歴史 上げて落とされる事もある
⦅以上が、ダンスホールでの戦いになります⦆
……うん。
なんというか、聞いてよかったのかどうか、判別がつかない。
いや、俺としては問題ないんだけど、勝手に聞いてよかったのかな、と。
とりあえず、この事は俺の胸の中にそっとしまっておこう。
でも、多分……この出来事があるから、シャインさんはより強くなる事を願い、そのように生きてきたのかもしれない。
⦅いえ、あれの性格は元からああです⦆
……うん。サラッと違うと言われるのにも慣れたもんだ。
涙は見せない。ただ、心の中で泣くだけさ。
⦅まぁ、マスターと会うまで落ち込む事もあったようですが、強さへの要求がより強く、渇望へと変わったのは間違いありません⦆
……なるほど。
ん? 俺と会うまで?
……あぁ、そういえば、グロリアさんがそんな事を言っていたような覚えがある。
う~ん……今の俺なら、シャインさんに優しく出来そう。
⦅その場合、更なる鍛錬を重ねられるだけでなく、私のお手伝いありきで、72時間鍛錬が行われます⦆
三日続けてか……それって休憩は?
⦅72時間鍛錬に休憩が存在するとでも?⦆
さすがに休憩挟まないと無理じゃない?
⦅本人に言ってください⦆
………………。
………………。
よし。これまで通りに接するという事で。
気分を改めて、手記の続きを読んでいこう。
―――
アイオリとエアリー、予言の女神は、ダンスホールの奥にある階段を駆け上がり、そのまま奥にある廊下を進んでいく。
その廊下は廃城の中にあって比較的綺麗ではあるのだが、どこか空気が重い。
しかも、その重さは進んでいくほどに過重されていっている。
また、人はそうだが魔物の気配も――それこそ、生物の存在が全く感じられなかった。
この空気の重さを言葉にするのなら、「濃密の死の気配」と表されるだろう。
だからこそ、この奥に魔王が居ると確信出来る。
そんな廊下を、アイオリとエアリー、予言の女神は平然と進んでいた。
しかも、会話しながらと、余裕もある。
「……なんかここ、空気重くない?」
「確かにそうかも」
「魔王から発せられる魔力が濃密過ぎて、死の気配となっているのが原因でしょう」
「「ふ~ん……」」
駆けながら、アイオリとエアリーは予言の女神に視線を向ける。
「……そんなに私を見て、どうかしましたか?」
「いや、なんというか、濃密な魔力とか死の気配とか、そういうのは理解出来るんだけど」
「そういう中で平気そうにしているのが、ちょっと意外というか、いつものなら怖がっていそうなのに」
「全く。あなたたちの中の私はどういう存在なんですか。私だって神の一柱なのですよ」
キリッとした表情で、予言の女神はそう答えた。
だが、アイオリとエアリーは信じていない。
「「本音は?」」
「めっちゃ怖いです。もう帰りたいです。家に帰って鍵かけて布団にまるっとくるまりたいです」
先ほどまでとは一転して、泣きそうな表情を浮かべる予言の女神。
アイオリとエアリーは、そんな予言の女神を見てほっこりする。
あぁ、いつも通りだ、と。
「何を安心している顔を浮かべているのですか! 私はちっとも安心出来ていないというのに」
「いや、まぁ、普段通りの予言の女神様で安心したというか」
「緊張とか、似合わないよ。ここまできたんだから、あとは予言を……予言で導き出された私たちを信じてくれれば良いだけ。でしょ?」
「……そうですね。予言の女神である私が予言を、そして、あなたたちを信じなくてなんとする、ですね。それに、これから魔王との戦いだというのに、落ち着いているあなたたちを見ていると、私も安心出来ます」
予言の女神が優しい笑みを向けるが、アイオリとエアリーは苦笑いだった。
「……あれ? どうかしましたか?」
「いや、俺とエアリーは、予言の女神様の普段通りを見て、安心したんですよ?」
「はぁ、それが何か?」
「わからない? そこで私たちも落ち着きを取り戻したんだよ?」
「………………」
「「………………」」
「………………あぁ! え? どういう事ですか? まさか、動揺していたんですか?」
予言の女神の問いに、アイオリとエアリーはその通りだと頷く。
「そりゃそうでしょ。そもそも、俺たちは魔王に会った事がないんですよ。つまり、魔王がどんなのかもわからない。今の気配でなんとなく強さを察する事は出来るけど……それも絶対じゃないし。そんな状態で緊張するなという方が無理でしょ」
「……確かに、それはそうですね!」
予言の女神は激しく同意した。
「アイオリ兄さんの言う通り。せめて、姿形とかわからない?」
「それは……その……」
エアリーからの問いに、予言の女神は戸惑う。
アイオリとエアリーに事前情報がないのは仕方ない事なのだ。
何しろ、予言の女神の力は、魔王の力が強過ぎて通じにくい。
いや、この場合は反発出来ると表現した方が良いかもしれない。
そのため、未来は確定していないし、その姿形、能力も明らかになってはいないのである。
「……役に立たない女神で申し訳ありません」
しゅん、と項垂れる予言の女神。
「いや、役に立たないだなんて、一度も思った事ないですよ」
「え?」
「そうそう。私たちがちっちゃい頃からここまで引っ張ってくれたんだから、お姉ちゃんみたいな存在だよ」
「まっ、最初は不審なだけだったけど」
「それは私も否定出来ない」
「上げて落とされたっ!」
そう言う予言の女神だが、心の中では別の事を思っていた。
(……私、泣かない……涙は世界が平和になった時まで取っておくんだ)
家族のように思っている事に感極まっている予言の女神だが、アイオリとエアリーは、そんな風に思っているんだろうな、と思っていた。
そうこうしている内に、巨大な門の前に辿り着く。
アイオリとエアリー、予言の女神は、門の向こう側からこれまで感じた事がないほどの圧力を感じ取っていた。
改めて、門の向こうに魔王が居る事を実感し、先ほど消し去った緊張を思い出す。
だが、それは一瞬の事。
歩みはとまらない。
前へ進むのみ。
「……行くか」
「そうね。このままここに突っ立っている訳にもいかないし」
「い、いいい、行かないと駄目ですよね?」
震える予言の女神を宥めてから、アイオリとエアリーは門の扉を開き、中へと入る。




