歴史 らしい、らしくない、は他人から見ればこそ
……なんだろうなぁ。
ほっこりと安心するこの感じ。
ダンスホールでの戦いのあとだから、余計にそう感じるのかもしれない。
⦅そうですね。マスターと私ほどではありませんが、勇者たちと予言の女神の間には、それなりの絆が出来ているようです⦆
いや、アイオリさんとエアリーさんは予言の女神様を家族のように思っているようだし、俺とセミナスさんより深い関係なんじゃない?
それなりに長い年月一緒に居た訳だし。
⦅マスター、絆の形に違いはありますが、絆は絆。深さは関係なく、想いも時間は関係ありません⦆
と言いつつ実際は?
⦅マスターから『セミナスお姉ちゃん』と必ず言わせます⦆
対抗しているっ!
しかも、必ず言わせますって、無理矢理感が凄い!
⦅マスター。私は無理矢理言わせるような事はしません。マスターが自らの意思でそう言うように仕向けるだけです⦆
はい、言いました。
言質取りました。
というか、本人を前にして仕向けるって言っちゃったら駄目じゃない?
⦅たとえ本人が知っていようとも関係ありません。私には、やるといったらやる、オリハルコンの意思があります⦆
……なんだろうな。
オリハルコンって聞くと、エイトたちの詠唱文を思い出して、良いイメージがあんまりない。
⦅あの詠唱に使われているオリハルコンの意味は、鉄を超えた更に固い掟という事で⦆
いや、解説は結構です。
寧ろ、さすがにこのあとの魔王との戦い関しては、アイオリも事細かく記しているようなので、そっちの解説をお願いします。
という訳で、手記の続きを読む。
―――
扉を開けて中に入ると、そこは大抵の城にはある謁見の間であった。
ただ、ところどころ壁にひびが入っているだけではなく大きく欠けている部分があり、いくつか柱は折れ、垂れ幕は途中で燃えたようになくなっているため、何かしらの紋章が描かれているが判別は付かない。
そんな謁見の間の雰囲気は、ここが廃城である事を思い出させる。
また、明かりは充分にあるはずなのに、魔王から発せられる圧力の影響か、どこか全体的に薄暗いのも、より廃城らしさに演出を重ねているだろう。
そして、魔王は数段高い場所に置かれている宝飾が施された玉座に鎮座していた。
そこから圧力が発せられているので、魔王で間違いないと思われる。
「あれが……」
「……魔王?」
玉座に鎮座している者の姿を見て、アイオリとエアリーは疑問符を浮かべる。
何しろ、鎮座しているのは……女性だった。
艶々として黒の長髪に、どこか人形のような非常に整った顔立ち。
ただ、その表情は無表情なため、綺麗さの中にどこか怖さを感じさせた。
体型はスレンダーで、漆黒のドレスを身に纏い、毛皮のマントを羽織っている。
ただ、それでもその女性が魔王だと判別出来る要因として、頭部から左右に赤黒い禍々しい角が飛び出しているのと、その目が血を連想させるように赤い事だ。
その赤い目が、アイオリとエアリー、予言の女神を順に見ていき……無表情のまま口を開く。
「……青い髪の女性は不思議な雰囲気がありますが、そちらの二人は人ですか?」
アイオリとエアリーは返答に詰まる。
喋る事に驚いた訳ではない。
元々魔物が喋るという段階で、魔王も喋る事が出来るのは、容易に想像がつくからだ。
アイオリとエアリーが返答に詰まったのは、まさか問いかけられると思っていなかったからだ。
寧ろ、問答無用で襲いかかられると思っていた。
なのに、問いかけられるという事は、会話をしようというのかと、戸惑う。
アイオリとエアリーは顔を見合わせ、頷く。
「あぁ、そうだ」
「それが何?」
「……いえ、久しく人と関わる事がありませんでしたので、確証が持てなかったのです。気分を害したのなら、申し訳ありません」
無表情ではあるが、本当にそう思っているのか、頭を下げる魔王。
「「………………」」
その魔王らしくない言動と行動に、アイオリとエアリーはどうしたものかと判断に困り……その視線は自然と予言の女神に向けられる。
「……えっと、どうして私を見るのですか?」
予言の女神が困り顔を浮かべる中、アイオリは魔王を指差しながら問う。
「魔王、で良いんだよね?」
「はい。あちらが魔王です」
「私がそう呼ばれているのは知っています」
予言の女神だけではなく、聞こえていたのか魔王も肯定を示す。
「魔王もそう言っているようですけど?」
何か問題でも? と予言の女神は首を傾げた。
ちなみにだが、予言の女神の上半身は平常だが、下半身は小刻みに震えっ放しである。
逃げろと言われれば直ぐにでも逃げそうだった。
アイオリは大きく息を吐いたあと、魔王に尋ねる。
「そう呼ばれていると知っているとか、どこか他人事のような言い方だけど……本当に魔王?」
「哀しい事ですが、事実です。ですが、今この状況は、幸運なのかもしれません」
「……幸運? 何が?」
「ここまで来たという事は、あなたたちはきっと人の中でも特別な存在であると考えられます。ですので、お願いがあります」
「願い?」
魔王は無表情であるが故に、そこから感情の読み取りは出来ない。
しかし、聞こえてくる言葉には、どこか真実味が感じられる。
「……私を、停めてください」
その言葉には、真実味だけではなく、切実な思いが込められているように感じられた。
だからこそ、アイオリとエアリーは戸惑う。
確かに、玉座に鎮座している者は自らを魔王だと認め、予言の女神もそうだと言っている。
しかし、どうにもそれっぽくない、という感じを、アイオリとエアリーは受けていた。
「それは、どういう」
意味だ? とアイオリが尋ねようとしたが、出来なかった。
魔王が一瞬ビクリと跳ねたように見えれば、次の瞬間には玉座から立ち上がり、アイオリたちを見ていたのだ。
ただし、その目は先ほどまでとは違って、如実に物語っていた。
他者を――アイオリたちを見下すようなモノに。
それ以外は何も変わっていない以上、より強調されるような変化である。
だからこそ、アイオリとエアリーは更に戸惑う。
姿形は同じなのに、全く違う印象を受ける別の存在になったかのように見えたからだ。
そして、先ほどまでとは変化した魔王の口が開かれる。
「……我は魔王。我が視界にゴミが映るとは嘆かわしい。焼却してくれよう」
魔王から向けられた濃密な殺意に、アイオリとエアリーは自然と身構えていた。




