
ドラロスのその拳を魔王は受けとめるが、それはドラロスの方も同じであった。
魔王がカウンターとして放っていた拳を受けとめていたのだ。
アイオリとエアリーは辛うじてその行動を目で追えていたが、他の者たちが認識したのはそこからだった。
一瞬の攻防は互角。
ドラロスは、本当に面倒だ、という表情を浮かべ、それを隠す素振りは一切ない。
魔王の表情はそのままだが、その目はドラロスを敵と認識したという意思をしっかりと宿していた。
そこから始まるドラロスと魔王の戦いは、正に天上の戦い。
生半可な者は手を出す事すら、いや、たとえ強者であっても足手纏いにしかならないような戦いが始まる。
それこそ、吸血鬼の男女と虎獣人の冒険者が万全の状態であったとしても、あまり役には立たないだろう、というレベルなのだ。
寧ろ、役には立たないが、そう感じ取れるだけの力を持つからこそ、迂闊に自ら手を出すべきではないと考えるだろうが。
何しろ、目の前で繰り広げられている戦いは、絶対強者と絶対覇者の戦い。
「しっ!」
短い息と共に突き出されたドラロスの拳を、魔王が避ける。
ただ、その際に発生した衝撃波によって、拳の先にある壁の一部が消滅したようになくなり、そこから外からの陽光が差し込む。
それは、魔王の方も同じである。
魔王の放った拳をドラロスが避けるが、その衝撃波によって拳の先にある壁の一部が消滅し、外からの陽光が更に差し込んで、謁見の間の中が更に明るくなった。
そうして、絶対的な力を誇る二者の戦いは、段々と苛烈に、激しくなっていく。
パッと見た感じでは均衡している。
ドラロスと魔王は、同等の力を有していると推測が立つ。
とてもではないが割り込む余地はないと判断せざるを得ない戦いを目にしつつ、吸血鬼の男性が呟く。
「……悔しいが、言われた通りだな。今の私たちとは隔絶した強さだ。これが、竜。そして、魔王か」
その呟きの中に込められた思いは、悔しさだった。
ドラロスと魔王に対してではなく、自分に向けて。
精鋭部隊に選ばれるだけあって、ここに居る者たちは人類――EB同盟の中において上位の強者である事は間違いない。
だからこそ、その強さには当然自信がある。
しかし、目の前で繰り広げられている戦いは、その自信を容易く砕くだけのモノなのだ。
それこそ、薄いガラスを砕くというくらい簡単に。
砕け、己の弱さに悔しさを覚えるのだ。
そして、強者が己の弱さを覚え、更なる強さを求めるのは必然。
また、その強さは今直ぐ手に入るようなモノではない。
故に、今はただ見る事しか出来ない……のだが、それでも行動しないという訳にはいかないのは、相手が現在の状況を作り出した相手――魔王だからだろう。
「何か手はないか?」
吸血鬼の男性は、呟きのあとにそう尋ねる。
誰に? ではない。
この場に居る全員に向けて、だ。
『………………』
だが、誰も答えない。
いや、答えられないのだ。
力の差があり過ぎて、答えを見つける事が出来ないのである。
念のため、という気持ちを込めて、吸血鬼の男性は予言の女神に視線を向けた。
「………………」
予言の女神は腕を交差させ、ありませんと意思表示を返す。
これは打ち手なしか、と吸血鬼の男性は思う。
次点として、ここから離れる事も視野に入れる。
離れる理由は明白。
ただただ邪魔になるだけだから。
ドラロスが自分たちの事をどう思っているかはわからないが、協力してくれたのだ。
しかも今は、魔王と戦いまで繰り広げている。
それなのに自分たちが邪魔になっては申し訳ない。
それで動揺するとは思えないが、魔王が自分たちを利用、それこそ人質に取られる可能性もある。
吸血鬼の男性はそういう諸々を考え、ここから離れるべきかを問うとした時、アイオリが先に口を開く。
「手は……ある。……『封印』だ」




