歴史 失っても前に進まないといけない時がある
女性エルフ、男性エルフ、吸血鬼の男、吸血鬼の女、虎獣人の冒険者の五人が揃ったところで。巨体オークは大槍と大盾を再度構え直す。
「全員揃ったか。あの三体は我ら魔王軍の中でも選りすぐりだったのだが、それをこの短時間で、か。……なるほど。お前たちも選りすぐりという事か」
巨体オークは完全武装ではあるが表情は見える。
その表情は、相手に対して関心を抱いたような笑みだった。
対する五人は、巨体オークが喋った事に少しだけ驚くが、それだけだ。
喋る魔物――知性が存在ある魔物が存在している事は知っている。
ただ、未だその数は少ないため、この五人ですら、出会うのは初めてだったのだ。
だからこそ少しだけ戸惑ったのだが、巨体オークの話はまだ終わっていなかった。
「どうやら、選りすぐりの数で言えば、そちらの……人の方が多いようだ。まぁ、我ら魔王軍は出来て長い時間が経っている訳ではない以上、揃えられる質の数にも限界がある。こればっかりは仕方ないと思わないか?」
それは問いかけだった。
なんでもないように、それこそ日常会話のように、普通に問いかけられたため、五人は一瞬反応出来ずに呆けてしまう。
だが瞬間的に、先ほどと今のは大きな隙になった事に気付く。
それだけ虚を突かれたという事だが、下手をすれば全滅の可能性もあったのだ。
巨体オークが攻撃してこなかったのは偶々でしかない。
戦いの場において、自分がそのような状態に陥った事に、五人はそんな自分に対して酷く怒りを感じた。
が、それを表に出すような事はせずに、男性エルフが巨体オークの問いかけに応じる。
「……何が言いたいのかな? それとも、喋れるって事を自慢したいだけとか?」
「フハハ。喋れる事がなんの自慢になる? ……あぁ、くだらない事を言って、気力を削ごうとしたのか? それは悪い事をした。それと言いたい事が伝わらないのは残念だ。なぁに、簡単で単純な話だ」
巨体オークの笑みが、関心から余裕のあるモノへ変わる。
「確かに、質の数で魔王軍は劣っている。だが、質の高さで魔王軍は優っているようだ」
「……言ってくれるね」
「事実、そうだろう? お前たちはここで我に敗れる。そして、この先に行った者たちも、魔王様に敗れるのだ」
「魔王が敗れるとは、欠片も思っていないようだね」
「当然だ。魔王様の力は究極。我など足元にも及ばない。あの者たちを先に行かせたのは、別にとめようとも思わなかっただけだ。お前たちが全員死亡という結果は変わらない」
男性エルフはふざけた事を、と思うが、巨体オークの表情には、何も間違った事は言っていないという自信があった。
魔王の勝利を欠片も疑っていない。
「もし本当にそれだけの力があるのなら、なんとしても助けに行かないとね。それを邪魔するというのなら……」
男性エルフのその言葉がきっかけになり、全員が構えを取る。
同時に殺気とでも言うような圧力が発せられるが、巨体オークは特に気にした様子はない。
「果たして、お前たちに我が倒せるかな?」
そこから始まったのは、激しい戦いであった。
何しろ、巨体オークは五人が相手でも対等に渡り合ったのだ。
先ほどまでやり合っていた女性エルフからの攻撃だけではなく、虎獣人の冒険者の拳を、吸血鬼の男性の槍蛇や吸血鬼の女性の氷鞭といった、他の魔物を倒した攻撃ですら通用しなかった。
拳に関しては大盾を巧みに動かして防ぎ、大槍で槍蛇を貫き、氷鞭を引き裂く。
また、その身のこなしは、巨体には似合わず非常に素早く、五人にも引けを取らなかった。
だが、五人がかりで巨体オークにてこずっているのには、他にも理由がある。
言ってしまえば、精鋭は精鋭だが、寄せ集めでしかない。
五人での連携など存在せず、ほぼすべての攻撃が単発で繋がっていないため、思うように攻撃が決まらないのだ。
しかし、そこは選りすぐりという事で超一流の面々。
直ぐにある程度呼吸を合わせる事は出来るが――。
「どうした? この程度ならガッカリなのだが?」
それでも巨体オークに、多少よくなった程度では通じなかった。
本当の意味で呼吸を合わせる必要があるが、それを前々からパーティを組んでいたとかならまだしも、今この場でいきなりやるのは不可能に近い。
なので、自然と視線が集まるのは、吸血鬼の男女。
この場で一番まともなコンビネーションを発揮出来るのは、恋人同士であるこの二人だけだろう。
いや、コンビネーションだけなら、それこそ女性エルフと男性エルフでも構わないが、男性エルフの方が攻撃に向いた力ではないので、この場合は吸血鬼の男女が適任なのだ。
「……いけるな?」
男性エルフの問いに、吸血鬼の男女が頷きを返す。
そして、吸血鬼の男女を中心とした攻撃を行う。
それは先ほどまでとは明確な違いだった。
攻撃の仕方はそれほど変わっていないのだが、息の合った攻撃を行う吸血鬼の男女に合わせる事で、より攻撃の激しさと厚みを増していく。
吸血鬼の男性は魔法で、吸血鬼の女性はそのまま氷鞭で中距離から牽制を行い続け、そこで生まれた隙を、女性エルフと虎獣人の冒険者が超至近距離でダメージを与えていった。
当然、そこまで近付けば、女性エルフと虎獣人の冒険者は反撃を受けるが、そこは男性エルフによって即座に回復が行われ、致命傷には至っていない。
しかし、それでも巨体オークは倒せなかった。
言うなれば、不利だった状況を、五分近くまでもっていっただけ。
巨体オークにもいくつか傷を与えてはいるのだが、どれも軽傷であり、決定打には至っていない。
その事は、本人たちが一番よくわかっていた。
それこそ、巨体オークの方も。
「……どうした? このままでは我は殺せんぞ。その事は、お前たちの方がわかっていそうだがな」
巨体オークの言う通りだった。
何しろ、巨体オークよりも五人の方が激しく動いており、その分、疲労も大きく蓄積していっている。
このままだと先に体力が尽きるのは五人の方であり、五人で対等なのに一人でも戦線離脱してしまえば、一気に押し切られてもおかしくないのが今の状況だ。
だからこそ、体力が残っている内に決めるべきだと、五人はより激しく動く。
それこそ、ここで負けて死ぬよりは、ここで全てを出し切ってでも勝つつもりで。
そこで、悲劇が起こる。
一気に運動量を上げた事で、体力も著しく消費する事になった。
その結果、先に巨体オークと戦っていたという事もあってか、女性エルフの体力が尽きかけ、攻撃に対して反応が遅れる。
巨体オークの大槍の柄部分で上空に払い飛ばされ、そのまま突き刺されそうになった。
そこに割って入るのは、男性エルフ。
飛び上がり、女性エルフの盾になるように庇うが、突き出された大槍は男性エルフの胸部を貫き、穂先は女性エルフの腹部に突き刺さる。
この時、男性エルフも既に限界が近かった。
回復魔法の使い過ぎで、魔力が乏しかったのだ。
だからこそ、男性エルフは選択しなければならない。
男性エルフと女性エルフの受けた傷は致命傷。
残る魔力で致命傷を治そうとすれば、一人分しかない。
自分か女性エルフか。
男性エルフは迷う事なく即座に選択する。
「すまない。もっと一緒に居たかったけど、ごめん。長に預けた娘と、どうか生き続けてくれ」
男性エルフは突き刺さった大槍からの痛みなど最早関係ないと、詠唱しながら身動ぎし、女性エルフを突き飛ばして穂先から逃れさせ、即座に残る全魔力で回復魔法をかける。
「――っ!」
男性エルフに迫る死を感じ取り、女性エルフは声にならない叫びを上げる。
そこで動くのが、残る三人。
狙いはもちろん、巨体オーク。
何しろ、これで一人は倒せると焦ったのか、巨体オークが一人に対して狙いを絞って行動したのだ。
それは他からすれば明確な隙となり、攻撃のチャンスとなる。
男性エルフに迫る死に関して思うところはあれど、今優先すべきは巨体オーク討伐だと判断したのだ。
残る体力を全て使い切り、最大の力で武技を放つ。
「『切り刻むために作り 斬り裂くために造り 貫き穿つために創る 血塗れた槍蛇』」
吸血鬼の男性が作り出した槍蛇が巨体オークの持つ大盾を腕ごと食らい尽くし。
「『揺るぎない信念のように固く 何ものも通さない守りのように堅く 決して砕けぬ心のような硬さ 血塗れた氷鞭』」
吸血鬼の女性は赤く染まった氷鞭を振るって、巨体オークの大槍を持っている腕に巻き尽かせ、そのまま腕ごと裂き飛ばし。
「『其れは獣の爪 獣の爪は万物を引き裂き 惨たらしく散らす 獣爪葬』」
虎獣人の冒険者は輝く爪で巨体オークの頭部を斬り裂き飛ばす。
巨体オークは、見事と言わんばかりの笑みを浮かべていた。
だが、巨体オークを倒した事は間違いない。
ただし、終わりではないのだ。
これから更に魔王の下へ――アイオリとエアリー、予言の女神の下へ向かわなければいけない。
だが、この場から動けない者が居た。
女性エルフである。
大槍に突き刺さったまま死んでいる男性エルフの前で、茫然自失としていた。
吸血鬼の女性が女性エルフに声をかけようとするが、吸血鬼の男性がそれをとめる。
「そっとしておこう。今は二人で過ごす時間で、私たちが二人に言葉を投げかけるのは、それが済んだあとだ。それに、私たちの目的は……」
「……そうね。まだ戦いは終わっていないもの。でも、もしここに魔物が現れたら」
「あの状態でも自衛くらいは出来るはずだ。……行くぞ」
虎獣人の冒険者が合図を出し、ダンスホールの奥にある階段に向かう。
吸血鬼の男女もそれに続いた。




