歴史 魔王戦 1
濃密な殺気を向けられた事で、アイオリとエアリーは漸く、数段高い場所に居る女性は魔王だと認識する。
向けられる目に込められた感情や、口調が急に変わった事など関係ない。
向こうが殺る気になった以上、アイオリとエアリーも大人しくするつもりは一切ない。
相手が魔王なら、なおの事だろう。
それでも、気になるモノは気になる。
「……なんだったんだろうな? さっきまでのは?」
「知らないわよ。でも、今確実なのは、殺らなきゃ殺られるだけって事」
アイオリの呟きに答えたエアリーは、予言の女神に視線を向ける。
その目は、離れた方が良いと告げていた。
それも仕方ないだろう。
何しろ、予言の女神に戦闘能力はなく、どちらかというか完全にインドアであり、いざ戦闘になれば足手纏いにしかならない。
それでもここにこうしてアイオリとエアリーが魔王と戦う場に居るのは、予言の女神もアイオリとエアリーを家族のように思っているからだけではなく、予言を行った者として、神としての責任もあるからだ。
どのような結末になろうとも、たとえ自分が消滅しようとも、見届けなければならないと、予言の女神は勇気を振り絞ってここに居る。
といっても本当に戦う訳ではないので、予言の女神は入って直ぐ横、壁際にある瓦礫の物陰に隠れるように移動した。
そんな様子を興味なさそうに見ていた魔王は、再度アイオリとエアリーに視線を向けて口を開く。
「少しでも」
「「………………」」
「ほんの少しでも、我とやり合えると思うだけでも、愚かな傲慢だと知れ」
魔王がゆっくりと腕を持ち上げ、指先をアイオリに向ける。
――瞬間。
その指先から同サイズの黒い光線が照射される。
予備動作がないのは、する必要がなかったから。
詠唱がなかったのは、ただ圧縮した魔力を放っただけだから。
それでも、鉄や鋼であっても、そんなモノは存在しなかったと言えるだけの威力があった。
その黒い光線を、アイオリは盾で弾いて逸らす。
魔王に驚いた様子は見えない。
既にいくつか予想を立てていて、ただその中の一つが当たっただけに過ぎないのだ。
「……『神盾』か。そして、他に『神剣』と『神杖』も。我を倒そうという神々の思惑が透けて見えるな」
アイオリとエアリーが構えているモノを見て、魔王はそれが何かを即座に見抜く。
「だが、所詮は武器と防具でしかない。使い手が優秀でなければ無用の長物。果たして、お前たちに使いこなせるのか?」
どこか挑発的な物言いに、アイオリは笑みを浮かべる。
「要らぬ心配だと、その身に教えてやるよ!」
アイオリが神剣と神盾に魔力を流す。
神剣と神盾はその魔力に応えるように、その剣身と盾全体が白く輝く。
同時に、エアリーも神杖に魔力を流す。
神杖はその魔力に応えるように、その先端が白く輝く。
対する魔王は、変わらず指先をアイオリに向けたままに無表情。
ただし、その目には意思が宿り、物語っていた。
――やれるモノならやってみろ、と。
「……ふっ」
短く息を吐くと共に、アイオリが魔王に向けて一気に駆ける。
「真正面からか。愚かな」
魔王から再び黒い光線が連続で放たれるが、アイオリは神盾で防ぎながら前に突き進んでいく。
アイオリは、初撃で決めるつもりだった。
何しろ、初対面同士の初撃は、ある意味最大のチャンスでもある。
互いにどのような攻撃がどのような威力で繰り出されるのか、見てから判断しなければならない。
予測は出来るだろうが、それも絶対ではないという可能性が残る。
可能性が残れば、それは迷いとなり、仕掛けた方の力量が高ければ高いほど、それは致命的な隙となるからだ。
だからこそ、アイオリは初撃で決めるつもり、もしくは後々にも影響を残すだけの力をもって、神剣を振るうつもりである。
実際、アイオリの攻撃速度と込められた力は、神剣という剣自体の力も相まって、ダンスホールに居た巨体オークであっても反応出来るかどうかであり、食らえば無事では済まないだけの威力があった。
そこに、エアリーからの援護が加わる。
「『魔力を糧に 我願うは 闇空に煌めく希望の光 白星』」
エアリーの魔法が発動。
神杖の周囲に白く輝く小さな星型がいくつも形作られ、魔王に向けて全方位から襲いかかる。
「……無駄な事を」
迫るアイオリへの牽制を続けつつ、もう一方の手を眼前で軽く振る。
すると、魔王の周囲に透明の膜が形成され、迫る星型を全て防ぐ。
しかし、ここで魔王にとって想定外だったのは、星型が透明の膜にぶつかって砕けると、更に小さな星型に分裂するように砕け、その小さな星型は更に砕けてもっと小さな星型へと砕けていった事。
何度もそれが繰り返されると、ほんの僅かな時間だけだが、極小となった無数の星型が粉塵のように魔王の視界を遮る。
アイオリの姿を一瞬でも隠せれば充分だった。
それが、エアリーの狙い。
元より先ほどの魔法は本気でダメージを与える訳ではなく、アイオリの補助として使用したのだ。
つまり、防がれる事が前提の魔法である。
そのために威力を抑えたのにも理由があった。
それに繋がるのは、アイオリの初撃。
自分の魔法が大した事はないと思わせる事で、間接的にアイオリの攻撃も大した事はないと、そう思わせようとしたのだ。
そして、魔王は一瞬だがアイオリの姿を見失った事で反応が遅れ、牽制の黒い光線のタイミングがずれる。
その隙を突いて、アイオリは動く。
距離を一気に詰め、数段高かろうが関係ないと魔王の頭上まで飛び上がり、神剣を振り下ろす。
魔王の視線はエアリーに向けられていて、振り下ろされる神剣に対しての反応も見られない。
――やったか? とアイオリは一瞬だけ思考する。
振り下ろされた神剣は透明の膜などなかったかのように裂き、そのまま頭部を斬り裂く――前に、魔王が牽制をやめ、指で挟むように神剣を受けとめた。
アイオリの動揺は一瞬。
直ぐに更なる力を込めるが、神剣は魔王の指に挟まれたままびくともしない。
「何を行いたかったのだ? 人よ」
「……」
アイオリは直ぐに行動を入る。
神剣は固定されているようにびくともしないので、そこを支点に体を動かし、神剣を挟む指がある方の魔王の腕を蹴り上げ、その衝撃と反動の勢いを利用して後方に飛び上がった。
その際、アイオリは神剣を挟んでいる指から無理矢理神剣を引き抜き、魔王と一旦距離を取る。
「まさか、今のが全力……ではないよな? 人よ。ここまで来たのだ。せめて、軽い運動の相手くらいにはなって欲しいのだが?」
準備運動にもならない攻撃だと、魔王は暗に告げていた。
事実、なんの傷も与えていないのだ。
初撃というチャンスを逃したアイオリは思う。
……あっ、駄目かもしれない、と。




